305 警護訓練とクナイとホームシック
翌、金の日は戦術戦士科の授業だ。
ドーム体育館の小部屋では相変わらず、皆が思い思いに何がしかの訓練をしていた。
シウが入っていくと数人が集まった。
「今日は飛行板は?」
ここでも飛行板目当てだったようだ。
「持ってきてないです。ほぼ完成したので。冒険者仕様のならありますけど」
「ほんと?」
「試運転するよ!」
とまあ、嬉しそうだ。
申し訳ないと思いつつ、それを否定する言葉を付け加えた。
「危険なので、ちょっと」
「えー」
「速度が出過ぎるんだ。冒険者レベルじゃないと乗るのは危険かもしれないから」
ものすごくガッカリされたところで、レイナルドがやってきた。
場の空気が変なのに、彼は全く気にせずにいつもの通り授業を始めた。
クラリーサは相変わらず騎乗服のような格好で来ており、柔軟体操は不参加だ。
付き添いの侍女たちも不参加である。
その他の面々で柔軟体操をみっちりやって、軽くランニングもした。
今日は突然待ち伏せされて襲われた際の対応をやることになり、それぞれ盗賊組と護衛組、警護対象組に分かれた。
何故かシウが警護対象役になって、そしてこれまた何故か分からないがフェレスが馬役だった。
「馬役だって。フェレス、頑張ってね。動いちゃダメなんだよ」
言い聞かせていたら皆に笑われた。何故だろう。
フェレスは意味が分からないらしくて、首を傾げていた。ただ、動くな、という命令は聞いていた。
クラリーサの護衛が護衛役をやっては意味がないので、彼等は待機していた。
それぞれ、順番に組を変えて、レイナルドの指導を聞きつつ練習している。
シウだけがずーっと、警護対象役だった。
つまらないのはシウだけでなくフェレスも同じで、尻尾で邪魔してくるのでシウもその相手をしていたら、途中で怒られた。
「守られる側も、護衛の空気を読んですぐ動けるよう待機するんだ」
「はい!」
「にゃ!」
今度は真剣に待っていたのだが、護衛役の人の空気を読む前に盗賊組がやられていたり、おたおたして警護対象に対して視線や言葉での合図もなかった。
段々だれてきてしまって、そのうち自分から動いても良いんじゃないかと思ってしまった。
「そこ、後ろだよ。ウベルトは左、イゾッタは三歩下がって」
それぞれハッとしたように動きを変えた。
途端に盗賊組を巻き返し始める。
「おい、それずるくないか!」
「高い位置からなら見渡せるものな」
盗賊組に文句を言われたが、レイナルドは笑っただけだった。
二時限目になって自由時間になると、個人での練習に入る。
それぞれ気になるところを訓練したりレイナルドからの指導をもらうのだ。
組手をする者がいたり、新たに覚えたい武器などがあれば聞いて回ったりする。
シウは一人でごそごそしていたのだが、数人が近付いてきた。
「なあ、安全対策って言ってたけど、作ったのか?」
「うん。落下用安全球材って名前にしたんだけど、これ」
「落下用? 飛行板に付けるんじゃなくて?」
「不要な人もいるだろうしね。飛竜や騎獣乗りにも良いんじゃないかって聞いて、分けて作ることにしたんだ」
気になるようなので、見せてみて説明した。
「すごいなあ……でもこれどうやって試験するんだ?」
「ちゃんと高いところから落として実験したよ。昨日は一日こればっかりだった」
「えっ。あ、そうか、フェレスで飛んで? それにしてもすごいことやるなあ」
「うん。もう二度と嫌かも」
ゴブリンのことを思い出して顔を顰めた。
「何かあったの?」
「あー、僕が実験台になって飛び降りようとしたら、フェレスに何度も捕まえられて。あれには困ったなあ」
「……お前、おっそろしいこと考えるんだなあ」
「君、おかしいよ考え方が」
注意されてしまった。
「えと、だから、ゴブリンを狩ったついでにそれで実験したから」
「……いろいろ突っ込みどころが満載で、なんかもう」
ウベルトは言葉を失っていた。他の面々は苦笑していたけれど。
話のついでにとばかり、お互いの武器に付いて語り始めた。
ヴェネリオはまだこれという武器に巡り合わないと、迷っているようだった。
そこで、思いついたので魔法袋からクナイを取り出した。
「これ、使ってみる?」
以前に彼を鑑定して、忍者みたいだと思ったことがあったので冗談のつもりで渡してみた。
使い方を説明して実践してみると、興味を持ったようだ。
「少し借りてても良い? なんだか手にしっくりくるし、使ってみたい」
「あ、いいよ。良かったら進呈するから。まだ予備がいっぱいあるんだ。ついつい、作りすぎちゃうんだよね……」
無駄が嫌いで節約好きなのに、どうして予備を作るのか。悪い癖だった。
「いいの? それは嬉しいけど」
「いいよ。僕は、それを壁のぼりとか木登りに使ったり、投げナイフ代わりにしてる。使い捨てにするには勿体無いから、悩みどころだけど」
「投げナイフか。それは確かに勿体無いなあ。場所を選ぶし。でも壁のぼりなんて良いなあ」
興味津々になってきたので、二人でクナイの使い方について話し込んだ。
レイナルドに言って、体育館の中だというのに土壁を作って登る練習もしたし、まるで忍者気分で楽しかった。
「短剣よりも使い勝手が良いかもしれない。本当に、これ、もらっていいの?」
「うん。どうぞ。もし追加がいるなら、作り方を書いたものがあるから、鍛冶屋に渡すし、僕が作っても良いし、どっちでも。馴染みのところがあるなら、要望出せるからそっちの方がいいかもね」
「もらえるなら、ぜひ。付き合いのある鍛冶屋があるから、融通も利くし。長く使うつもりなら、シウにお願いし続けるわけにもいかないしな」
「そんなに気に入ったのか?」
ウベルトが面白そうな顔をして覗き込んできた。
「うん、しっくりくる。持ち手がいいのかな。あと、腰帯に下げておけるのも良いよ。何より汎用性があるのが僕向きだ」
「そっか。ヴェネリオは商家出身だから、ひとつでひとつのことしかできないのが嫌だって言ってたなあ」
「あ、それ分かる」
シウが同調すると、ヴェネリオも嬉しそうに何度も頷いた。
「そうなんだよ。ひとつで二つ以上のことができないと、なんだか損した気分になるんだ」
「節約も好き?」
「好き好き。無駄な装飾ついた剣なんて要らないから、切れる剣をくれ、って感じだし」
お互いに握手して笑った。
ウベルトは似た者同士め、と大笑いだ。
午後は久しぶりに図書館へ顔を出し、中断していた図書館地下の探知を進めた。
ゆっくりと実物の本を読むのも久々で、気持ちが良かった。
頭の中もすっきりして、リフレッシュできたようだ。
その後、夕方よりは早い時間に屋敷へ戻り、おやつに栗のタルトケーキを作った。
料理はともかく、おやつを作ったのも久しぶりのような気がして、夢中になると周りが見えなくなるのはよろしくないなと反省した。
反省しても治らないのが、癖なのだけれど。
とにかくも、去年の秋に採った栗で作ったタルトは、メイドたちにリュカ、家庭教師に来ていたミルトやクラフトにも評判が良かった。
去年の初冬に、冒険者ギルドで良くしてもらったクロエと、商人ギルドの折衝担当だったザフィロの結婚式があった。
シウがシーカーへ入学するので、それより前にと式を挙げた経緯がある。
二人が急接近した原因がシウだったのでということだが、恐れ多いような嬉しいような、不思議な気持ちになったものだ。
彼等へのプレゼントとしてケーキを作ったのだが、それが栗のケーキだった。モンブランやタルトなどたくさん作ったことを思い出した。
何度も試行錯誤して作ったおかげで、主役の二人にも喜んでもらえた。
「元気でやってるかなあ」
懐かしくなった。
リグドールたちには手紙を送っているし、スタン爺さんにも通信魔法で連絡を入れているが、顔は見ていない。
もう二ヶ月も経つのかと思うと、少し寂しい気もした。
元々山奥で生まれ育ち、アガタ村でも付き合いはあったのに別れを寂しいとは思わなかった。
どこかで、まだ前世の気持ちが残っていて他人事だったのかもしれない。
ロワルに行ってから、シウとしての生き方が身に付いて来たような気がする。
ラトリシアでも生活は充実しているが、どこか旅をしている気分だ。
やっぱり、ロワルが自分の出発地で、故郷になっているのだろう。
栗タルトを食べながら、しんみりしてしまった。
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