第七章 ラトリシア国と宮廷魔術師

306 指名依頼とアイドル猫




 ホームシックになったので一度暇を見つけて戻ってみようと思ったものの、転移のことはスタン爺さんしか知らないので難しい。せっかく戻るなら他にも会いたい人はいるのだ。

 やはりまとまった休みの日を利用するしかない。

 幸いにしてシーカーでは年に何度か長期の休みがある。合宿にも使われるそうなので、故郷に戻れるのかどうか分からないが、それを楽しみにしよう。

 あるいはリグドールやアグリコラには空間魔法が使えることを話してもいいと思っているので、スタン爺さんに相談してみようか。

 そうしたことも、次回会ってからの話だ。

 できれば週末に会いに行きたいのだが、シアーナ街道のことがあるのでそう簡単には行けそうにないだろう。ギルドの仕事のこともあるので、落ち着いてからの話だ。




 翌日の土の日は、早朝から冒険者ギルドに顔を出した。

 グラキエースギガスの討伐はまだ終わっていないようで、前線基地となった雪崩現場には今も冒険者達や兵士が駐屯しているとか。

 荷運びの仕事があるなら手伝おうと思ったのだが、なんとその現地から指名依頼が入っていた。

「近衛騎士団から、ですか?」

「実際には宮廷魔術師からでしょうね。護衛の騎士に依頼を出させたのだと思います。貴族など高位者がギルドに依頼する場合は、下の者を代理にしますから」

 受付のユリアナが説明してくれた。

「……宿営地の整地、ですか」

「騎士団からの依頼は整地だけということですから、それ以外の時間にまた冒険者用の荷運びをお願いしたいのですがよろしいでしょうか」

「整地だけで良いんですか? 岩石魔法の持ち主が現地にいると聞きましたが、その方では無理だったのでしょうか」

「ええと、それは」

 ユリアナは分からなかったらしく、少し首を傾げて同僚に視線をやった。

 ちょうどよく、クラルとルランドがやってきた。クラルはタウロスの手伝いで解体をやることも多くなっており、受付にいないことが増えていた。

 お互いに挨拶し合っているうちに、ユリアナがルランドに先程の事を相談していた。

「ああ、あれな。うちも話が妙だなと思って、依頼を出しに来た騎士の従者に問い直したんだが、整地以外は頼まないというんだ。念のため、整地場所の広さを指定してもらって、本人が現地で了解したら受けるとは答えたんだが」

「岩石魔法の持ち主って宮廷魔術師でしょう? 宿営地のことは自分達の仕事じゃないということでしょうか」

 クラルが心配そうにルランドへ質問した。

 ルランドも、困惑げだ。

「依頼を受けないというのも大人げないですよねえ」

 シウも困惑を隠さずに呟いた。

「まあなあ。もっともシウなら、臨機応変にやってくれそうな気もして、書類に不備もなかったことから受理はしたんだが」

「分かりました。現地で話を聞いて確認してから、受けます」

「助かるよ。指名依頼だからといっても、断ったって罰則はない。気にしないでいいからな」

「はい」

 依頼書を受け取って、荷物置き場に向かった。

 クラルも一緒について来てくれた。

「タウロスさんが今、別件でギルドを出ているので僕が代わりに立ち会うよ」

「ありがと。クラル達もまだまだ忙しくて大変だろうね」

「かなり落ち着いたけどね。正直、シウが荷運びしてくれるからものすごく助かってる部分もあるんだよ」

「大袈裟じゃない?」

「馬車の手配とか、荷運び人員なんか集めるのも結構大変なんだよ。冬は厳しいんだ」

「そうかあ」

 話しているうちに、荷物の詰め込みが終わった。

 今回はもう騎士団の方への荷運びはなく、全部冒険者用だった。

「魔法の勉強は進んでる?」

「最近ようやく時間が取れるようになったから、実践もしてるんだ。生木から薪を作ることもできるようになったよ」

「すごいね!」

「シウのおかげだよ。もらった教科書も全部読んだんだ。何度も読み返していると意味も分かってきて面白いね。自分でも勉強できるようになりたいって思い始めて、もう少し落ち着いたら図書館に行ってみようと思ってるんだ」

 瞳をキラキラと輝かせて、そう言った。

「分からないところがあれば、僕で良ければ教えるからね」

 シウが言うと、クラルははにかんだような笑顔でありがとうと答えた。

 歩いているうちに入り口まで辿り着いていた。


 入り口近くに、シウはフェレスを繋いでいた。

 普通、騎獣はギルド横の専用獣舎に預けておくものだが、荷運びの件もあって特別な許可をもらっているのだ。

 表に出ると、フェレスの周囲に冒険者達が集まっていた。

 遠巻きにしている者もいたが、おそるおそるフェレスを撫でている者もいた。

「いいか、パーティーじゃ、順位が大事なんだ。ボスの言うことをよく聞かないとダメだぞ。お前さんはあの坊主の右腕、つまりすぐ下の子分だ。分かるか?」

「にゃ」

「新しい仲間ができたら、優しくしてやれよ。お前さんの下になるんだからな」

「にゃ!」

「よしよし。お前は賢いなあ。本当に話が分かってるみたいだ」

「そりゃそうだ、騎獣だぞ」

「いいなあ、騎獣」

「可愛いよな」

「それは、フェレスだからじゃないか。見ろよ、ふっさふさだ」

「お手入れとか、きちんとされてるんだろうなあ。見るからに良いとこのお嬢さんって感じだもんなあ」

「にゃん!」

 あ、分かってないまま返事をしてるな、と苦笑しつつ輪に入って行った。

「お嬢さんじゃないんです。雄なので」

「うわお!!」

 冒険者達が慌てて飛び上がった。

 クラルも苦笑しつつ、間に入ってくれた。

「そろそろ出発なので、皆さんよろしいですか」

「お、おお、もちろん!」

「悪いな、その、坊主の騎獣に触ってよう」

「いいですよ。フェレスが嫌がらないのなら」

「おお! そうか!!」

「餌は? 餌をやっても良いのか?」

「それはダメです」

 笑いながら、そのへんははっきりと言っておく。

「僕のいないところで、貰い食いはダメだと躾けているんです。ごめんなさい」

「い、いや、いいんだ。そうだよな。そうだよなあ……」

 食べさせたかったみたいだ。少し寂しそうである。

 良い歳をしたオジサンがしょんぼりしているので可哀想になってきた。

 シウはフェレスに跨りながら、彼に答えた。

「今日、仕事終わりになら良いですよ。夕方になると思いますが、その頃、来られます?」

「えっ、いいのか?」

「はい。僕がいるなら、問題ないです」

「やった!!」

 他の人が、えっ、いいなあ、とかいろいろ言っていたが、クラルによって離されていたので聞こえなくなった。

 飛び上がると、いつも以上に歓声が聞こえたのはきっとフェレスと触れ合えると分かったからだろう。

 フェレスも待っている間に遊んでもらえたらしく、尻尾を振って応えていた。


 身近に騎獣がいないのと、他の騎獣と違って猫型なので見た目が可愛らしいからか、親しみやすいようだ。

 特にフェレスは見た目は気品があって、おとなしくしているので可愛がられやすい。

 フェレス自身も好かれるのは嬉しいらしくてますます賢く優等生を演じてくれ、お互いに良いこと尽くめだ。

 少々、調子乗りのところはあるが、フェレスは愛嬌があって可愛らしい。

 宿営地までの往路でも、機嫌良くスピードを上げて飛んでいた。

 慣れた行程なのでぐんぐんスピードを上げている。今日も記録を更新しそうだった。



 現場へ到着すると、まずは冒険者達の野営地に行き荷物を下ろした。

 検品してもらいつつ、兵達の宿営地の整地を頼まれていると話をしたら、皆が心配顔になった。

「指名依頼か……」

「なんだろうな?」

 話し合っていてもしようがないので、とりあえず行ってきますと彼等には答えた。

 ついでに、朝ご飯の前だったので早起きして作っていたおにぎりなどをお裾分けした。もちろん、保温皿に入れてだ。

「やった!! あったかい食べ物だ」

「これ、俺、好きなんだよなー」

「米飯だろ。俺もシャイターンに行ってから好きになったんだが、シウが食べさせてくれてから断然米派になったよ」

「腹持ちも良いしな」

 こうして、ここでもお米普及活動は進んでいた。

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