307 強制徴用未遂
兵の宿営地へ赴くと、今回は誰何されたりはしなかった。
すんなりと簡易塀の中に入れてくれ、更には案内役の従者まで付いた。
最初に連れて行かれたのは騎士用の天幕だったが、呼ばれて出てきた騎士はそのままシウを連れてまた別の天幕へと向かった。
一番豪勢な天幕だったので、宮廷魔術師用のものだと分かる。
もっとも、鑑定しているので誰がいて、どれぐらいのレベルなのかなどは分かっていたが。
「改めて挨拶をさせてもらおう。わたしはスパーノ=カルボネラだ。近衛騎士団第五隊隊長をしている。こちらは、チコ=フェルマー伯爵、第二級宮廷魔術師でいらっしゃる」
「初めまして。シウ=アクィラ、13歳です。冒険者で魔法使いをしています。現在はシーカー魔法学院で勉学に励んでおります」
貴族に対する簡易礼で応えた。
チコは、うむ、と鷹揚に頷いたが傍に仕えていた従者達は少し視線を厳しくした。庶民風情が、といったような小声も聞こえたので見下しているのだろうと思った。
「お前がシウ=アクィラか。噂では魔獣スタンピードの第一発見者だとか。その後の氾濫を押さえたのもお前の機転に寄ると聞いたのだが、事実ではないのだろう? まさか誰かの功績を横取りしたのではないだろうな。当時なら12歳か、善悪が付かぬ子供なら致し方ないが。ああ、直答を許す」
「……僕がここにお伺いしたのは、冒険者ギルドの紹介で指名依頼を受けたからです。内容如何によってはお受けできません。依頼内容について詳細を教えてください。ついでにお答えしますが、第一発見者でかつ氾濫を押さえたのも僕です。シュタイバーン国で正式に褒賞を賜っておりますので、お疑いでしたらそちらへ問い合わせてください」
「な、なんという口の利き方を!!」
「庶民はこれだから」
「不敬罪に当たりますぞ」
従者や秘書などがいきり立っていたが、シウはどこ吹く風で、騎士のスパーノに向き直った。
「スパーノ=カルボネラ様、あなたが指名依頼を提出した方ですよね。詳細を教えてください。内容によってはお断りすることもあります」
「あ、いや」
「宿営地の整地ということですが、こちらにいるどなたにもできないということで依頼されたのですよね?」
ちょっとした嫌味を交えて言ってみたら、またしてもチコの従者達が目を吊り上げた。
彼等が何か言う前に、チコが手で制していたが。
「まあまあ。子供はこれだからしようがない。では、お前に仕事を与えてやろう。そうだな、明日にはグラキエースギガスとの接近戦を始める。噂が本当だと言うのなら、証明して見せろ」
あー、話にならないタイプなのだな、とシウは諦めることにした。
嫌味なんて通じないのだ。
シウは笑って、スパーノに答えた。
「規則違反ですので、指名依頼はお断りさせていただきます。それではこれにて失礼いたします」
頭を下げて、その場を後にしようと振り返り歩き始めた。
慌てたのはスパーノや従卒兵達だった。
シウの前に立ち塞がろうと集まってきた。
「待て、待て待て」
「失礼だろう!」
「伯爵に対してなんという態度を取るのだ!」
スパーノ自身は嫌々なのが分かる態度で、本気で抑えにかかっていないが、従卒兵などは叱られるのが怖いのか巨体で取り囲んできた。
シウはあからさまに溜息を吐いて、口を開いた。
「グラキエースギガスの討伐が無理ならば、しかるべき措置を取られることをお勧めします。冒険者ギルドにも報告義務がありますので、僕の方から伝えておきますね」
「なっ!!」
「念のため、齟齬があってはいけないと思い、宿営地に到着してからずっと自動書記魔法にて発言を記録しております。こちらも提出させていただきます」
にっこり笑って、腕を掴みにかかってきた巨体をすり抜けた。
驚いて唖然とする人たちを避けて天幕を出ると、フェレスの周囲に人だかりがあった。
鑑定していたので調教持ちの男が数人いることは分かっていた。
彼等がフェレスに対して調教魔法を使ったことも気付いていたが、害意魔法を撥ね付ける内容の首輪を彼には付けている。
それがなくとも、卵石から育てて毎日朝から晩まで一緒に暮らすという「強い繋がり」を持つ相手に契約解除は行えないのが常識なのに、上からの命令なのか無理に試みていたようだ。
「主持ちを解除できるのは調教魔法のレベル5持ちぐらいですよ。学校で習いませんでしたか?」
「あっ……」
シウが天幕から出てきたのに気付かなかったようだ。皆、慌ててその場を空けた。
「拒否されたでしょう? そうした術式を付与しています。ところで、これは重大な国際希少獣規定法に反しています。ラトリシア国が規定法から離脱したという話は聞いていませんが、どういうことでしょうか」
調教師達の顔色が悪くなった。
スキルを持たない、貴族出身らしき高官が鼻息荒くシウに向き直った。
同時に天幕からも男達が出てきた。
「お前のような庶民が持っていいものではない! この国では希少獣はすべて貴族が持つと決まっているのだ」
シウは天を向いて、はあっと大きく息を吐いた。
フェレスは機嫌が悪く、尻尾をピンと立てている。シウが呼ぶと、周囲を少しばかり威嚇しながらやってきた。
「よしよし。怒らないで我慢したんだね。偉かったね」
「に゛ゃ……」
ぷん、と怒った声だ
その間も貴族の男は説教めいたことを口にしていた。
「ましてや子供が持つなど、有り得ん。手放せば、小遣いぐらいはやろう」
「ははは! 庶民に甘いことだがそれが良いだろう」
「子供相手だ、金貨1枚も恵んでやれば大喜びするだろうよ」
とまあ皆が言いたい放題だ。
いろいろ突っ込みどころが多すぎて、どれから答えたら良いのか分からないが、段々と相手をするのが面倒になってきた。
シウの悪いところだ。
「……自動書記魔法での記録は続けていますが、もしかして、もみ消せると思ってますか? まさかそこまで腐敗しているとは思っていませんでしたが、そうだとしても、僕は対処できますよ。さて、ではここで失礼します」
また近付いて手を伸ばしてきた兵達もいたが、結界魔法に阻まれていた。
フェレスが真横に来た時点で結界を掛けていたのだ。
そのままフェレスに乗り、飛び上がった。何も言わずとも阿吽の呼吸で飛んでくれる。
「うわっ」
「一体いつの間に!!」
「お、おい、どうやって留めるんだっ!!」
「無理だっ」
魔法も使われたようだが順調に無害化が実行された。
見下ろすと、誰もが唖然としている。
口を開けたまま呆けているので、ゴミでも落としてやりたい気分になった。
もちろんそんなことをしたらこちらが加害者になるのでやらないけれど、想像してなんとか溜飲を下げることに成功した。
「フェレス、ちゃんと頑張って我慢したんだね。偉かったよ」
「にゃっ。にゃにゃにゃにゃにゃ!!」
ほんとだよ、ひどいんだよあいつら! とぷんぷん怒っている。が、シウと合流できたこと、そして彼等から離れたことでもう過去の出来事になっているようだった。
「今日の夜は念入りにブラッシングしてあげるね」
「にゃ、にゃーん!!」
ほんとう! うれしい! と現金なものだ。
そのまま、シウとフェレスは王都まで飛んだ。
過去最高のスピードが出ていた。
冒険者ギルドでは早速、依頼の拒否とその理由、違反について報告した。
自動書記魔法による書類も提出したが、誰も疑うことはなかった。
ああ、やっぱりなという態度だ。
「貴族が相手なので嫌な予感はしたんだ。すまない。建前上、不備がなければ断れないんだ」
「いえ、指名依頼を断れる仕組みがあるだけでも助かります」
「立派な証拠もあるので、ラトリシア国に対しても抗議をするよ」
とは、スキュイの言だ。
交渉担当なので、国に対してもやってくれるそうだ。
「僕の方でも対策していた方が良いですよね? 一応、お世話になっているのはシュタイバーン国のブラード伯爵家なんですが、後ろ盾はオスカリウス辺境伯なんです。どっちに頼んでおくのが良いでしょうか」
「……すごいところと知り合いなんだね」
「伯爵家というのだけでもすごいのに、隻眼の辺境伯……」
スキュイだけでなく、コールやタウロスも驚きの声を上げていた。
「あ、ご存知なんですね」
「オスカリウス辺境伯を知らないギルド職員はいないだろうね」
苦笑されてしまった。
それほど有名なのかと、シウの方がびっくりだ。シウはロワル王都へ行くまで、いや、調べるまでその存在を知らなかった。
田舎者だったし、英雄というもののすごさを理解していなかったのだ。
「辺境伯に頼めるのなら、そちらの方が良いだろうね。後ろ盾ということだし。ただ、代理の方が来られるとしても、そう簡単にいらしてもらえるかな? やはり、事が起こった時にはどなたかが必要になると思うよ。もちろん、そんなことになる前に僕等で対処するつもりだけれど」
「そうですか。でも、通信魔法で連絡だけ入れておきます。キリク様、こういうこと黙っていると、後でばれた時に拗ねるので」
間違いなく拗ねると思う。シウは肩を竦めてそう答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます