308 貴族問題対応準備とおやつ権
とりあえず、この話を冒険者達に広めることになった。
おあつらえ向きにというのか、フェレスはこのギルドで冒険者の人気者になりつつある。強制的に主替えをさせられそうになったと聞いたら、怒るだろう。
冒険者にそっぽを向かれたら困るのは国だし、ギルド自体は仕事はいくらでもあるので困らない、そもそも独立した機関だと言ってスキュイは実行に移していた。
その間にシウは通信魔法を使って、オスカリウス家の第一秘書官であるシリルに連絡を入れていた。
「(シウ殿のことですから、何かに巻き込まれる確率は高いだろうなと思っておりましたよ)」
などと、冗談なのかよく分からないことを言われたが、彼は気さくに対応を請け負ってくれた。
「(そちらにおります配下の者どもに情報を集めさせましょう。代理人もラトリシア国の者が良いでしょう。何人か伝手もございますので、早速連絡致します。またブラード家にもシウ殿からご報告されるでしょうが、わたしどもからも協力を依頼しますので、ご安心ください)」
「(ありがとうございます。いろいろとお手数おかけして申し訳ありません)」
「(いえいえ、先行投資ですから)」
「(えーと)」
「(冗談でございます。後ほど、キリク様から通信が入るかもしれませんが、何を言われても『来るな』と仰っていただけたら幸いです)」
冗談には聞こえない真面目な声で続けられ、返答に困りつつも了解しましたと答えた。
キリクの場合、本当に来そうだから怖いのだ。
フットワークの軽い主人を持った部下は大変だろうなと、ちょっとシリル達に同情したのだった。
その日はまだ荷運び仕事があったので、兵達の宿営地上空は飛ばずに往復を繰り返した。
冒険者達は出掛けていたが、待機の者などには状況を話していたから伝わるだろう。
皆、ギルドの職員と同じく憤っていた。
ついでとばかりに愚痴も聞いた。
「もう何日にもなるのに、一向にグラキエースギガスの討伐を本格的に進めないんだ。いくらニクスルプスの残党狩りがあったとはいえ、遅すぎる。能力があるくせに出し惜しみして、嫌な奴等だよ」
ふと、気になって首を傾げた。
「本当に能力があるのかなあ?」
独り言だったのだが聞かれていたようで、どういうことだと聞き返された。
「えーと、実は僕、昨年シュタイバーン国のロワル王都近くで起こった魔獣スタンピードの第一発見者でかつ初期の氾濫を押さえた経験があって。それを知ったらしいチコ=フェルマー第二級宮廷魔術師が証明してみせろって言って、グラキエースギガスの討伐に行くようにと命じてきたんだ。もちろん断ったんだけど」
「はあっ!?」
目を剥いて怒鳴られた。
シウが後退ると、彼は慌てて手を振った。
「いや、シウに怒ったわけじゃないんだ。討伐に行かせようなんて! ていうか、あ? 魔獣のスタンピードの、って、例のロワルの? あ?」
戸惑っているので、シウは笑って誤魔化した。
「とにかく、能力が本当にあるのか疑わしいねって話だよ。そのこともギルドでもう一度念押ししてくる。ここに中級以上の冒険者達が留め置かれるのは、誰にとってもマイナスだもんね」
そう言うと慌ててフェレスに乗り、じゃあ帰ります! と挨拶をして飛び上がった。
男はまだぽかんとしていた。
夕方、ギルド前に降り立つと男達が十数人立って待っていた。
寒いのにずっと外で待っていたようだ。
「中で待っててくれたら良かったのに」
苦笑すると、
「だって、お前さんだって寒い中あんなところまで飛んで行って仕事してきたんだろ? 何往復も大変な仕事をしてきてるじゃないか。俺達のはなんていうか、遊び、だしなあ」
頭を掻いて照れ臭そうに笑っている。
ギルドの中を覗くと、何人かの職員が呆れたような笑みを漏らしていた。
「あ、でも、ここじゃ、シウやフェレスが寒いな! どうする、獣舎に行くか? それとも俺達の行きつけでよけりゃあ良い居酒屋があるんだが」
誘っていいのかな、どうかな、といった緊張感漂う誘い方で、思わず笑いが込み上げた。笑うと失礼な気もして、シウはじゃあ一緒についていきますと頷いた。
男達はぱあっと嬉しそうに笑みを零し、早速居酒屋まで行こうとしたので慌てて、
「あ、その前にギルドで報告が」
と言うと、途端にしょんぼりしてしまった。
「そ、そうだったな! 忘れてたよ」
「気が急いてしまってたぜ。俺としたことが。なあ!」
「おう。じゃあ、俺達は先に行って、大将に美味しい料理をじゃんじゃん作るよう言ってくるよ!」
「よし、俺は案内するからここで待っているぞ。お前達は場所の確保だ。いいな!」
「おう!」
なかなか連携のとれた行動だった。
居酒屋はギルドから歩いて15分ほどのところにある裏路地で、案内されないと分からないような、いかにも隠れ家的雰囲気の場所にあった。
間口は狭いが入ると広く、冒険者達の好みそうな猥雑さだ。
「子供でも入れるところだからな!」
にこにこ笑って、さあさあと席を勧められた。
「料理はすぐ来るから! 食べたいものがあったら、じゃんじゃん頼んでくれ」
そう言って、わくわくした顔をするので、シウはそっとフェレスを押しやった。
「フェレス、皆が美味しいもの食べさせてくれるんだって。もらっておいで」
「にゃ? にゃにゃにゃ!」
いいの? じゃあたべてくる! とまあ、一瞬の躊躇いもなく男達のところにすっ飛んで行った。
もちろん、男達の手にはすでに色々な食べ物が握られていた。
ずっと興味津々だったフェレスにとっては、シウの一言がゴーサインだったわけだ。
シウに話しかけていた男だけ取り残された形になったので、彼にもどうぞと手で示したが、迷いつつその場に留まって話を続けた。
「なんつうか、すまんな? この国の冒険者は騎獣と触れ合う機会が本当に少なくてさ。つい、調子に乗って。これじゃあ、貴族の阿呆共と変わらないなあ」
「いえ、別に大丈夫です。それに、貴族の態度とは雲泥の差です。一緒にしたら皆さんに失礼です」
「……そんな酷いのか、あいつら」
「びっくりしました。ギルドでも、後日、報告書を掲示すると言っていたので、良かったら読んでみてください」
「そうか。あ、そうだ、シウよ。俺達にまで敬語を使わんでいいぞ。お前さんも立派な冒険者だ。つまり、同じ正規の冒険者仲間なんだから、敬語は要らん」
「……うん、分かった。ありがとう」
答えると、男はじゃあフェレスを撫でてくる! と嬉しそうに笑って離れて行った。
フェレスは男達に囲まれて、餌をあちこちからもらい大満足の顔をしていた。
屋敷に戻ると、早速ブラード家家令のロランドに事の次第を説明した。
オスカリウス辺境伯からも本家の方にご迷惑をおかけすることになると連絡が行っているはずで、そのことも併せて頭を下げた。
ロランドはシウが謝ることではないし、下宿を引き受けたということはその間の問題に対しても責任を負うということだから気にしないでほしいと言われた。
遊戯室に行ってカスパル達に報告するときもロランドがついてきて、一緒に報告してくれた。
カスパルは、そんなことぐらいで謝るなんてと、逆に驚かれたぐらいだった。
「下宿人は家人と同じだ。そして家人が巻き込まれた事件については、家全体で対応するのが当然だ。つまらんことを気にするなよ」
「はあ」
ダンも、何故シウが謝るのか分からないといった態度だった。
「良いも悪いも請け負うのが、貴族の本質だぞ? 親と子の付き合いと同じだ。だからこそ、貴族の付き合いをそうした言葉で喩えるのだしな」
「……ありがとうございます」
貴族も悪いことばかりではないのだなと、カスパルやダンの言葉を聞いて思った。
翌日はギルドでの仕事はなかったので、久しぶりに爺様の家へ戻った。
午前中のうちに見回りを済ませると、午後はコルディス湖の畔にある小屋へと転移した。
定期的に通って魔獣狩りをしているのだが、意外と集まるものだ。
特にスライムなどはコルディス湖の下流域に相変わらず多く発生するので狩っている。最近ではラップや緩衝材などの原材料になるため、ギルドでは常に依頼が出ているのだが、ここまでは誰も獲りに来ない。
魔素溜まりも消えたのだが、癖付いているのか他よりは発生しやすくなっているようで、コルディス湖に来る際にはついでに狩っている。
夕方からは料理を作り置きしたり、屋外でのバーベキュー、夜は満天の星空を眺めて過ごした。
コルディス湖は凍っていないが、辺りは夏とは違ってシンとした静けさでとても寒い。
吐く息も白いが、空気が澄んでいて気持ち良かった。
「にゃー」
中に入ろうよう、とフェレスがすり寄ってきたので、シウも頷いて小屋に戻った。
居間には暖炉があってとても暖かかった。フェレスは真っ直ぐ暖炉の前に向かって、その場で座り込んだ。
「にゃーん」
あったかいよ! と自慢げだ。それが可愛くて笑ってしまった。
「じゃあ、もう寝ようか」
明日もやることは沢山ある。少し早いがもう寝ようと、同じ部屋にあるベッドで眠りについた。
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