303 落下用安全球材の実験




 水漏れ具合を確認して、一番良い編み方のゲル布を選び、何度か壁に向かって投げ強度を確認する。

 生産の教室の壁はものすごく分厚く、こうした強度実験にも使えるので便利だ。

 さすがに高高度から落ちる物体ほどの威力を使うと校舎ごと壊れるだろうが。

 更に、魔道具はお腹側に付けてもらうことにした。

 対となる基盤と離れた時に、凡ミスの際の解除を行いやすくするためだ。

 ピッピッと警告音を出し、解除しなければ次にどこかへ衝撃を感じた瞬間に衝撃吸収材のゲルが飛び出て球体となって囲む。出てしまったら、もうその魔道具は使えないので、出るまでの間に解除を唱えるか、スイッチを切るという動作をしてもらうことにした。

 そこまでやって、授業時間が終了した。


 午後、複数属性術式開発の授業で、四時限目は真面目に話を聞いていたものの五時限目の自由討論の時間はひたすら術式を書きなおしていた。

 トリスタンはレグロから話を聞いていたのか、シウがやっていることを覗き込んできた時にはもう相談に乗ってくれる気満々だった。

「本来の使い方だけならもっと術式は簡単で済むのに、君はこだわるね」

「はあ」

「おかげで複雑な術式になって」

「こんがらがってきました。整理してるんですけど、二重になってたり、無駄が多いんですよね」

「でも考え方は合っているね。一度すべてを書きだしてしまって、必要なものを用意しておくのは良いことだ。そこから要らないものを削っていく」

「はい」

 干渉し合う術式があってもいけないし、その都度確認して、やり直していく。

「できた!」

「うむ、見せてごらん」

 ザッと読んでみて、トリスタンは満足そうに頷いた。

「これほど綺麗な術式はそう見ないよ。無駄なところがひとつとしてない」

「ありがとうございます」

「内容的には簡単なものの連続なのに、複数になると途端に難しくなる。それを分かり易くしているのはとても良いことだ」

「できるだけ、レベルの低い付与士でも使えるようにと思って」

「そうだね、これだと説明すれば、付与魔法レベル三でも、いやどうかしたらレベル二でも可能だろうね」

「はい」

 ふう、と満足そうに息を吐いたら、オルセウスとエウルがやってきた。

「今度は何やってるんだい」

「この間の飛行板はもう持ってきてないのか」

 二人とも、飛行板が目当てらしい。シウは苦笑して、作ったばかりの術式を見せた。

「飛行板関係だよ。落下した時の安全対策に、作ってみたんだ」

「ひぇっ、なんだこれ」

「うわー、複雑だなあ」

「あれ、でも」

 上から何度も読み進めて、四回目でオルセウスは理解してくれた。

「ああ、これ、意外と簡単な?」

「ほんとだ、へえ。ここで音が鳴って、解除はこれか。こっちは一定距離を離れた場合で、肝心の射出する部分ってこれだけなんだ」

 わいわいやっていると、トリスタンがまた見回りに来て、言った。

「現在出ている魔道具のほとんどに無駄な術式があると、前から授業でも言っているだろう? 本当はこれぐらいすっきりと書けなければならないんだ。もっとも、そうしたことができる人というのは研究が好きなだけで、魔道具開発や販売にまで手を染めないからね。結果的に二流の人が作ってしまう。となると、複雑怪奇な長い長い術式となるわけだ」

「そのせいで、高くなるんですよね」

 庶民のエウルが残念そうに答えた。トリスタンは頷いて、続けた。

「悪質な業者だと、良い商品を改悪して販売しようとする。高い上に機能も悪いものが横行してしまうんだ。だから君たちには複数属性術式をよく学んでほしい。実際に開発をしなくとも、すでにある魔道具を確認はできる。君らにだって良いものと悪いものの区別が付けられるんだ」

「はい!」

 その後も、どこの魔道具が良くて悪いかなどの話題になり、話し合いは楽しく続いた。


 この日はアラリコに申請書類を出して、一番離れた場所の第三実験場という名の寂れたグラウンドを使用した。

 五時限目が終わると急いで向かい、作った魔道具の実験を行う。

 大抵の事はやっていいらしく、地面には焦げた痕などが残っていた。抉ったりすると元に戻さないといけないが、多少の焦げぐらいは許されているようだ。

 シウはフェレスに乗って上空へ飛び、人間サイズの木に取り付けた魔道具を起動させて落とした。

 十メートル程度なら全く問題なかったが、三十メートルを超えたあたりから衝撃吸収材が柔らかすぎるのか、中の木が地面に当たっていた。

 人間だと軽い怪我ぐらいしそうだ。

 それに、木だと固いが、人間は柔らかくぐねぐねしている。意識がないのなら当然身構えることもできない。

 少し考えて、グランデフォルミーカの死骸を取り出した。人間サイズで、ちょうど良いかと思ったのだ。

「でも、昆虫っぽいから殻があるんだよなあ……まあいいか」

 魔道具を付けて、また上空から落としてみた。視覚転移して様子を見ていると、三十五メートルから落としたグランデフォルミーカの触覚が折れた。

「あーあ」

 素材の配合を変える必要がある。

 その場で、誰も見ていないのでちゃっちゃと魔法を使って配合しなおした。

 《自動化》と内心で唱えて、編み直し、布状にしてまた魔道具に押し込んだ。

 もう一度落とすと、今度は成功した。

 これは百メートルまでは問題なかった。

 飛行板だと頑張ってもせいぜい五百メートル以内だろうと思っているので、もう少し高さを上げる必要はあったが、ドンという音に幾人かが怪訝そうにグラウンド方向を見ていることに気付いた。ここでの実験には限界があるようだった。

 また、飛竜だと三千メートルぐらいは飛べるので、そちらの実験もしてみたかった。よって学校での実験はここで終了とした。


 アラリコにグランド使用が終わったことなどを報告しに行ったついでに、そうしたことも説明したら、何故か翌日の授業は休んでいいと言われた。

「え?」

「どのみち、教えることなどないしね。カスパルのことなら一日ぐらいはなんとかなるだろう。課題さえ与えておけば問題ないし、そろそろ彼を飛び級させてもいいとは思っているんだ」

「……厄介払い?」

「ゴホン!」

「すみませんっ」

 慌てて謝った。アラリコは苦笑しつつ、

「厄介払いしても、彼とは次の科目でも顔を合わせそうだ」

 と肩を竦めた。

 カスパルが受けたいと思っている古代語魔術式解析のクラスは先生ごとによって幾つかあるので、受け持つとしたらどうやらアラリコに決まりそうだった。

「問題のありそうな生徒はいつも、わたしのところへ来るんだ。困ったことにね」

「あはは」

「呑気に笑っているがね、君もその問題に入っているのだからね?」

「……はい」

 とにかくも、明日は午後の授業も休んでいいと言われたので、有り難く受けることにした。

 課外授業扱いにしてくれるそうで、課題だけ提出したらそれでいいと言われた。

 優遇されて申し訳ない気分である。


 翌日、王都を久しぶりに歩いて出て、誰もいない平原まで足を運んだ。

 街道からも外れているので、この時期は人っこひとりいない。

 念のため全方位探索を強化しつつ、フェレスに乗って実験を繰り返した。

 このために昨日は夜遅くまで晩ご飯も食べずに素材を幾種類も試作した。

 リュカが心配して、スサにお願いして夜食を持ってきてくれたのでようやく時間に気付いたほどだった。

 ものすごい集中力だとスサには呆れられつつ、しっかりと怒られた。

「まだ子供なのだから、体を労わってください」

 ということだ。


 そして、さあ実験しようと思って降り立ったのだが、そこで人間の代役がグランデフォルミーカばかりではダメだと気付いた。

 ただ、空間庫の中にある魔獣の死骸は岩猪などの大きいものばかりだし、大抵は解体済みだ。

 良い頃合いものがなくて、全方位探索を更に強化して魔獣を探した。すると、平原の端に小さな魔獣たちを発見した。

 しかも村に近い。

 シウはフェレスに乗ったまま、転移して近付いた。

「ゴブリンか。ちょっと小さいけど、いいかも」

 討伐対象なので、見付けたら狩る必要もあった。

 また群れになっており、村へ向かう可能性もあったので上空からまとめて魔核を転移して奪い、倒した。

 念のため、耳を切り落とす。討伐の部位証明になるのだ。

 本当は黙っていても良かったのだが、村に近く、群れだったことが気になった。後で報告した方がいいかもしれない。

 とりあえず先に実験をしようと、また平原の真ん中へと転移する。


 実験の結果、三千メートルあたりなら完全に大丈夫だということが分かった。

 その前に高度的に人間がどうにかなりそうだが、とりあえずは上手くいった。

 あと、落ちている間に中の人間が動いてぐにゃぐにゃにならないよう、体の何点かを支えるゲル糸も出すようにしてみた。

 幾つか変更したい箇所もあったけれど、おおむね問題ないだろう。

 木や岩、沼地、池でもやってみたが大丈夫そうだ。雪ももちろん障害物と判断してくれたので起動した。あとは砂漠や氷などでやってみたい。

 更には、生きている状態でも調べてみたかったので、シウ自身で使ってみることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る