302 リュカの家庭教師と落下安全対策




 たとえハーフでも、姿は獣人族なのだから耳や尻尾は触ってはいけないと懇々と説明された。

 リュカはクラフトから、シウはミルトから。

 特にシウは叱られるような勢いで、ミルトに叩きこまれた。

「獣人族の耳はたとえ子供でも、相手が触っていいと言っても触るんじゃない! 求愛の行為だ。家族ならいざしらず、他人は触っちゃダメだ。いいな? 絶対だぞ?」

「触ってないよー」

「信用ならん。お前の目がこわい」

 確かに、つい獣耳をジッと見てしまうが。

 仕方なく、足元で寝そべっているフェレスの耳を触った。

「フェレスは優しいねー」

「そういう問題じゃない。あと、フェレスは騎獣だろうが。卵石から育てたんだろう?」

「うん」

「親と子の関係じゃないか。だったらいいんだ」

「ふうん」

「……お前は、竜人族の角に触った男だからな。こんな変人、危険すぎる」

「ひどい」

「……このままここに置いておくのが怖いな。ちゃんと育てられるのか?」

 今までハーフがどうのと言っていたくせに、リュカを見た途端に宗旨替えしたのかというほど真剣に考えてくれている。そのことがおかしくて笑いを噛み殺した。

 さすがに、引き取ろうと考えつつあるその言葉に、スサが慌てて声を上げた。

「リュカ君はきちんと我々でお育て致します。もちろん、獣人族の方の家庭教師もお付けしますから。今ここで引き離されてはお可哀想です」

「あ、いや――」

 するとリュカが涙ぐんでシウやスサを見上げてきた。

「僕、おみみのお兄ちゃんたちとどこかに行くの?」

「うっ」

 ミルトが、愛らしく潤んでいる視線にやられて、困惑しつつクラフトに助けを求めた。

「クラフト、おい」

「寮住まいで自由の利かない我々が請け負っても仕方ないでしょう。王都で犬族を探して面倒を見させるというのも、お互いに大変です。せっかくのご厚意でこちらのお宅が引き取ってくださっているのですから、引き離すのは野暮です」

「う、うう、そう、だな」

 話がどうなったのか、リュカが不安そうにそれぞれの顔をちらちらと見上げているので、シウは笑って頭を撫でた。

「大丈夫、どこにも行かないよ。お兄ちゃんたちはリュカが心配だから、同じ種族の人同士で引き取った方がいいのか考えただけだよ。リュカは、耳のない僕やスサたちこの家の人のことをどう思う?」

「好き! 大好き! 優しいし、お勉強も教えてくれるし、あったかいの」

 胸を押さえて、リュカは言い募った。

「このへんがね、きゅうと温かくなるの。おとうに抱っこされて寝た時も、同じだったよ」

「そっか。じゃあ、ここにいようね。でも、このお兄ちゃんたちは、リュカのことが心配で好きだから、そう言ったんだよ。嫌いにならないでね」

「うん……」

 今度はそっと窺うように二人を見た。

 二人とも、必死で笑顔を作り、取り繕っている。

「僕、嫌いじゃないよ。お兄ちゃんたち、好きだよ」

 子供からの純粋な言葉に、二人は身悶えていた。

 変な格好で胸を押さえているので、スサが呆れてしまっていたが、プロのメイドである彼女はそこには触れないでいた。ただ視線が、ちょっと厳しかっただけだ。


 その後、どうやらリュカのことが好きになって心配になったらしい二人からの申し出で、リュカの家庭教師は彼等にやってもらうことになった。

 獣人族としての考え方も知っておかねばならないことは確かなので、できるだけ差別感情なくやってほしいとロランドには注文されていたが、二人とも素直に了承していた。

 授業の時にはスサも立ち会うと約束して、この日は帰って行った。




 翌日、生産の授業はまた早出をして授業そっちのけで試作を繰り返した。

「今日は何を作ってるんだ?」

 レグロに聞かれたので、空から落ちた時の安全対策と答えたら、一瞬唖然とした顔をされてから笑われた。

「ははっ、そんなことまで考えるのか。お前さんらしいっちゃらしいが」

「危険なものを作るのだから、できるだけのことをしておきたくて」

「自己責任だと思うがなあ。ま、あれば別の用途でも使えるだろうしな」

「別の用途?」

「稀に飛竜から落ちる奴がいるそうだぜ。それに戦っている最中に飛竜が死んだら、おしまいだしな」

「……考えたことなかったけど、飛竜同士で戦わせることもあるんだね」

「そういうこった」

 問答無用で、地面に激突するのを防ぐものが必要だということにも思い至った。

 意識を失って魔法が使えないという状況だってあるからだ。魔力を使い切ることもあるだろう。であれば、車で言うところのエアクッションが最適だと思いついた。

「……あ、でも、最初にぶつかるのが地面とは限らないのか」

 ぶつぶつ呟きだしたら、レグロに肩を叩かれた。そのまま離れていく気配を感じたが、没頭し始めたので顔を上げなかった。

 メモに思い付く限りの条件を書き込んでいく。

 飛竜や魔獣など、動く物体に当たることもあるだろう。森ならば木が最初に当たる。海なら水、川なら岩場、斜めになった崖、砂漠というのも考えられる。

 意識がないまま落ちて、体のどこにも怪我をしない。

「うーん、どれも魔法ありきかあ」

 記録庫内の本を検索していくが、どれも一長一短だった。風属性魔法によって衝撃を和らげたとしてもその後が続かない。連続してしまうと地面でバウンドする可能性もある。そもそも意識して使う方法ばかりだ。

 無意識に行うとなると、あらかじめ仕込んでおく形になるが、起動に困る。

 結界、防御としても、高高度から落ちれば意味がない。

 空間魔法だと簡単なのになと思う。

 起動スイッチについては後で考えるとしても、落下してどこかにぶつかる寸前に空間壁のどこかが気付くわけだからその瞬間に柔空間壁に変えてしまえば良い。動かなくなったら魔法は解除される。あるいは、本人の意識が戻ったら解除する、などだ。

 しかし、空間魔法のスキルは珍しい部類に入るので、これを術式に組み込むのは躊躇する。

 スキルなしの、基礎属性だけでなんとかするか、別方向からアプローチするべきだ。

「素材なら、どうだろ」

 魔法袋から、あれこれ思いつくものを取り出してジッと見つめた。

「スライム、ゴム、緩衝材とゲルに、防火壁、防御ピンチ、結界」

 読み上げているうちに、思いついた。

「あ、そうか」

 結界を張って最初に衝撃を感じた瞬間、魔道具を中心に二メートルほどの円を描いて二重の結界を張る。その隙間にスライムとゴムなどで作った緩衝材を、これは特許を取ったものよりももっと柔軟性のある衝撃吸収材にしなければならないが、それらを一瞬で魔道具から飛び出るようにするのだ。その後、本人が魔道具を解除するか、外から専用の魔道具で解除して、出られるようにする。

 衝撃吸収ならゲルがあるので、なんとかなりそうな予感がしてきた。実際、塊射機の試し撃ちではよく使っていた。尖ったところでも、破けない自信がある。

 その代わり、長くその状態だと酸素不足になってしまう可能性があった。

「最初から風属性魔法でクッションにしてしまっても良いけど、それだとレベルが高すぎて付与士が見付からないだろうし。使い捨てってことを考えたら、ある程度は数が欲しいし、僕一人で付与し続けるのも問題だし」

 飛行板と違って、落下用安全対策は誰でも作れるようになるのが良いだろう。広く販売したい。

「……投網、そうだ、網状にすればいいのか」

 水が入らないようにするのは構造的には理解できる。

 それを誰もが作れるのかというと話が違ってくるが。

 とりあえず、試作品を幾つか作った。風クッションだけ、ゲルだけ、などだ。

 ついでにゲルを細い細い糸にしてかなり強めに編み上げてみた。水を通さないかどうか実験するため、レグロに言って教室の片隅の天井に水を張った網状の布を放置した。

 幾つか編んだので、それぞれで実験をしつつ、次の工程に移る。

 魔道具本体だ。一番いいのは、体の中心地に付けること。前だと邪魔なので背中の腰帯あたりが向いている。

 邪魔にならないような形にして、椅子に当たっても痛くないよう、ゴム製にした。

「起動は、安全ピン型が一番かな。起動に魔力が要らないし節約的にも良いや」

 防犯ブザーのイメージだ。紐を引っ張れば起動する。

 つまり、騎獣や飛竜の上にいるのなら、騎乗帯に付けておけば良い。不測の事態が起こって外れたら、起動する仕組みだ。

 飛行板ならば、足首に固定している紐へと取りつけても良い。

 対にして、一定距離が開くと起動する仕組みにするのだ。それならば紐は要らない。ただし、その分は魔力を要する。それに紐がない分、付けていることを忘れて対を残したままその場を離れてしまって起動するという凡ミスも起こりそうだ。

 どちらが良いのか分からなくて、シウはレグロに相談した。

「魔核の節約なら、紐型なんですけど」

「単純な構造ながら、一番理に適っているな」

 レグロも一緒になって悩んでくれた。二人がうんうん唸っていると、話を聞いていたらしいアマリアが口添えしてくれた。

「わたくし、思うのですけれど、命を守る魔道具をお造りになるのですよね? でしたら、とことんこだわった方がよろしいのではないかしら。命を節約するものではございませんもの」

「「あっ!!」」

 シウとレグロ、二人して声を上げた。

 それから、顔を見合わせて、大笑いした。

「紐があるとどうしたって邪魔だしな! だったら、多少高くなったって、対式にする方がいい」

「こんなところで節約考えても意味ないですね、そういえば」

 二人で手を取り合って、笑った。

 アマリアや、他の生徒たちはにこにことその様子を眺めていた。

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