342 不死鳥と、帝国滅亡論
何が欲しいと聞かれて、シウは少し考えてから素直に答えた。
「ポエニクスの毛が欲しいです」
「…………」
さすがに唖然とした顔をされてしまった。キリクは頭を抱えているし、テオドロは目を見開いたまま固まってしまっている。
「あ、えーと、落ちてるのでもいいんですけど。ブラッシング後の、とか」
「そんなもの、何に使うんだ」
「……お守り?」
苦しい言い訳かしらと思いつつ、言い通すことにした。
「聖獣の毛を集めるのが趣味でして」
「……ほう?」
「今のところ、モノケロースとレーヴェ、スレイプニルは集めました。騎獣も幾つかあるんですけど」
半眼になりつつ、ヴィンセントは秘書官をチラッと見た。
それから溜息を押し隠しつつ、ひとつ頷いた。
「毛ぐらいは、構わんが。念のために言っておくが、まことしやかに伝わっている庶民の夢物語に、ポエニクスの体の一部を口にしたら不老長寿になるというものがあるが、あれは完全なでまかせであるぞ? 分かっているな?」
「分かってますし、そんな子供だましを信じてるわけじゃないです。単純に興味があるだけです。……え、ていうか、誰か口にしたことがあるんだ?」
思わず体を引いた。ドン引きだ。
何と言っても聖獣は賢い生き物で、人型にもなれるし言葉も話す。ましてや神の使いとも言われる聖なる獣だ。そんな相手を食べるなんて、と思ったのだが。
「食べたりはせん。馬鹿者。かつて、その遺骸を掘り起こしてあくどいことに利用した者がいるのだ。それにまあ研究者も、その抜け落ちる毛を使ったりはする」
「そうなんですか」
「今いるポエニクスは、そうした研究を嫌がっているので、渡したりはせぬが」
「意外と律儀に守られるんですね」
「シウ殿」
テオドロに注意されてしまった。
しかし、ヴィンセントは怒りはしなかった。
「ポエニクスの能力のひとつに、嘘を看破するものがある。ばれるのだよ。よって、使えん。遺骸も利用されるのが嫌だからと、死後の契約を済ませている。少しばかり偏屈で対応に苦慮する聖獣だが、お守りに欲しいと言えば、くれるだろう」
「……もしかして、僕が直接頼むんですか?」
「当たり前だろう? 本人に交渉しろ。わたしは紹介までだ」
さあ、これで話は終わりだと言って、席を立った。
立ったと同時に歩き出すので、せっかちなのだろう。結局、シウ達を置いて部屋を出て行ってしまった。
秘書官の1人が残って、シウ達を広間まで案内してくれたので良かったが、テオドロも言っていたが下々のことはまったくご存知ないらしい。周囲の人の苦労が窺える。
ところで、ポエニクスとは聖獣の中でも階位が一番高く、不死鳥と呼ばれる鳥型希少獣のことで他に同種の獣はいないことで有名だ。
稀に赤い不死鳥を見かけることもあるそうだが、それは火の鳥だとも言われており別個の存在として語られる。
つまり、孤独な存在なのだ。同じ世代に2つの不死鳥が現れた、ということは聞いたことがなく、そのせいで「不死鳥」とも呼ばれていた。
つまり、同じ魂が輪廻によって生まれ落ちる、同個体だと信じられていた。
寿命も長く、その死因は老衰のみだ。
飛竜よりも遥かに強く、ドラゴンと対峙できる唯一の獣だとも言われている。
ただし、争いごとが嫌いで、隠遁生活を好むようだ。よほどのことがなければ表に出てこない引きこもり。
本をひも解いて読み耽っていると、つい近しいもののように感じてしまった。
話が合うと良いのだが。
そんなわけで、晩餐会も半ば上の空で過ごし、ダンスは免除されて帰ることが出来た。
翌日の午前中はククールスがとっておきの魔法を教えてくれることになっていたので、彼を乗せて平原まで向かった。
「俺は、重力魔法を持っているんだ。まだレベルは3だが、持っている奴が少ないから隠し玉として使える」
「誰にも言わないね」
「おうよ。頼むぜ。って言っても、このへんの上級冒険者は皆知ってるけどな」
「そうなんだ」
「ギルド職員も知ってる。だから最初にシウと組ませたんだ」
まだ若いフェレスの上に、もう1人乗せたかったために呼ばれた人員だった。もちろん、彼がエルフで索敵能力が高いことも選ばれた要因だった。
「じゃあ、やるか。重力魔法については、知っているか?」
「書物では読んだ。理解もできてると思う」
「だったら話は早い。まずは、見ておいてくれ」
真っ白い平原の中にポツンと生える木を指差した。
「≪大地の力よ、そのものを引け≫」
落葉樹で見事に葉の落ちた悲しい姿の木が、ミシリと音を立てた。
やがて、ぐしゃりと折れて潰れた。
「詠唱句ありだと格好悪いが、確実にやりたい場合はこうしてる。重みを変えるには、三重にしろとか適当に変えてるがな」
「軽くするときも、引くの?」
「そうだ。その場合は≪空の力よ、そのものを引け≫って詠唱してる。でも最近は無詠唱でも確実に行えてるな。使いこなしている証拠だろ」
上級者なので、杖なしで無詠唱も可能なのだ。
意志も強いに違いない。
「昔、同じスキルを持ったやつがエルフに使い方を話したらしくて、その又聞きで教わったんだ。重力魔法は本体の重みを変えるんじゃない、大地の力を強めるんだって」
「引力だもんね、重力って」
「……よく知ってんな」
「学校の本で」
禁書庫にあった、古代帝国の本を解読したものだ。嘘はついていない。
「俺は精霊に馴染みが深いからか、大地の力って聞いて、大地の精霊に頼めば良いんだなってぐらいの気持ちで使ってみた。そうしたら上手く使えるようになったんだ」
「それまでは行き詰ってた?」
「ああ。レベルも最初は1だった。今は3だから、このまま頑張れば5も夢じゃない」
「大地の力を意識していない時は、本体そのものの重みを変えていたの? それでも使えたってことだよね?」
「そう、そうなんだよな。それが魔法の怖いところでさ」
「あ、僕も思う。曖昧なイメージでも使えてしまうところが怖いよね。だからこそ『詠唱する』システムが出来上がったのかも、なんて考えたり」
「……すごいやつだな、そんなこと考えてるのか」
「うん。実は、帝国が滅亡した理由もそこにあるのかも、なんて想像したりして」
ククールスは驚いてシウを見た。
「……古代帝国の滅亡の理由、か」
「あれだけ発展していた帝国が一夜にして崩れ落ちたのって、おかしいもの。あと、あの時と同じ種族が今でも残っているのに、なぜ魔法のレベルが極端に落ちているのかも」
「残った人間が、魔法を脅威に思ったってことか? 阻害されてるとか……」
「あとは、高レベルの魔法使いがほとんど死んだか、だね。残された人は、小さな魔法だけを使って生き延びた。詠唱しなければ使えないほどの低レベルだったからこそ生き残れたのかも。それをよすがとしたのかもしれないね」
「面白いことを考えるんだな。でも確かに言われてみると、夢物語のような帝国滅亡の話も、おかしなことばかりだ。あれが本当の言い伝えなら、俺達が想像するよりはるかに恐ろしい出来事があったってわけだし」
「魔獣のスタンピードどころじゃないよね」
「……怖い話だぜ。俺達エルフの言い伝えでも、大昔、古代帝国時代には精霊が顕現していたというしな。しかも人型の大きさでだ」
「すごいね」
「嘘だろって思ってたけど、案外ほんとのことかもな」
「そうなると、なんだか力のある者ほど死んでしまったって案が強くなるね」
「そうだな。顕現できるほどの精霊といえば、王レベルだ。今では全く見られないというのなら、どんだけ強い禍だったのかってことになる」
そこまで話して、ククールスが苦笑した。
「すっげえ、話になったじゃないか。俺、学校なんて行ってないから頭がおかしくなるわ。シーカーの生徒ってすごいな。そんなこと考えるのか」
シーカーだからかどうかは分からないので、曖昧に頷く。
「シウがそういう話好きなんだったら、今度里に帰ったら昔話を聞いておいてやるよ」
「うん。楽しみにしてる」
「お前、そこは『エルフの今度は当てにならない』って返さないとダメだろうが」
「え?」
「知らないのか? エルフとのジョークで使われるんだ。エルフは長生きだからな。適当に『今度』なんて言われたら、とりあえず文句言っておくんだよ。そういうもんなの」
様式美らしい。
シウは笑って頷いた。
それからもククールスの重力魔法を見せてもらった。戦い方なども教えられ、ためになる。
その日中には覚えられなかったが、なんとなく理解はあるので使える気はした。
それよりもククールスに幾つかアドバイスをした。
節約術の基本を教えて、考え方をシンプルにすると、イメージ力も高くなる。
シウは、空気を引っ張ってみたらと言った。
空気が地上に留まっていられるのは引力のおかげだし、なければ拡散するだろう。曖昧な存在だから難しいが、使えるようになれば便利だと思う。
そのうち、空間魔法に通じるかもしれないので新たにスキルが増える可能性だってある。人族なら難しいがエルフなら可能だろうし、ちょっと楽しみだ。
ククールス自身は意味わかんないと言って頭を抱えていたが、シウはできそうな予感があった。
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