341 王子との話し合い




 フェレスも当然連れて行こうとしたら、その際にも一悶着あった。

 騎獣などを王子の傍に置いておけないといった理由らしかったが、これもテオドロが上手く話して引いてもらった。

 なにしろ、チコに狙われた理由の大元であり、万が一彼の息のかかった人間がフェレスを攫ったり、あるいは殺す可能性もあるのだと大袈裟に訴えてくれたのだ。

 近衛騎士は渋々、フェレスの同行を許してくれた。

 そんな騒ぎに気付いたようで、足止めされていたらしいキリクも何気ない風を装って来てくれた。

 結局、シウたちは三人と一頭で広間を出て、少し離れた客間へと案内されたのだった。


 給仕ばかりしていてほとんど食べていないシウは、お腹が減ったなーと思ってつい手でお腹を押さえていた。

 しかもフェレスもお腹が空いたらしくて(なにしろとても良い匂いをさせていたのだ)、きゅぅっと可愛らしい音を立てていた。

「……ジュスト、食事の用意を」

「は」

 返事をしたのは偉い方の秘書官だったが、動いたのは別の秘書官だった。

 部屋の中には近衛騎士が三人、従僕が三人いる。取り巻きたちは部屋の外で追い払われていた。

 ソファにそれぞれ座ると、早速飲み物が配られた。フェレスにも高価な皿にミルクを入れて持ってきてくれたので、お礼を言った。

 美味しかったらしく、フェレスも従僕にお礼を言っていたが、本人はびっくりして慌てて離れて行ってしまった。

「時間が勿体無い。面倒なやりとりは省くぞ。お前は一体、何者なんだ?」

 ヴィンセントがソファに座ったままシウを睨め付ける。

「えーと? 冒険者で魔法使いです」

 まだジッと見られているので、シウは小首を傾げつつ思案げに答えた。

「十三歳の人族で、シーカー魔法学院の生徒でもあります」

「そうしたことを聞いているのではない」

 だったら主語を省かないでください。

 内心の言葉が通じたのか、目を細められた。この人、心が読めるのかしら。つい、笑ってしまった。

「冒険者ギルドと商人ギルド、鍛冶ギルドからも嘆願書の山だ。それらと懇意にしている貴族どもも馬鹿のひとつ覚えのように面会を申し込んでくる。一体全体どうした事かと話を聞いてみれば、お前を失うのは国にとっても損失だと訴えて来るではないか」

「あ、そういう意味ですか」

 なーんだ、と内心で息を吐いた。

 自分で自分が何者かなんて分かっていたら、人の世に哲学は生まれないだろう。

「どういう意味だと思ったのだ」

「…………」

「ふん、まあ、いい」

 何故か偉い秘書官が扇子をヴィンセントに手渡した。普段は彼が持っているのかーと変なところに感心した。

「聞けば、面白い技術を持ちこんでいるそうだな。今後もそうした技術をもたらすであろう貴重な人材を、手元に置いておけと煩く言う者もいた。冒険者ギルドからは、王都の守りにもなるだろうと言われたが」

「シウ一人に重荷を背負わせるつもりなのかな、冒険者ギルドは」

 キリクが口を挟んだ。ヴィンセントはチロリとキリクを見て半眼になったものの、咎めはしなかった。

 扇子をパチリと鳴らして、シウを見る。

「チコ=フェルマー伯爵はとんでもない相手に喧嘩を売ったものだ。しかも、お前のことを調べておいてのことだから、わたしも驚いたよ。このような馬鹿が第二級宮廷魔術師を名乗っていたのか、とな。なるほど、お前が動じないわけだ。ロワルの魔獣スタンピード被害を抑えた功労者であればな」

 ニヒルに笑い、扇子を振った。彼の中では言い切ってしまって話は終わったのだろうが、シウはそうはいかない。手を挙げて、反論した。

「はい、申し上げます! それは間違いです。ロワルで魔獣のスタンピードが起こったわけではありませんし、抑えたのも僕ではないです」

 それに口を挟んだのはキリクだった。

「言葉のあやだろう? 気付いていなければいずれロワルは襲われただろうし、お前がいち早く発見して見張りを続け、氾濫を抑えたのは事実だ。無駄に謙遜するのは嫌味だぞ、シウ」

「えー?」

 つい、いつも通りの口調になってしまった。そうした二人のやりとりを、ヴィンセントは面白くもなさそうに見ていたが、その時部屋がノックされて、食事を載せたワゴンがやってきた。

 フェレスは鼻をぴくぴくさせてそちらを見たが、きちんと座った格好を崩すことはなかった。ちゃんと我慢ができて偉い。


 先に食事をと勧められたので遠慮なくいただくことにした。

 テーブルも用意してもらって、部屋の端で一人と一頭で食べる。

 その間、暇であろう王子の相手をしたのはキリクとテオドロだった。

 何やら話していたが、シウはフェレスと食事を楽しんだ。ついてくれた従僕も普通に給仕をしてくれたし、嫌な思いはひとつもしなかった。


 食後の珈琲を煎れてくれたが、それはまた元の席に用意された。

 フェレスは前足を交互にしておすまし顔で座っていたが、ヴィンセントに断ってから、寝そべっても良いよと言ったら、すぐに顎を落としていた。一応、だらしないごろ寝ではないから大丈夫だろう。

 ヴィンセントがそれを見て、

「そうした騎獣のマナーをどこで習ったのだ?」

 と聞いて来た。

 嫌味ではなく心底不思議そうな口ぶりだった。キリクも、そういえばそうだなと相槌を打つ。

「知り合いのスレイプニルが教えてくれたんです。王族に仕えていたので、礼儀作法には煩くて、フェレスも大分仕込まれたみたいですね。本人は遊んでもらってるつもりみたいだったから、さすが聖獣は賢いんだなあって思いました」

「……スレイプニルと知り合いとは、また、すごいものだ」

「殿下ほどではないです」

 にっこり笑うと、少しだけ頬を緩ませていた。

「……わたしと同列に語るか。面白い子だ」

「殿下、このように子供の話すことは、礼儀に適っておりませんでしょう?」

 テオドロがフォローに入ってくれたが、ヴィンセントは煩く手を振った。

「遠回しな嫌味はやめろ。無礼講だ。気にしてなどおらん」

「さようでございますか」

「弁護士など、わたしには全く向かない仕事だ。グロッシ子爵は王宮での出仕でよほど揉まれたと見える」

「下級貴族など、逃げ道ばかり覚えるものでございます。殿下がなされることではございません。殿下には殿下にしかおできにならないことが多くございます」

「分かった分かった。もう、やめよ」

 呆れたように扇子を振って、話を止めていた。

 嫌味を言ってもすぐさま返ってくるので、ヴィンセントも面倒になったようだ。

 ちょっと憎めないかなと、そんなことを思ってしまった。


 ヴィンセントからは、単刀直入にはっきりと言われた。

「ラトリシアとしてはシウ=アクィラに滞在を続けてもらいたいと考えている。このままシーカー魔法学院にて勉学に励むが良い」

「残念ですね、オスカリウス辺境伯」

「本当に」

 テオドロとキリクが、最終判断を聞いたからだろうが軽口をたたいた。

 ヴィンセントがギロッと見たものの、二人とも気にしていない。ヴィンセントは半眼になりつつ溜息を吐いた。

「あれほどせっつかれては、どうしようもない。分かっているだろうが、今、止めている案件を進めてやってくれ。わたしも話だけは聞いたが、興味がある」

「……ええと」

 チラッとテオドロを見ると、頷かれたので話を続けた。

「飛行板のことでしょうか」

「それだ。オスカリウス辺境伯には惜しかっただろうが、その魔道具は我が国にこそ必要なものだろう」

 話が終わったからか、ヴィンセントがソファの背もたれにもたれかかった。貴族など、高位者がこうした場で取ったりはしない行動だ。

 王子の気の抜けた格好を見て、キリクが苦笑を隠しつつも笑み声で答えた。

「残念ではあるが、幸いにして特許料が低いので、いずれはわたしの領地でも販売が進むでしょうな」

「それは当然のことだ。ただ、自国で生産することが大事なのだよ。どこよりも先駆けてね」

「……騎獣の在り方に、疑問を感じられたことは?」

「当然ある。他国の英雄に言われずともな」

「それは詮無いことを申し上げた。お許し召されよ」

 ヴィンセントは手を振った。扇子はもう秘書に渡している。

「シウ=アクィラよ。お前が飛行板を作ったのは、この国の冒険者に機動力がないからだと聞いた。事実、機動力がないから魔獣の群れを退治するのにも手間取っていたのだと」

「はい、その通りです」

「お前には騎獣、フェーレースがいたから戦えたのだな?」

「上空からの攻撃援助があれば、魔獣と戦うのはより有利となります」

「……現場を知らぬ者が、政策を講じるのだ。利権も絡む。改革とは難しく、長い時を必要とする。それゆえ、新たな存在の発見は、闇夜で見付けるコンバラリヤマヤリスの明かりのように思えるのだろう」

 冷たい王子の口から詩的な言葉が出てきたので驚いた。

「一時の明かりとはいえ、闇夜にいる者にとってみれば救いの手だ。夜が明けるまでの間、明かりを灯しておいてほしい」

 静かに言って、目を瞑る。彼なりの頭の下げ方なのだろうなと、シウは受け取った。

「……今度、献上します」

 そう言うと、ヴィンセントはふと小さく笑って頷いた。

「では、それまでに褒美を用意しておかねばならんな。何が良いか?」

 途端に人間らしい表情から、元の機械仕掛けの人形のような冷たい顔に戻ってしまったのだった。

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