340 授与式と晩餐会始まり




 晩餐会に間に合うよう、少し早めに屋敷を出発した。

 護衛達の乗る馬を先頭に、一番豪華な馬車へカスパルとキリクが乗り、次にテオドロとシウ、そしてククールスが乗り込んだ。

 最後尾には従者や護衛などの馬車が、横と後方にも馬での護衛を行う。

 全員それぞれの立場での正装をしており、それゆえ貴族街でも通り抜ける際には目立っていたようだ。


 通されたのは下級貴族などが集まる際に使われる広間で、格式が低めのところらしかったが、シウやククールスにとっては豪華絢爛に見えた。

 すごいねーと話しながら、次々とやってくる人達を観察した。

 数合わせのためか王宮内で働く上級職の人も来るため、意外と多い。ギルド本部長なども来ており、知り合いの役人と話し合ったりしている。

 ククールスも顔馴染みの冒険者を見付けて、からかいに行ってくるとシウから離れた。

 カスパルとキリクはそれぞれに挨拶をしたり受けたりしていた。

 かたや他国の上位貴族の息子、そして上位貴族であり英雄と呼ばれる男だ。どちらも人気は高かった。

 シウはテオドロと共に壁の花になっていた。

 幾人かはテオドロを見付けて挨拶に来たが、シウを見て訝しそうにしたり、事情を知っている者などは曖昧に笑って去って行った。

 微妙な立場の人間に近寄って、政争に巻き込まれたくないということらしい。

 テオドロが説明してくれた。


 やがて、典礼官がやってきて、晩餐会の前に授与式を行うということで名を呼んだ。

 シウも呼ばれたのでテオドロと一緒に向かう。

 授与式は隣室のこぢんまりとした部屋で、テオドロの説明通り、簡易のものだった。

 それでも冒険者達はがちこちに緊張していたので、国からの褒賞による授与式というのは滅多にないことなのだと知った。

 シウは一度、シュタイバーンで経験しているので特に感慨もなく、黙って受け取った。

 ちなみに「慰謝料」という言葉は授与式では出なかったが、目録には書いてあった。

「褒賞並びに、その他もろもろを含め、与えると言っていたでしょう? その他もろもろに入れられているのですよ」

 他の人間がいるところで、国が慰謝料を払うなどの言葉は聞かせられないので適当に濁しているのだとテオドロが教えてくれた。更には。

「この慰謝料も、蟄居を命じたフェルマー伯爵の財産を没収してのことですから、国は腹を痛めておりませんしね」

「そうなんですか」

「国はそう簡単に、非を認めません。失敗も、失敗を犯した本人に取らせます」

「それをのさばらせていた罪は、国だってあるのにねえ」

「そういうものですよ」

 つらつら話しながら広間へと戻る。シウ達の後ろでは、冒険者達が、興奮していた声を落としていた。

「なんであの2人はあんな落ち着いているんだ?」

「授与式で慌てまくって頭真っ白になった俺がバカみたいじゃないか」

「この中で一番小さい子供が一番、平然としてやがる」

「あいつの心臓、毛が生えてるんじゃないか」

 聞こえているんだけど、と思いつつ、テオドロと顔を見合わせて苦笑し合った。


 招待された主役が戻ってきたことで、晩餐会が始まった。

 立食形式で、なんとかいう大臣の挨拶のあと食事を行う。おだやかな演奏付きの食事時間で、ほとんどが知り合いを探して話をしたりと和やかな雰囲気だ。

 マナーなんて分からないという冒険者達もおり、給仕の者が近寄ってこなかったことで、シウとテオドロがお皿にとってあげた。

「がつがつ食べなきゃ、あとは普通でいいんだよ。だから立食形式にしたんだと思うし」

「そうなのか?」

「だって、次から次へと出てくるコース料理だと、面倒くさいよ? 冒険者には絶対向かない食べ方だと思うけど」

「そりゃそうだ。そうか、じゃあ、普通に食べるか」

「盛り付けの基本は、盛り付け過ぎない。それに限るね」

「成る程なあ」

「本当は給仕の人がやってくれるものなんだけど」

「いねえな」

「怖いのかな? みんな優しいのにね」

「へん。誰が王都を守ってるんだって話だぜ」

「まあまあ。喧嘩腰はよくねえぜ。さ、食おう食おう」

 テオドロは手際よく、次々とお皿に取り分けて渡していた。

「慣れてるんですか?」

「下級貴族なのでね。王宮勤めの時には手が足りずに上級晩餐会で補助をしたものだ」

「そうなんですか」

「こうしたことも相手の人となりを知る良い機会だから、案外面白いのだよ」

「へえ、そうなんですね」

 王宮勤めの人の裏話なども教えてくれて、シウとしては楽しかった。

 そうして隅でわいわいやっていたら、ざわめく空気が近付いてきた。

 ピンを付けていたので誰かは分かっている。

 慌てる声や、引き留める声などの中に、冷たい叱責の声。

 それらがどんどん近付いてきて、自然と冒険者達も場を空けた。

 モーセか。

 内心で冗談を言いつつ、王子が来るのを待っていたら、今日は扇子は持たずに、簡略の正装をしてさっさと歩いてくるのが見えた。

「何故、お前が給仕をしているのだ」

 言いながら、眉間に皺を寄せてシウとテオドロを見る。

「……弁護を担当していた貴族だな。確か、グロッシ、と言ったか」

「テオドロ=グロッシ、子爵位にございます」

「そうか。見たところ、グロッシ子爵も給仕をしているように見えるが」

「こちらにはおりませんでしたので、差し出がましいとは思いましたが戦功の立役者方におもてなしをと、勝手をしてしまいました」

 えっ、と冒険者の誰かが声を上げたが、すぐに落とした。

 冷たい王子の空気に触れたせいだろう。

 冒険者の彼としては、テオドロがそうした物言いをするのはおかしいと言いたかったはずだ。しかし、貴族とは時に庶民とは違う物言いをするものだから、しようがない。

「わざわざ子爵がか。そうか。どうやら手違いがあったようだ」

 ギロッと周囲を見渡す。秘書の1人が何かを従僕に伝え、彼がさっと場から抜けた。走ったりはしないが、優雅に見える程度の早足でどこかへ消える。

 感覚転移で見ていると、彼は給仕をまとめる長のところへ行ったようだ。真っ青な顔をした男が、頭を下げていた。

 見ていて気持ちの良いものではないから、転移を止めた。

「お前と少し話がしてみたくなったのだが」

「僕ですか?」

 ああそうだと言わんばかりに顎を軽く動かした。

 チラッとテオドロを見たら、困惑した様子はあったもののしっかりと頷かれたので、シウも承知した。しかし、だ。

 テオドロは弁護士としての言葉を続けた。

「わたくしも同席しとうございますが、よろしいでしょうか」

「ならん」

「さようでございますか。それでしたらお断り申し上げます」

「なんだと?」

 声を荒げたのはヴィンセントではなく、またその秘書官でもなかった。取り巻きのようについて来ていた貴族だ。

 鑑定して見た名前を見ても、誰か分からないので下級貴族だろう。貴族名鑑で調べても出てこず、まだ跡を継いでいないと思われた。

「黙れ。フラン、お前は下がっていろ」

「で、ですが、殿下」

 それ以上は言えなかった。ヴィンセントに付き従う近衛騎士がフランという青年を連れて行ったからだ。

 強権的だなあと黙って見ていたら、ヴィンセントがまたシウに視線を向けた。

 前回と同様、冷たい視線で見下ろしてくる。

「冒険者ならもう1人前の大人として扱って良いのではないか?」

「おそれながら、殿下。彼が冒険者であるのは、ギルドによる特別な計らいでございます。まだ13歳の、成人前の子供に、我が国の第一王子である殿下と『大人』としてお話し合いができるとは思えません」

「……先日は大したことを話していたが?」

「そこが問題なのでございます。子供ゆえ、嗜みを知りません。礼儀作法にも疎く、とても殿下へお話するような内容ではございませんでした。それは秘書官殿もよくご存じのはず」

 秘書官なら王子の我儘を諌めろよ、と視線で促している。

 無表情の彼等は少しだけ、視線を左右に寄せた。彼等も戸惑っているのだ。

「これ以上、子供とはいえ礼儀に適わぬ振る舞いを続けましたら、いかにご寛容な殿下とて許すわけにも参りませんでしょう。せめて、わたくしが傍におりましたなら、諌めることも可能でございます」

「ふん、そこまでして守るか」

「はい。この子供はシュタイバーン国のオスカリウス家が養子に迎えたいと願うほどの子でございます。何かございましたら、彼の方の傷にもなりましょう」

「養子、だと? 辺境伯がそう言っているのか」

「大恩ある方の忘れ形見だそうです。忘れ形見である本人は冒険者として生きたいと断っているようですが、お国では待望されているとか。そも、そうした理由があるからこそ、わざわざお越しになられたのでございましょう。ここであえてオスカリウス家に傷を負わせるのは、得策とは言えません。事情を知らぬ者からすれば、どのような噂を立てられるか分からぬものです」

 子供相手に大人げないと言っているわけだが、内容がちょっと嫌だった。味方を後ろから撃つ気はないから黙っていたが、後でちょっと話し合いが必要だ。

 シウは、養子になるつもりはサラサラないのだから。

「……弁の立つことだ。よい、ではお前もついてくるがいい」

「かしこまりました」

 しれっと、テオドロは返事をして、王子から冷たい一睨みをもらっていた。全くもって効いてはいないようだったが。

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