228 侯爵家へご訪問




 前日は夜遅くまで大変だった。

 けれど、朝はいつも通りの時間に起きた。

 フェレスは皆と同じように騒いでいたから、まだおねむのようだったが、シウが出かけようとすると慌てて飛び起きていた。

「にゃぁん!」

 おいてかないで、ということらしい。

 きちんとした格好をして、向かう先はアルゲオの家だ。

 貴族街の王城に近い、豪華すぎる屋敷へと向かった。

 相変わらず、貴族街に通じる門で誰何されることもなく素通りさせてくれたが、さすがにドルフガレン家の門兵は徒歩でやってくる客に対して不審そうな目を隠さない。

「おはようございます。シウ=アクィラと申します。アルゲオ君のクラスメイトで、今日遊びに来る約束をしていました。こちらが、僕の証明でギルドカードです。あと通行証が、オスカリウス辺境伯のと、フェドリック侯爵家のと、あ、王城の通行証もあります、これが」

 全部取り出すまでもなく、慌てて執事らしき男性が飛び出てきてくれた。

 屋敷から門までは離れているのに、よく到着したのに気付いたものだ。しかも、見習いや家僕ではなくて執事が来てくれた。

 門兵たちも驚いて、それからシウを何度も見て、その手元にある通行証を見てから慌てて敬礼した。

「どうぞ、お入りください!」

「わあ」

 すごい威力だ。裏書きの力って偉大だと思いつつ、執事が丁寧な挨拶をしてくれて中へ案内してくれた。

「突然お邪魔して申し訳ありません。お世辞を真に受けて、遊びに来てしまいました」

「いいえ。旦那様は世辞でお誘いなど、致しませんよ」

 話は伝わっているようだった。

 昨夜、シウはアルゲオに通信した。

 さすがに大貴族の当主に突然送るわけにはいかない。

 もちろん、アルゲオにだって失礼だっただろうが。

「あ、アルゲオ! ごめんね、昨日は突然」

「いや。君から通信なんて驚いたけれどね。しかし、考えれば君があれを開発したのだものね」

「ああ、通信魔道具」

「学校でも役に立っていたので、我が家でもかなり購入したのだよ。手に入れるまでに時間がかかったが」

「付与士が少なくて、流通に乗せるのが大変だったみたいだね」

「そうなのか。わたしは経済方面のことはまだ勉強が至らなくてよく分からないが、そういうものなのだな」

 玄関で待っていたアルゲオは気さくにシウを招き入れてくれた。

 きちんと応接室にも通してくれ、メイドたちは庶民のシウを見ても顔色を変えないし、さすがは大貴族に雇われている人たちだ。

「で、相談があると言っていたが。まさか父上のお誘い通り、聖獣を見に来たわけではないだろう?」

「あ、聖獣ももちろん拝見したいんだけどね!」

「……あ、そう」

 ほんの少しだが、呆れたような顔をされてしまった。

「あのね、オリヴァーの家のことで、相談したいんだ」

「オリヴァーの? シュターデン家がどうかしたのか」

 取り巻きの一人であるオリヴァーの名を出されて、アルゲオは顔を顰めた。何のことかと頭の中で情報があれこれ引き出されているようだ。

「うん。僕のお友達が、シュターデン家の親族の方でね」

「ああ」

「ただちょっと貴族の家の人にしてはひどい扱いを受けているんだ」

 と、事情をかるーく説明した。

「……家人ごときが、主家の親族に対してそのような物言いをしたのか? なんということだ」

「でね、その時に、別の友人が割って入って助けてあげたの」

「うむ。まさか、その友人というのは庶民だったのか? ならば――」

「ううん、彼は男爵だったんだけどね。それで、実はずっとその人のことを想っていたらしくて、そんなに困窮しているならぜひ助けてあげたい、もしよければ結婚という形をとらせてもらえないだろうか、と」

「……ああ、なるほど。そういうことか」

 難しい顔をして、真剣に考えてくれているようだ。

 紅茶も飲まずに顎に手をやって、うーんと唸っている。

「親族の女性を困窮させていることといい、素直に許すとは思えんな。それで、我が家へ来たのか」

「アルゲオなら良い案を出してくれるかもって思って。オリヴァーは嗣子じゃないでしょう? 彼に相談しても、逆に迷惑かなと」

「そうだな。ところで、その、親族の女性というのは? それに男爵の名を聞いても良いだろうか」

「うん。女性はエドラ=シュターデンさん。お相手はベルヘルト=アスムスさん」

「……ちょっと待て。待て、待て」

「なに?」

 額に手をやって、アルゲオが眉間に皺を寄せているのを眺めていたら、笑い声が聞こえてきた。

 部屋に乱入してきたのは、この家の主人アストロだった。


 実は、話を聞かれているのは知っていた。盗聴器というほどのものではない。隣室に隠し部屋があって、集音器のようなものが仕掛けられていたのだ。

 もちろん、全方位探索で彼がその部屋にいることも知っていた。

 代々その部屋を使って、いろいろと話を聞いていたのだろう。とても貴族らしい。

「突然遊びに来ると聞いて、つい見ておったが、ははは!」

「おはようございます。朝からお邪魔して申し訳ありません。お言葉に甘えて遊びに来てしまいました」

「うむうむ。さあ、さ、座られよ」

「はい」

 立ち上がって挨拶したものの、すぐさま遠慮なくソファに座り直した。

 アストロはシウの斜め向かいに座る。アルゲオもその隣に座った。

「……聞かれていることを、知っておったな?」

「そうだといいな、とは思っていました」

「ふふふ。そうかそうか。ああ、先ほどの件だが、シュターデン家は貴族としての振る舞いに欠けているところがあったようだ。わたしの方からきつく言っておくこととしよう」

「それは、つまり、良い大人であるエドラさんの、節度ある決意を認めてくださるよう、言い含めてもらえるということでよろしいですか?」

「ふふふ。そうだ。だがね、シウ殿よ」

「はい」

「そのように、はっきり物を申すものではない。貴族というのは、明言を避けるものなのだよ」

「はあ。でも、騙されると困りますし。人ひとりの人生がかかってますからね。あ、二人ですね」

「わたしは騙したりはせんが、ああ、シウ殿は商業にも明るいのか。商人というのは契約が一番だからね。その考えはわたしにも理解できる。ま、よろしかろう」

 ありがとうございます、とシウは頭を下げた。

「それにしても、年老いた二人のために、どうしてそこまでされるのかな」

「年老いているからです。二人には時間がないんです。だったら、時間のある若い人間が動くのが正しい気がします。その前に、友人だから、というのが一番ですけど」

「友人、か。君は面白い子だ。あのような傑物に対して、堂々と友人と言ってのける。では、オスカリウス辺境伯はどのような関係なのかな」

「あ、友人です」

「ふむ。では、この子はどうだろう?」

「アルゲオも友人ですよ。ね?」

「あ、ああ、そうだな」

 面食らった顔をして、アルゲオが頷いた。その顔を、アストロが不思議そうに見つめる。そして、小さく笑った。

「そうか。この子も友人なのか。君はやっぱりおかしな子だな」

「そうですか?」

「ま、よろしい。では、用件はそれで終わりかな」

「あ! 聖獣を拝見したいのですが」

 そう言うと、アストロが片眉を上げた。

「……そうかね。では、見ていくとよろしい」

「あのー、遊んでもいいですか?」

「構わんよ。アルゲオ、お前がお相手をしてあげなさい」

「はい、父上」

「いいの? 忙しいんじゃないの?」

 いいやと、頭を振ってアルゲオはアストロに頭を下げた。

 アストロはよいよいと言って手を振り、部屋を出て行ってしまった。

 親子だけに通じる何かがあったのだろう。

 シウは急いで残りの紅茶を飲み干し、アルゲオをせっついて獣舎に向かった。


 預けていたフェレスは獣舎の中でちょっと不貞腐れていた。

「にゃ!」

 シウがやってくると尻尾をピンと立てて、にゃーにゃー鳴いて駆け寄ってくる。

「どうしたの?」

「にゃにゃにゃ、にゃ、にゃにゃにゃにゃ!!」

 だーれもあそんでくれない、さみしい、あそびたい、と言っている。

「あれ、遊んでくれなかったんだ。みんな忙しいのかなあ」

「……お前、騎獣の言葉が、ああ、調教魔法を持っているのか」

「持ってないけど、なんとなーく分かるようになって。そのうちスキルに増えたら良いのにね」

「増えないだろう、普通は」

 えっ、そうなの? と思ったが口にはしなかった。

 獣舎の人たちに声を掛け、許してもらったので中に入る。

 騎獣もたくさんいたが、奥の一番広い空間に聖獣がいた。

「わっ、スレイプニルだあ」

 真っ白い八本足の馬だ。八本もあるが蜘蛛ではない。見た目は馬そのものである。八本のうち二本はほとんど退化していて使わないそうだ。動きも馬のようで、前が二本、後ろ足が四本といった感じで動くようだった。

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