031 指名依頼
魔道具の使用実験をしているうちに、ラエティティアが複合魔法で覚えてしまった。下位の通信魔法レベルだが、パーティー内での連絡なら問題ない。残り三人は必要な基礎属性が足りずに無理だった。ただし、下位の通信魔法なので、
「傍受されるかもしれないから、パーティーだけの暗号を考えていた方がいいよね」
そう言ったら、キアヒに頭を強く撫でられてしまった。子供の言うようなことではなかったようだ。キアヒとキルヒは、似たような基礎属性持ちなので、互いに「あと光属性があればなあ」とぼやいている。
「お前たちはいいじゃないか。俺は無属性と光属性の二つ足りないんだ」
グラディウスが分かりやすいほどに落ち込んでいたので、思わず笑ってしまった。それを見て、グラディウスが拗ねたような顔をするので、
「そんな人のための、通信魔道具です」
と、お茶目に言ってみたが、受けたのはグラディウス以外でだった。
シウは話題を変えてみた。
「ところで、アグリコラとは友達になれた?」
落ち込んでいたグラディウスが、よくぞ聞いてくれました! といった様子で勢い良く顔を上げた。その顔には笑みが張り付いている。
「なった! 酒も飲みに行った!」
「うんうん。良かったね」
「まだ、聞き出してはいけないんだよな?」
「そうだよー。だって、まるでそのために友達になったみたいで、気分悪いでしょ?」
「そうだな!」
にこにこ笑うので、シウは胸がちくちくした。もしこれで、仲良くなりすぎて逆に聞けなくなったらどうしよう。その時は、シウの生産魔法でトニーを修理してあげようかと、考えた。でも、できるだけ最後の手段としよう。生産魔法のことは彼等に内緒だから、何かしらの言い訳が必要なのだ。
そんなことを考えながら、シウはまた話題を変えた。
「みんなはいつまでロワルにいるの? ええと、トニーが修理されるまで?」
言葉の選びようがなくて思案しながら話すと、キアヒが苦笑した。
「前回の依頼で大儲けしたからな。しばらくは遊んで暮らせるんだ。と言っても、いつまでもというわけにもいかない。体も鈍るしな」
「そうそう。だから、十一の月の終わりまでかな」
「じゃあ、草枯れの月までは、いないんだ」
「次の場所にもよるけどね」
北へ行くなら早めの出発となるのだろう。となれば、誕生の月の終わりまでに、アグリコラを説得しなくてはならない。彼の剣の修理にどれぐらいかかるか分からないが、場所も必要だろう。足りない素材が出てくることを考えたら、残り一ヶ月はマージンをとっておかねばならない。
誕生の月も二週目に突入したので、残り少なくなってきた。
「グラディウス、頑張ってね! アグリコラのこと、誕生祭に誘ってみたら?」
「おお、そうだな! そうするよ」
わくわくと楽しそうだ。心なしかキアヒたちも楽しそうなので、やはりお祭りというのは子供も大人も虜にするのだろう。シウは勢い、告げた。
「僕、屋台をやるんだ。良かったら来てね」
にこにこ笑って誘ってみたのだが、四人とも笑みを収めてしまった。
「……お前、屋台って」
何故か、可哀想な子を見る目でシウを見ている。そして、キアヒがキルヒに視線をやり、二人の間で無言のやり取りをした。口を開いたのはキルヒだ。
「お金ないの? 勉強会の費用、上乗せするけど」
どうやら彼等を心配させたようだ。シウは慌てて手を振り否定したのだが、ラエティティアまで心配そうにシウを見ている。
「だから、違うよ。お金はちゃんとあります! ただ、屋台とか面白そうだなって」
「せっかくのお祭りなのに、何を――」
と言うから、屋台をやりたいのは「お米の美味しさを広めたいから」だと説明した。キアヒには「子供らしくねえ!」と怒ったような顔で笑われてしまった。
結局、シウは「誕生祭の最終日はお休みして遊ぶこと」を約束させられた。
誕生祭まで時間はたっぷりある。商人ギルドでは講習会も受けたし、場所取りの抽選も終わっていた。仕入れは済ませているが、料理の仕込みはまだ先で間に合う。
だから準備をする必要もなく、いつも通りにシウは仕事を受けようとした。すると、
「指名依頼が入ってます」
と、受付で言われた。聞けば、先週行った商家からで、また騎獣の散歩の仕事だった。
「まだ騎獣専門の人を雇ってないんだ」
「そのようね。もしかしたら、あなたを気に入って、このまま専任で雇おうという話になるのかもしれないわ」
「……それは困るなあ。第一、僕には調教魔法がないのに」
「ギルドとしても、こういったやり方は困るわね。突発的な仕事ならともかく、専任の者を雇える財力があるのにそうしないのは、問題だわ」
こういった場合は家政ギルドへ頼むのが筋だ。そこに登録者がいなくても、国の獣管理部門に相談すればなんとかなる。冒険者ギルドの利用は、あくまでも繋ぎだ。
「そういえば、こちらの副執事が『もっとましな奴はいないのか』とか『依頼を出して、どのくらい経っていると思うんだ』、『ギルドもろくな仕事をせんな。仕方ない。お前でいい』とか言ってました」
「……なんですって」
受付嬢の目が据わってしまった。
「終わった後は厩舎長が謝ってくれて、サインももらったんだけど」
「そう。だけど、その話、もっと早くに聞きたかったわ」
「ごめんなさい」
素直に謝ると、受付嬢が慌てて笑顔になった。
「いいえ、こちらこそ。あなたに怒ってるわけじゃないの。ただ、早く知っていれば抗議できたのにと思って。少し残念だっただけよ」
それにしても、と彼女は溜息を吐いた。
「あなた、まだそんなに小さいのに、大人ねえ」
「……そうですか?」
「ええ。これが他の冒険者だったら、どんなことになっているか。後始末のことを想像しただけで気が滅入るわね。シウ君、本当にあなたで良かったわ。ありがとう。でもあまり我慢しないでね。嫌なことがあったら、ちゃんと教えてちょうだい。ギルドは会員を守る組織でもあるのよ?」
「はい、分かりました」
結局、受けようと思っていた仕事は後回しにして、指名依頼を受けることにした。
時間があればまた来ます、そう言ってギルドを後にしたのだった。
シウが以前通された裏口から声をかけると、商家の家僕が顔を出し、更に裏へ回れと言う。裏路地を歩いていくと、塀に沿うようにして建てられた獣舎から、馬たちの楽しげな声が聞こえた。その中に「きゅきゅ」という、ルコの声も聞こえる。シウにはなんとなく、知った気配を察知して嬉しがっているように思えた。
厩舎近くの出入り口へ着いたが、門番がいないのでシウは大声で人を呼んだ。すると、厩舎長が急いで来てくれた。
「どうしたんだ、お屋敷の裏口から来なかったのか?」
「こっちへ行けと、下働きの方に言われました」
「なんだって? なんて態度を――。あ、いや、すまんな。悪かった。入ってくれ」
厩舎長は苦労しているようだ。彼自身は良い人のように見える。今もシウの代わりに怒ってくれていた。たぶん、副執事が家僕に指示したのだろうと、溜息混じりだ。
「あれからも何度か掛け合ってみたんだが、専任のやつを雇ってもらえないんだ」
「大変ですね」
「と言っても散歩をサボるわけにもいかない」
「ですよね」
「悪いが、また頼む。あれから別の者も来たんだが、どうも、な。副執事殿の態度も悪くて、相手が切れちまって」
「え? 冒険者ギルドからは聞いてないですよ」
「ああ、商人ギルドからの紹介でな。その、新たに店へ人を入れるってことで」
それ、やっちゃいけないパターンなのでは、と思ったがシウは口を閉ざした。
厩舎長が言ったのは、商人見習いなどを教育すると言って雇い入れるが、実際は本来の仕事とは別の仕事をさせるというものだ。もちろん違反である。
「とにかく、だ。ルコもお前さんの散歩の後が、一番楽しかったようでな。毛艶も良くなっていたし、お嬢様もとても喜んでいたんだ」
「そうですか。でも、今回のみですからね、仕事を受けるのは」
念押しすると、厩舎長は愕然とした顔になった。受付嬢の心配は当たったようだ。
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