030 通信手段




 シウが屋台をやりたいと冒険者ギルドで相談したら、担当者が丁寧に教えてくれた。屋台などの出店は商人ギルドが取りまとめているそうだ。この商人ギルドへの登録は、冒険者ギルドが代わりにやってくれるとのことだった。

 書類さえきちんとしていれば、特に問題はないらしい。保証人の欄にもスタン爺さんのサインが入っている。あとは後日、商人ギルドで講習会を受け、場所の抽選をするだけだ。それまでに時間はたっぷりあるので、シウは市場を回ってみることにした。

 市場では、仲良くなったアナのところへも寄ってみたが、残念ながら出掛けていた。

 アナはシャイターン国の商品を仕入れてくるが、隣国までわざわざ行くわけではない。荷運び便などを使って手配するのだが、それもいろいろとあるようだ。彼女の倉庫兼事務所で、留守番の家僕が溜息まじりに教えてくれた。

 彼によると仕入先や、荷運び便との連絡の行き違いなどが多いらしい。というのも、通信事情が良くないからであった。



 この世界にも通信手段はある。電話という意味でなら通信魔法だ。ただ固有魔法であり、使える人は少なかった。それに国や貴族などが囲うので、庶民は頼めない。この魔法はレベルが高くなると盗聴される心配もなく、お抱えになるのも当然の能力だった。

 庶民に馴染みがあるのは、高くても良いのなら早くて安全な飛竜便だ。その代わり、飛竜というのは経費がかかる。その分お値段もそれなりだ。荷物も大きくなれば、べらぼうに高くなり、そうなると庶民にはまず手が届かない。

 安さで言うなら鳥便である。これは、調教魔法持ちが個人で請け負うことも多い。固有魔法だが、希少ではないからだ。ただし大抵の者はレベルが低く、ただの鳥しか調教できない。当然、獣や魔獣に襲われることも多く、届かない手紙も多かった。

 他にも地竜便があるが、時間は飛竜便よりかかる上に、飛竜便よりは少し安いといった程度らしい。庶民が手紙を送るのならば、隊商に便乗させてもらう臨時便が多い。いつ着くか分からないが、安い割には届く確率も高いからだ。

 他にも幾つかあるが、現実的ではなかった。その最たるものが、空間魔法持ちによる「転移」だ。もっとも高価で確実だが、もっとも非現実的な通信手段だった。


 固有魔法の中でも特殊な部類の「空間魔法」は、持っている者が少ない。特殊なのは、基礎属性魔法を複合しても使えないとされるからだ。この固有魔法自体がなければ発動しない、そうしたもののことを指す。たとえば通信魔法なら、基礎魔法の風属性や他複数を組み合わせたら可能だ。もちろん大変難しいし、魔術式は膨大と言われる。

 そういうわけで、空間魔法持ちは国から手厚く保護される。というよりも、国から強制的に取り込まれるらしい。なにしろレベル三になれば、「転移門」を一から制作できることになるし、更に高レベル者が極めれば個で「転移」してしまえる。もちろん、たゆまぬ研究の末に。

 いろいろな意味で国にとっては貴重な人材だから、大事に育てるのだ。

 シウが空間魔法を知られたくないのも、国に囲われたくないからだ。

 召し抱えられてしまえば、意志に反する仕事でも受けなくてはならない。だから、スタン爺さんとも話し合って、シウは空間魔法を持っていることを隠している。

 スタン爺さんは、バレたら最悪は逃げてしまえばいいと、気軽なものだったけれど。


 最後に、もう少し現実的な話で考えるなら、魔道具という案もある。

ただし、魔道具にはエネルギー源となる――シウは電池のようなものだと思っている――魔核や魔石が必要だ。魔術式が複雑になればなるほど大きなもの、あるいは複数が必要となり、そしてそれらは高価だった。結局、庶民が個人で持つには高価だが、共同で持つなどすれば有り得る選択だ。いわゆる大店の商家などが、持っているらしい。




 もし通信手段がもっと便利に安く使えるなら、どうだろう。シウは、勉強会の合間にキアヒたちへ話してみた。が、キアヒは難しい顔だ。

「魔石の採れる鉱山は、国や所領が出荷調整してるだろ。魔核も冒険者の飯の種だから、簡単に安くすることはできないぞ。どうやって安くできるんだ?」

「魔術式を簡略化して、使用する魔核を小さなものにする。あと術式の自由使用で、広まるかなーと」

「そんな上手く行くか~? 第一、自由に使わせたらヤバくないか」

「特許取るよ。この間、商人ギルドに行ったら講習会あったんだ」

 この世界にも特許システムはある。厳密には前世のようなものではないようだが、それでも開発した人のオリジナルは守ってくれるし、他者が使うと利用料も発生する。

 当然、真似されて改変はされていくだろうが、「改善」できるのは少ないようだった。

「でも、広めるのは難しくないか」

「そうだよねえ」

 シウはキアヒと一緒になって、うーんと考え込む。

 広めるにしても、どうやればいいのか。安く、便利に仕上げるのは可能なのだ。せっかくのそれを売り出しても、手にとってもらえなければ意味がない。

「それより、多く売り出すなら術式を付与する人だって必要じゃないかい?」

「それだよ、キルヒ。シウ、魔法使いを集めなきゃならないぞ。大変じゃないか」

 キルヒとキアヒに突っ込まれて、シウは考えていたことを口にした。

「……複写魔法はどうかな。お小遣い稼ぎ程度でやってくれない?」

「俺のことか!」

 キルヒに驚かれてしまった。だが、複写魔法もレベルが高ければ術式付与までできる。

「あとは、魔道具自体の材料と魔核代だけ? それで、一般人が無理したら買えるぐらいになる」

 シウはにっこり笑って告げた。思いついたのだ。

「これ、冒険者ギルドに頼めばどうかな。魔道具を買い取ってもらって、それを貸し出してもらうんだ」

「そうか! 一番必要なのは冒険者だ。……それに商人にもいけるぞ!」

「貸し出しなら、もっと安くで済む。ギルドカードで登録されてるから、盗んでもバレる。ギルドも貸し出すたびに小銭を稼げるし、連絡もつけられるよね」

 これならいけるのではないだろうか。シウが喜んでいると、皆が微笑ましそうに見ていた。少し恥ずかしくなったシウである。


 落ち着いたところで、キルヒが心配顔になった。

「でも、魔術式の簡略化ってのは、難しいんだろ?」

「あ、それはもう、できた」

 キアヒが呆れたように笑って、シウを見た。そんなことだろうよ、と呟いている。

 通信魔法を持たない者が声を届けようとすれば、双方に一定の能力がないと難しい。ただ、魔道具持ちの相手にならば届く。補助の役割通り、受け取ってくれるからだ。通信魔法の高レベル者ならば、相手が何も持たずとも届けることはできる。

 それらを考え、更に複合魔法で行う通信の魔術式を見て、不要な部分を取り除いた。

 固有スキルである通信魔法のような汎用性はなくとも、ただの通話でいいなら難しくはない。

「ちゃんとね、通信魔法持ちの人のことも考えたんだよ。魔道具には遮蔽がついていないから、重要な通信は専門の方にお願いしますって」

 それなら仕事を奪わないで済む。そうしたシウの物言いに、キアヒたちはまた微笑ましそうに笑うのだった。




 シウが試しに作った魔道具の使用実験にも、キアヒたちは参加してくれた。キルヒの複写魔法も、何度か行ううちに、術式を《転写》し付与することに成功した。レベルが高いからだ。複写魔法はレベルが低いうちは、書類を写す機能しかないらしい。

 出来上がったもの――魔道具や術式、仕組みなど――を持ち込むことについては、キルヒに任せた。術式は自由使用にするし、それならシウが顔出しする必要もないかと思ったからだ。

 どのみち複写魔法を使うのはキルヒだ。説明なども彼にお願いした。

 もちろん、キルヒだって忙しいだろうから、今後ずっと関わるわけではない。

 そのうち誰もが真似して作るだろうから、一時のことだと、彼も引き受けてくれた。



 その後、冒険者ギルドと商人ギルドが最初に提携し、やがて各ギルド会と話し合って貸し出しルールを取り決めるようになった。この仕組みは、駆け出しの商人や世界中に散らばる冒険者たちの必須アイテムとなっていった。

 

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