029 書物オタク
名前は名前通りではない。アグリコラの件で思い付いた。
「ウィリデが持っていた魔法は、たとえば、時間魔法みたいなものか生命促進魔法じゃないかなあ。時間魔法は聞いたことがないけど、考えられないことはないし。生命促進魔法ならもっと可能性あるよね」
「どういうこと」
「種を蒔いて芽吹かせたんだと思う。で、これを、知っていた『ロワイエの七大英雄物語』の作者はそれらしい記述と、吟遊詩人が伝え歩いた『緑の手』っていう意味の名前をそのまま使った。イノマ=ウスラフはそれを読んで、そのまま緑化なのだと思って、想像して書いたんじゃないかなあって思ったんだ」
エミナの目が胡乱げになってきた。
「ただ、生命促進魔法は欠点があって、寿命を縮めるんだよね。だからフェスニア国は早々と潰れて、最終的に、今のラトリシア国ができた」
「どういう意味?」
「フェスニア国では常時、魔法使いを集めていた。緑化した景色を維持して守るためにも常に何か必要だったんじゃないかな。植物に対して治癒魔法を使ったり」
生命促進魔法を持つ者は珍しいが、いないというわけではない。空間魔法の持ち主と同じぐらいには存在していた。とはいえ、集めるのも大変だったに違いなく、その他の魔法使いもたくさん必要としただろう。
「歴史書で読んだんだけど、フェスニアは魔法使いを集めるのに無茶なこともしたらしいよ。結局、魔法に頼る国のあり方が歪みを生んだみたい。だから百年ほどで終焉したんだね」
ラトリシア国は現在、魔法大国と呼ばれるほど魔法に強いとされる国だ。その前身のフェスニア国の力を引き継いでいてもおかしくはない。
「あと、歴史上、似たような力がないか探してみたんだけど」
エミナがちょっとうんざりしたような顔をしだした。が、構わずシウは続けた。
「フェスニアの建国時に、ドワーフとドライアドのハーフの魔法使いがいたみたいなんだ。その人がどうも、緑化魔法らしきものを持っていたようでね」
「えっ、そうなの?」
「うん。しかもドライアドとのハーフだったら、魔力量も計算上はギリギリ可能なんだよね。……ただ、その人は男性でね。その、容姿がちょっと」
女性受けのしない容姿であったようだ。あくまでも書物によるが。
「だから、作者としては改竄したくなったのかな? というわけで、ハーフエルフの少女は『緑の手』の持ち主じゃなかったと、思うんだ」
結論を言うと、エミナはただ一言「歴史バカ」と、冷めた目で言った。
しかしそこへすかさず、
「エミナや。これで分かったじゃろ? 自分の楽しい話が、相手にとっても楽しい話であるとは限らないことにの」
スタン爺さんのツッコミが入ったのだった。
そんな話の後、話題を変えるためかエミナが明るい調子で手を叩いた。
「ね、そういえば、もうすぐ誕生祭でしょう? ティアさんと行くの?」
シウは首を傾げた。
「誕生祭って、もしかして豊穣の祈りの日のこと?」
「そうとも言うわね」
「王都だと、誕生祭っていう『お祭り』になるんだ?」
「一応、神殿では、神様にお礼を申し上げるんだけどね」
シウが知っている田舎、アガタ村では「今年も麦が実って良かった」と、神殿で祈りを捧げるぐらいだ。その夜は無礼講で、大人は飲み明かしたりするが子供は関係ない。
「ふうん。で、神殿に行くのにどうしてティアが? 場所ぐらいは分かるよ」
「……お祭りなのよ?」
二人して首を傾げていると、ドミトルが無口な口を開けてくれた。
「エミナ、それじゃあ分からないよ。シウ君、王都ではね、お祭りと言えば大人も子供も皆が楽しみにするほどなんだ。催し物があったり屋台が出てね。普段は休まない地元の店も、お祭りに出たくて閉めるほどだよ」
「え、じゃあ、ご飯とか困らないかな」
「交代で店をやったりしてるよ。あとは、出稼ぎで他所から来る人も多いんだ」
へえ、と相槌を打ってから、シウはパアッと明るい顔をしてドミトルに質問を始めた。
「それ、誰でも出店することは可能?」
「許可さえもらえたら、誰でも可能だよ」
「じゃあじゃあ、僕もお店を出せるかな?」
「子供だから、書類に保証人のサインが必要だと思うけど」
なんだー、とがっくり肩を落とすシウに、スタン爺さんが笑う。
「何かやりたいのかの。サインならわしが書いてやるが、どうじゃ」
「……いいの?」
「ああ、いいとも。それで、何の店を出すんじゃ?」
シウは嬉しげに答えた。
「食べ物屋。お米を広めたい!」
普段のシウらしくない子供っぽい受け答えに、スタン爺さんは微笑ましそうに頷いていたが、エミナはすっぱり言い切った。
「売れないわよ!」
先日、シウがお試しに作ったおにぎりを食べてもらったら、「なんだか奇妙で気持ち悪い」と言われたのだ。スタン爺さんには好評だったのに。
「それより、前に作ってくれたパンケーキ、あれがいいわ! それと芋のガレット。オトーフ? の入ったハンバーグも美味しかったわね。それから、プリンとチーズケーキ。蜂蜜練乳パンも美味しかったし、ナッツタルト! あれは最高ね、それから――」
「それ全部、エミナの好物だね」
ドミトルの冷静なツッコミに、スタン爺さんともども苦笑で終わった。とりあえず、エミナの好みは別として、出店するなら売れるものが必要だ。何がいいかと考えるのも、楽しいシウだった。
部屋に戻り、ベッドに入る。そのまま寝ないで、ゆったりと本を読むのがシウは好きだった。それは買ってきた書物であったり、記録庫にコピーした脳内書物だ
この日は古代文字で書かれた歴史書だった。
シウは特に、この古代文字が好きだった。ロワイエ大陸はもともと大きなひとつの国だったそうで、使われていたものもロワイエ語と言う。これが芸術的に美しいのだ。韻というのか、音も綺麗だ。これは口語に訳した対の辞書があるので間違いない。
そもそも魔法は元々、古代語を使用するのが基本だった。現在の魔法使いは意味も分からず使っている者が大半だそうで、更には詠唱句も現代語に取って代わっている。栄枯盛衰とはいえ少し悲しい。
「うーん、歴史書だったのに、いつの間にか恋愛物に変わってきてるな……」
速読できるからいいが、なんだか無駄な時間を過ごしたような気もする。それでも――。
「言い回しは綺麗だな。月が綺麗ですね、なんて【夏目漱石】みたいだ」
固有名詞だけは日本語がつい出てしまう。
最初は日本語が懐かしく、誰もいない時に独り言として喋っていた。年齢を経るにつれ随分と矯正されてきたはずなのだが。
独り言も日本語も、そう簡単には治らないものなのだろう。
フェレスはとっくに眠っており、シウはベッドの上で横になったまま本を読んでいく。
美しい文字を眺めているだけでもうっとりする。
筆耕という職業にも憧れはある。
ただ、筆耕というのは文官に多い。そしてシウは国に仕える気はない。となると個人として仕事を請けることになるのだろうが、それは難しいのだった。
小説家に専門的に雇ってもらえたらいいだろうが、入る隙はないだろう。
書籍を販売する商家では専門の魔法使いをたくさん雇っていて、囲い込みは万全だ。
多少汚くて良いなら活版印刷モドキもある。新聞などはこれらを使っているようだ。
いいものは複写魔法か、あるいは筆耕官が美しく書いて装丁まで仕上げるか。
そこまで想像してフェレスに視線をやる。
「やっぱり無理かなあ」
致命的なことに気付いてしまった。
料理などは邪魔をしないフェレスだが、絵を描いたり文字を書いていると必ず邪魔をしてくるのだ。
「うーん。夢は夢かー」
「みゃぅー」
フェレスが寝言のように囁いた。相槌のようで思わず笑ってしまう。
「やっぱり冒険者かあ」
旅をして、素材を集めたり護衛をしたり。見聞を広めて本を読み。それから先、落ち着いたら何をしよう。とにかくいろいろな本を読んでみたいし、いろいろな風景を見てみたい。そうだ、動物を飼いたいな。
と、考える。
「騎獣屋もいいかな?」
シウは、丸くなって寝ているフェレスの、頭や体をそっと撫でる。気持ち良さそうに寝ていた。ちろっと舌を出しているのがまた可愛い。
「……でも、拾った人間に愛情を抱く騎獣を、引き取って育てるのは可哀想かな」
ルコのことを思い出した。飼い主の少女と遊びたい、そう言った幼獣の顔を。
騎獣屋のカッサで出会った調教師のリコラが、いつだったか話してくれたことがある。
「手放すなら卵石の段階でやってくれって、いつも思うよ。そうしたら悲しまなくて済む。捨てられたことに傷つかないだろ。でも人ってのは、中身を知ってからじゃなきゃ、手放せないんだよな。どうせ面倒見切れないくせに」
捨てられると思うのは、つらいだろう。構ってもらえないのも。
「フェレス、お前は絶対に手放さないからね。僕から離れちゃだめだよ……」
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