028 騎獣の子とスミナ王女物語




 騎獣の子は、鹿型のルフスケルウスで、騎獣の中では小型種とされる。フェーレースともども「騎獣」としては不人気だった。騎乗に制限があり、鎧を付けた大柄な男性となると、乗せるのが難しいからだ。その代わり、愛玩動物としてなら人気はある。カッサの店に出入りするうち、シウはそうしたことも覚えた。

 鑑定して分かったが、名前はルコで、雌だった。まだ生まれて三ヶ月ほどなのに、シウの言うことが分かるようで、おとなしく賢い。道中も決して離れることなく、しきりに顔色を窺っていた。

 フェレスが五ヶ月になるというのに、まだまだ無邪気なことを考えると、可哀想に思う。ルコは周りの様子から、自分の立場というものを理解し始めているのかもしれない。騎獣専用の調教師を雇わないことからも、扱いが良くないことは想像できた。

 それでも、公園では嬉しそうに歩いていたのが幸いだ。

 ところで、同じ騎獣そして幼獣として、フェレスとの会話を期待したが――。フェレスの精神が幼いからか、会話になっていないような気がする。

「マイペースだもんなあ、フェレスは」

 馬には、可愛い孫のような扱いを受けるフェレスだが、騎獣からは遠巻きにされていた。騎獣屋で飼われている彼等は、仕事に誇りを持っているせいか、精神性が高いようだ。フェレスのような幼獣に接することも少なく、扱いに困るのだろうか。ただ、ルコの様子を見るに、フェレスの自由すぎるところに戸惑っているのかもしれないが。

「ルコ、お腹空いたら草を食んでもいいんだよ。このへんは許可されているからね」

 彼女はチラリとシウを見て、逡巡した後にようやく草を食べ始めた。

 フェレスはその横で、ごろんごろんと体をでんぐり返している。近くで食事をしていようが、おかまいなしだ。うにゃうにゃと、楽しそうである。

「フェレス、あんまり遊ぶとまた眠くなるよ」

 笑うと、フェレスが「みゃぅ」と鳴いて答える。いいもん、といったところだろうか。

 その様子を見ていたルコが、悲しげに「きゅきゅきゅ」と鳴く。

「どうしたの? って聞いても、言葉は分からないんだよね……」

 最近のシウは、彼等の感情的なものなら分かるようになってきた。が、言葉は無理だ。困ったなあと、しゃがみこんでルコを撫でていたら、ラエティティアが現れた。


 ストーカーみたいなラエティティアは、シウにルコの言葉を教えてくれた。

「自分もソフィアと仲良くしたい、と言ってるみたいね」

「気持ちが分かるの?」

「木の精霊が声を、音をそのまま教えてくれるの。彼等は見たまま聞いたままを伝えてくれるだけ。わたしは希少獣の言葉ならなんとなく分かるから」

 そういえば、エルフとは森に生きる種族だから、動物の気持ちを理解できる者が多いと本で読んだことがある。

「商家のお嬢様みたいだし、まだ小さい子なんだろうね。散歩なんてさせられないって感じだったよ」

「だからって、専用の人間を雇わずに冒険者に任せるんだもの。ひどい扱いよね」

 ふん、と鼻息荒くラエティティアが言う。

「まあまあ。でも、そのおかげで、僕はこんな可愛い子の散歩ができるんだから」

 ルコを撫でながら返す。ラエティティアはちょっと呆れたような顔をして、ふうと溜息を吐いていた。

 その後、公園をゆっくり歩かせて商家まで戻り、厩舎長に確認のサインをもらって終了となった。


 夕方は、恒例となった勉強会をいつものように鷹の目亭で行った。

 グラディウスが落ち込んでいる以外は、順調に進んだ。あんまり落ち込んでいるので、シウが話を振ってみたら「アグリコラが逃げ回っている」と言う。このまま日参していると、そのうち本当に夜逃げされるのではないだろうか。とりあえず、

「友達になってみたら?」

 と勧めてみた。グラディウスが目を点にしていたが、そもそも鍛冶屋から農夫になろうとしていることが不思議なのだ。何故、農夫だったのか。それを聞くためにも、そしてその人柄を知るにも、友達になるのはとても良いことのように思える。

 キアヒが横で馬鹿笑いしていたけれど、キルヒとラエティティアは「案外いいかもね」とグラディウスを焚き付けていた。



 勉強会が終わってベリウス家の離れに戻ると、エミナが待ち構えていた。「晩酌に付き合って」とのことで、本宅に行くとスタン爺さんやドミトルもいて用意万端だ。

 エミナの用事とは、エルフについてだった。

「あたし『スミナ王女物語』でエルフの少女が出てきてから、ずっと憧れだったのよ」

「ああ、あの話。確かにエルフが出てきたね」

「その容姿がそっくりなのよ!」

「ティアに?」

 そう! と感激の声を上げるのだが、もう目がきらきらと輝いていて、まるでアイドルに憧れる女性のようだ。どこの世界にも強烈なファンはいるようだ。

「あんなに可愛い子とお友達になるなんて! シウ君、すごいわ!」

 可愛い「子」というが、ラエティティアはもう百十五歳だ。スタン爺さんより年上なんだけどと、彼の方に視線を向けると、素知らぬフリでグラスを傾けている。

 ドミトルも慣れっこなのか、ひたすら食事に専念していた。

「――それでね、危ないところを、ウィリデが助けるの!」

 緑色という意味のある「ウィリデ」はハーフエルフで、旅を続けるスミナ王女を助け、パーティーを組むまでに至るという話だ。名前の通り、緑に関した魔法に特化していて、森を再生させたりしていた。

 エミナはそういった壮大な話がお好きなようだ。

「ウィリデの美貌に、周りの騎士たちはメロメロになるのよね。でも勇者は彼女を選ばないの。そばかすの残った、決して容姿がいいとはいえないスミナに告白するの!」

 まあ、壮大と言っても結局は恋愛物語なのだけれど。

 このスミナ王女とは、大昔のサタフェス王国という小さな国の第一王女で、実在したとされる。その半生はとてもドラマチックだ。魔物に襲われて国がなくなったものの、なんとか生きながらえた。というのも、彼女は小さい頃に出会った勇者から、魔法袋を贈られたことがある。これを持っていたことで、食料に困ることなく逃げ切れたのだ。その後、彼女は仲間を作り冒険の旅に出る。やがて、かつての勇者と再会して恋におち結婚した。そして荒れ果てた故国に戻って、もう一度国を興すという話だ。

 いろいろ詰め込みすぎて、どうなんだろうという内容なのだが、別の見方をすれば意外と面白い。恋愛物としてではなく、歴史的な内容や当時の生活風景、国を興した際の政治的駆け引きなどは大変興味深かった。

 シウにとっては、魔法袋の有用性について、考えさせられるものがあった。

「『ロワイエの七大英雄物語』にもハーフエルフが出てくるよね。緑の手と呼ばれる少女が」

「ええ、そうなの。エルフってやっぱりすごいわよね。それにみんな美しいんだもの」

 うっとりした顔をしているのを無視して、シウはぽつりと零した。

「模したのかな?」

 エミナが笑顔のままシウを見る。

「モデルになる人がいるのかなって話。こういうのって基になるものが必要だから」

「そういうの、知りたいの?」

「だってさ、『スミナ王女物語』は現存した国のモデルでしょう? 今のラトリシア国の前身にあたるフェスニアという国を興したのが彼女だって。『アンリエッタ王女の学院生活』も架空の話って書いてあったけど、あれ、シュタイバーンのロワルを基にしているよね」

「そうだけど……」

「『緑の手』と呼ばれるほどの緑化に秀でたハーフエルフなんて、歴史上少ないだろうし、容姿もどちらも美しいよね」

「そうね、でもちょっと描写は違ったかしら」

 エミナは思い出すかのように天井を見上げる。シウが言いたいのはここからだ。

「使ってる魔法が具体的な分、『ロワイエの七大英雄物語』の本が、基のモデルに近いんじゃないかな。『スミナ王女物語』の作者のイノマ=ウスラフって、魔法があまり使えないんじゃないかと思う。使い方の記述がおかしいし」

「……そういう夢のない発言って、どうかと思う!」

 シウは苦笑した。スタン爺さんも笑って、グラスをテーブルに置いた。

「ようは物語の中で、ハーフエルフの使う魔法が、エルフらしく脚色されているということじゃな」

「え?」

 エミナがスタン爺さんを見て、またシウに視線を戻した。シウは頷いてスタン爺さんの続きを口にした。

「緑化って、属性魔法だけで行うとすれば、水と木と土が必要なんだけど、実は他にも光と闇がないとできないんだ。あとは物語のように緑化するならば、魔力量が相当ないとだめ。でも、ハーフエルフで、過去にこれほど魔力量があった者はいないんだよね。節約できるかも計算してみたんだけど。それに種族の関係上、エルフは闇属性がないはずなんだ」

「……ギフトがあったんじゃないのかしら。緑化魔法とか」

「うーん。そうだとしても、魔力量が問題なんだよね。ハーフエルフだから人族の血も引いてるでしょう? それだけ魔力量が多いと、たぶん、成人できないよ」

 それ以前の話として、緑化ではなかったとシウは考えているのだ。

 スタン爺さんも同じ意見のようで笑って頷いている。エミナだけが不満そうな顔だ。

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