027 ストーカーと騎獣の散歩




 話は元に戻る。ラエティティアが言うには、頑ななアグリコラに対して、グラディウスは日参してお願いすることにしたそうだ。今は、一旦宿に帰ってきている。

 日参するのはグラディウスだけで、後のメンバーは暇だからと、ギルドで依頼を受けることにしたらしい。

「というわけで、しばらくはまだロワルにいるから、一緒に仕事を受けない? というお誘いで来たのよ」

「パーティーを組むってこと?」

「そう。相性が良ければ、ずっとでもいいんだけど。と、キルヒが言っていたわ」

「有り難いお申し出ですが――」

「なによ、その敬語」

 頬を突かれて、シウは苦笑した。

「僕、見習いなので」

「年齢だけはね」

「十級ランクの仕事を続けたいんだ」

「どうして?」

「受ける人がいないから、たくさん溜まってるみたい。それに結構楽しいし」

「ふうん」

 ラエティティアは顎に手の甲を付けて思案げにしている。

「あんまり溜まりすぎると、ギルドの職員が処理に乗り出すそうだけど、数が多くて大変なんだって」

「強制で受けさせることもあるわよね」

「その場合、ギルドからペナルティーを受けた冒険者が、当てられるんだって。でも、ペナルティーを受けるってことは――」

「素行の悪い者、ってことね」

 依頼をする側も、態度の悪い冒険者だと困る。ギルドも評判が悪くなるのは避けたい。仕方なく、処理係として職員が出向くが、それも追いつかないようだった。

「でも、シウが受ける必要はないんじゃない? 他に十級ランクの人間はいくらでもいるじゃないの」

「うーん。だけど、命を掛けなくていい仕事って、なかなかないよ?」

「……冒険者の言うことじゃないわね」

 だよね、とシウもそれには同意した。だけれど、命は大事なのだ。

「せめて成人するまでは見習いなんだし、気楽にやろうと思うんだ。お金も貯めたいけれど、それって老後のためだし。だったら成人してからでも遅くないよね」

「……老後!」

「冒険者になる理由のひとつは、旅行ができることだけど、あとは老後の資金を早めに貯められることなんだよね。爺様も若い頃に冒険者をやって、早めにリタイアして、旅行したり楽しんでから樵生活に入ったんだって」

 ラエティティアが天を見上げた。額に手をやって、呆れた様子だ。

 でも、爺様からは『無駄遣いせず、早め早めにお金を貯めておくこと』と厳命されていた。それにはシウも同意だ。爺様はきっと、冒険者仲間の人生を見てきて、思うことがあったのだろう。シウは前世での反省からだ。

 前世で無駄遣いをした覚えはないが、入退院が多かったので貯金はなかった。若い頃にもっと貯めておけばと後悔しても、遅い。

 結局シウは、爺様を尊敬しているのだ。だから、彼の言葉が指針となっている。



 ラエティティアは、シウがパーティーに入らないことに、納得してくれたはずだった。ところが翌日になって、久々に冒険者ギルドへ行って掲示板を見ていると、同じように横から眺めている。

 ちなみに勉強会は夕方やることになっていた。だから、迎え、というわけではない。

「ねえ、これは?」

 ぴらっと紙を外してラエティティアが聞いてくる。

「だめ。それ、年齢制限あるから。外壁の修理なんて子供には難しいよ」

「シウならできるでしょうに」

「できるからって言っても、無理だよ。受けさせてもらえないと思う」

「……」

 倉庫の片付け、騎獣の散歩の仕事を見付けて、シウは依頼書を持って受付に行った。その後を追うようにラエティティアがついてくる。

 その姿を、冒険者たちが見ていた。冒険者には男性が多いので、ラエティティアのような「美少女」がいると、視線がどうしても向いてしまうようだ。賢い者はその間に、掲示板の依頼書をガサガサと集めていた。

「シウ君、久しぶりね」

「はい。個人で仕事を受けていたので」

「ああ、なるほど。では、本日はこちらの依頼を受けられるのですね。……はい、問題ありません。それではよろしくお願いします」

 そこで受付嬢が顔を上げ、シウの後ろに立つラエティティアを見た。

「彼女と一緒に? パーティーということでしょうか」

「いえ。勝手についてくるんです」

「……勝手に?」

 受付嬢が怪訝そうにラエティティアを見たので、彼女は不満そうな顔をして返した。

「仕事ぶりが見たくて」

「見学ということですね。念のため、ギルドカードを拝見したいのですが、よろしいでしょうか」

 シウが受付嬢とのやりとりを傍観していると、ラエティティアが諦めたのか、もういいわというように手を振った。見学は止めるようだ。

 いつまでも、ついてこられても困るし、ホッとした。そのまま、シウは彼女を置いて現場へと向かったのだった。


 倉庫の片付けは簡単だった。依頼書には子供でも可、と書いてあったので当然だが、荷物は軽いものばかりだったのだ。

 倉庫の持ち主は老齢で、一人では数が多くて無理とのことだった。予定より早く終わったため、ついでに母屋の片付けも手伝うことにした。その為、仕事が終わるととても感謝してくれ、昼ご飯をご馳走になった。フェレスがいても迷惑がられることはなく、むしろ可愛いと喜んでもらえたほどだ。シウにとっても、良い依頼主だった。


 次の依頼は、騎獣の散歩だ。商人街の中にある、大店の裏側が指定場所だった。他の商家と同じような造りで、中庭があり囲むように本宅がある。シウは本宅の裏戸のノッカーを叩いて待った。出てきたのは副執事と厩舎長だった。挨拶の後、副執事に、

「君が依頼を受けるのかね?」

 と、あからさまに胡散臭そうな目を向けられた。シウが幼すぎると判断したのだろう。

「もっとましな奴はいないのか」

 副執事は偉そうな態度で、シウも「これは断られるな」と思ったのだが、厩舎長が必死になって取り成していた。結局、副執事は厩舎長の言葉を受け入れたようだった。

「依頼を出して、どのくらい経っていると思うんだ。その上こんな子供とは、ギルドもろくな仕事をせんな。まあ、仕方ない。お前でいい」

 シウが素直に「はい」と答えたことで、厩舎長はホッとしたようだった。

 副執事が屋内に戻ったので、シウは厩舎長の案内で騎獣がいるという厩まで向かった。

 途中、ラエティティアと似た感覚、近しい視線を感じた。また、精霊に頼んで人のことを見ているのだろう。練習の成果もあって、なんとなくではあるが、精霊の強い視線なら《全方位探索》でも感じられるようになってきた。

 ところでシウは、前回の失敗を踏まえて、魔力庫へ蓋をするのはもう止めている。

 その代わりに、使った魔力量が分かる計測器のようなものを、脳内に設置してみた。鑑定魔法の《人物鑑定》を使い続けていたら表示内容も詳細になり、自身の魔力量が計測できたのだ。

 魔力というのは、普通は休憩したり睡眠をとると元に戻る仕組みで、シウも基本的には同じだ。ただ、シウの場合は常に《全方位探索》を使っているので、魔力量はいつでもマイナス一となる。残りの魔力量で、いかに節約するかを考えるのが楽しい。魔力量計測はシウにとって、とても便利なものだった。

 そんなことを考えていると、厩に到着した。厩舎長が中を指差す。

「あれが、散歩させてほしい騎獣だ」

 厩には馬が数頭、休んでいる。その端っこにいるのが、くだんの騎獣だった。しかし、シウの想像とは違っていた。騎獣と言われていたが、その子はとても小さかったからだ。

「まだ生まれて三ヶ月だ。さっきお前さんも見ただろうが、副執事ってのが、見た目でなんでも判断するんだよ。こいつのことも良く思ってない。本来なら、卵石を拾ったんだから専用の人間を雇うべきなんだが、それさえしてくれねえ」

「拾ったのは、あの人?」

「いや、若旦那の下の娘っこなんだ。そりゃあもう嬉しがってさ。可愛がりはするんだが、散歩にまでは気が回らねえし、なによりもお嬢さんが散歩させられるわけもねえ」

「なるほど」

 世話はなんとか今の厩務員たちで回しているそうだが、馬と同じようにはいかない騎獣の子の散歩は大変なのだろう。

「じゃあ、ちょっと公園にでも行ってきます。注意事項はありますか? あ、僕、騎獣屋さんでお手伝いしてますから慣れてます。カッサってお店なんだけど」

「カッサなら知ってる。あの騎獣屋に出入りしてるなら安心だ。じゃあ、任せたぞ」

 シウは頷いて、騎獣の子の首輪にリードを付け、厩舎から出た。

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