147 二度目の地底竜と竜人族
洞穴に転移すると、アウレアはきょろきょろとして、不思議そうな顔をした。
しかし、フェレスを見付けると途端に蕩けるような笑顔になった。
ガルエラドも驚いてはいたが、アウレアを地面に下ろし、その手から離した。アウレアはフェレスによろよろと近付いていき、フェレスもまた久しぶりの友達に興味津々で近寄った。
お互いに座り込んで遊んでいるので、シウはガルエラドへと向いた。
「ここなら安全だし、誰も近付かないからアウルたちを置いていくには便利だと思う」
「……置いて、行くのか」
「フェレスも留守番させるし、良いんじゃないかな。あの場所はアウルやフェレスにはちょっと早いかも」
「……そうか。ならば、我等だけで行くとしよう」
そうして、アウレアに近付き、そうっと頭を撫でた。
「アウルよ、我は少しの間、暴れ竜を見張りに行く。その間、フェレス殿の言うことを聞き、おとなしくしているのだ」
「うん」
新米パパのようなたどたどしい手付きでアウルの頭を撫でるガルエラドが微笑ましく、またアウレアの方も純粋な瞳でガルエラドを見上げており、胸が暖かくなった。
少し違うのかもしれないが、シウがフェレスに感じる思いと似ている気がした。
「フェレス、アウルのことよろしくね。危ないことしたらだめだよ」
「にゃ、にゃにゃ」
分かってるもん、と、任せて、という頼もしい返事がきた。どうも、お兄ちゃんぶりたいようだ。
尻尾をピンと立てて自慢げに鼻息を荒くしている。
思わず笑いかけたが、彼の自尊心を傷つけてはいけない。慌てて我慢して、じゃあお願いしますと頼んでから、ガルエラドの手を握った。
何故か、無表情の彼にしては珍しくビックリした顔をされたが、そのまま転移した。
地中深く――その名の通り地底竜が棲むに相応しい――だだっ広い洞窟へと辿り着く。
(《酸素供給》)
すぐさま、魔法を発動した。今回は、柔空間で自分たちの体を囲わずに空気の入れ替えだけを行った。
この地底洞窟に来られる魔獣があまりいないこともあって、上階の通路のように魔獣がひしめき合うこともなかったからだ。
すでに危険がないことも承知していたので、さわやかな空気だけを取り込んだ。
「む……。どうしたことか、新鮮な空気が」
「息がし辛いと思って、転移を使って空気を運んだんだ。それより、あれ、まだやってるね」
ガルエラドが驚きつつもシウの指差した方向を見た。その時に自然と握った手が離れたのだが、妙に寂しく感じてしまった。
もう、とうの昔に親へ甘える行為はなくなったと思っていたのに、どこかでまだ父親の影を探しているのだろうか。
爺様は、父親代わりもしてくれたがやはりどこか「爺様」だった。
今では母親のようであり姉でもあるエミナがいるが、ドミトルはどちらかといえば兄だ。スタン爺さんは言わずもがなである。
考えてみれば、シウには前世から計算しても、父に甘えるということがなかった。
その存在をほとんど知らないままに過ごしてきたので、もしかするとファザコンの気があるのかなと自己分析した。
ガルエラドはシウの様子には気付かず、地底竜を見ながら口を開いた。
「昨夜からずっとか?」
「うん。鑑定を使って弱い個体から間引いていったんだけど、さすがに全部を狩るのは良くないと思って上位三体を残したんだ。それが昨日の夕方より少し前だから……半日やってるね」
「あやつらは特に繁殖期に入ると周りが見えぬものだが」
頭の痛いことらしい。
しかも今回は魔獣スタンピードを引き起こしている。
こうしている間にも、以前に死んだであろう地底竜の死骸から高濃度の魔素が充満してきている。
「あっ、じゃあ、空気を循環させたらまずいんだ!」
シウは慌てて酸素供給の魔法を解除した。
訝しむガルエラドに、以前コルディス湖であった魔素溜まりについて説明した。
「あの時は水だったからそのまま保管したんだけど」
「……なるほど、そのまま捨て置けば魔獣スタンピードがロワイエ山で起こっていたということか」
「かも。そうかあ。……でも酸素を止めると、ますます魔素が充満するし、空気も淀んできたね」
「シウよ、それではその、魔素を吸収し保管するということはできぬのか?」
同じように思案していたガルエラドが案を出してきた。
魔素を空間庫にというのは考えていなかった。
が、よくよく考えればシウには魔力庫があった。
もしかしてそこに入れられないだろうか。
「……ちょっと、やってみる。えーと、うーんと」
イメージを高めて、魔素だけを吸収する魔法を思い出しつつ、以前は蓋をしたり外したりとしていた魔力庫に流し込んでみた。
「……意外と、なんか普通にできちゃった」
「そうか。相変わらず、シウは不思議なことをする。だが、これで少しは魔獣の異常発生も抑えられるだろう」
「そうだね。すでに生まれているものは仕方ないけど、もう少しここで作業したら、上階で殲滅作戦を実行している人たちも楽になるだろうね」
「人族はもう地下に入ってきているのか?」
見た目は人族と同じガルエラドに言われると不思議なものがあるが、人族以外の種族にとっては明確に分けておきたいのだろうか。
シウはうん、と頷いてから指差した。
「本隊が到着してから、ようやく半日過ぎかな。窪み内部を夜の間中かかって大規模攻撃魔法で討伐したみたい。朝早くから、次々と重歩兵っぽいのや魔術兵が入ってきてる」
「ふむ。ではあまりここに居座るのも良くないか」
「まだまだかかると思うよ。探知してみたけど、三十階層以上あるもん」
「……深いな。ならば、まあ、少し様子を見てみよう」
「大丈夫だよ、アウルたちは。視覚転移をして、時々見てるし。それに結界を張って固定もしてるから、何かあればすぐに分かる。ちゃんとガルも連れて転移するから」
「うむ。それは、信用している」
見た目は若々しいと思うのだが、喋り口調がどこまでも古めかしく勇ましい。それで父親のように感じるのかもしれないと思って、シウは気になることを聞いてみた。
「ガルは、竜人族の中では年寄りの方? あまり本では詳しく書かれてなくて、ハイエルフもだけど、よく知らないんだ」
「人族と比べれば極端に少ないからな。我等も情報をあまり外へは出さない」
「あ、じゃあ秘密なんだね。ごめん」
いや、とガルエラドは首を振った。
そうして、地底竜の激しい戦闘風景から、視線をシウに移した。
「構わぬ。我は、若造だ。竜人族は強ければ強いほど、長く生きる。通常でも三百年は生きるから、我などはひよっこ同然だ」
「へえ。じゃあ、結婚したわけではないんだね」
「うん? 確かに我は婚姻などしておらんが」
「アウルを育ててるから、結婚してるんだと思ってた」
「……ハイエルフは、他の種族とは子を成さぬ。あれらは馬鹿にしておるからな」
「え、そうなんだ?」
「我等、竜人族も基本的には同じ種族同士で結び合うが、それは強いからだ。その為、稀に多種族の強い者と婚姻することもある」
「へえ。知らなかったなあ。あ、もちろん、誰にも言わないからね」
「いや、特に秘密というわけではない。ただ、自ら表立って話して歩いたりはしないという意味だ」
総合して考えると、竜人族はそれほど排他的ではないと言いたいらしい。
逆にハイエルフは相当な引きこもりと言えるだろう。
そんな話をのんびりしていたら、目の前の戦闘がひとつ、終わったようだ。
ズドンと地響きを起こして地底竜が倒れる。
面白いことに、負けたのは鑑定結果で一位の地底竜だった。
二位と三位が共に一位を倒そうとしたことで、結果的に二対一となったらしい。
「あ、あの地底竜、ガルが持って帰る? 使えるよね?」
「……いや、だが、持ち運ぼうにもそのような」
「魔法袋に入れるよ」
「う、む。だがしかし、預かっている魔法袋には入らないのでは?」
しかも今は手元にないと、手を広げて見せる。
慎重なガルエラドは、もし自分に何かあっても大丈夫なようにと、洞穴に置いてきたのだ。
「拡張するよ。というか、あれとは別にするね」
そう言って、空間庫から作り置きしていた魔法袋を取り出し、そこに大きな空間庫を付与した。新しい空間庫と元からあったものが、何事もなくくっついたのを感じて、安堵した。
「血抜きも、しておこうか?」
「……いや、血も使い道がある。そのままで、構わぬが」
そこまで言って、ガルエラドは額に手を置いた。どこか人間臭い態度で、それがまた見た目通りの年齢に見える。そう、二十代の青年のように。
「やはり、お前は大魔法使いではないだろうか。いろいろと、有り得ないことが多すぎて、我は目が回りそうだ」
「……ガルでも冗談を言うんだね」
思わず笑ってしまった。ぶふふと、笑っていたら、ガルエラドも呆れたような顔を止めて、頬を少し動かした。どうやら、彼も笑っているようだ。
青年の笑顔は優しげで、強面の見た目とは裏腹で格好良く見える。
こういう大人になれたらいいなあと、漠然としながら考えた。
まだ、どういう経緯でアウレアを引き取ったのかは分からないが、小さな子を育てるのも偉いと思う。
そう、爺様のような人だ。
だからこんなにも惹かれるのかもしれない。
自他ともに認めるジジコンでもあるので、シウはそう結論付けた。
英雄に憧れたことのない少年時代を過ごしたシウには、それが強いものへの憧れだとは思わなかったのである。
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