146 挨拶回りと、地底竜
元々、一週間は学校行事である演習が続き、休みの二日を挟んで、学校が始まることになっていた。
その為、週の四日目である金の日も、学校は休みとなった。
そもそもこんな状態で学校へ来いとは、誰も言えなかったようだ。
今は生徒たち皆が家族と共に過ごしていることだろう。
ということで、学校に行く必要のなくなったシウは、急いで早朝から挨拶周りをした。
心配してくれた皆に顔を合わせてから、あの森へと行くつもりだった。
「ありがとう、アグリコラ。わざわざ来てくれたんだって?」
「おら、心配だっただ。本当に無事で良かっただよ。工房の皆も、シウのこと、気にしておったからな」
「皆にもよろしく言っといてくれる? 僕、このあとも、顔出ししないといけないところがいっぱいあって。ごめんね」
「いいだいいだ。顔を見してやれ。皆、心配してるだ」
ありがとね! と工房横の寮で寝起き姿のアグリコラに手を振り別れた。
アキエラや、ドランたちにも顔だけだして、安心させる。ついでに魔獣スタンピードの話も、キリクがいるから大丈夫だよと言っておく。この話が広まればいいなと思いながら、あちこちの顔見知りと挨拶して回った。
そうして、用意も済ませて、一旦離れ家へ戻ったシウは、早めの昼ご飯を摂ってから、またスタン爺さんに出掛けてくると言って転移した。
隠れやすい、昨日まで使っていた洞穴にだ。
ここで様子を見ながら、転移を繰り返すつもりだった。
フェレスも連れてきたが、彼にはここで待機していてもらう。
連れて行ってもいいのだが、あの魔獣の群れにはまだちょっと早い。守りながら連れて行くことも可能だろうが、万全を期したいので我慢を覚えるためにも置いていくことにした。
その代わり、玩具をたくさん持ってきている。
「ここで良い子にしていてね。帰ってきたらいっぱい遊んであげるから」
「にゃ!」
ほんと! と尻尾を振り振り、嬉しげだ。
そのうちに、シウがいなくなると寂しくて不機嫌になるだろうが、戻ってきてから目一杯可愛がってあげよう。
「玩具、新しいのもあるからね」
「にゃー」
どれにしようかなと悩み始めたので、シウは笑いつつ、じゃあねと手を振って転移した。
フェレスは転移にももう慣れきっているので目の前からシウが消えても動じたりはしなかった。
右手に旋棍警棒を持ち、左手には塊射機がいつでも抜けるよう手を掛けつつ、シウは地下の奥深い場所に転移していた。
右往左往している魔獣たちはシウを素通りして上へと向かっている。
今のシウは、隠密魔法を使っている。と言っても固有魔法として持っているわけではなく、複合魔法で組み合わせたものだ。何度か試しているうちにできるようになった。
ついでに自分自身にも空間魔法を掛けている。
(《柔空間》)
柔らかくて弾力があるので人に纏わせるにはちょうど良い感じだ。
念のため、空気がきちんと出入りできるように、ずっと上の空間、空から循環できるようにしてみた。
(《指定》)(《抽出》)(《空間転移》)(《自動化》)
よし。空気がきちんと流動することを確認してから、動き始める。
歩きながらこの魔法をまとめて何と呼ぼうかなと考える。潜水士っぽいから潜水とも呼びたいが、水の中に入るわけでもない。
「うーん。空気の入れ替え、循環、……面倒だからもう《酸素供給》で、いっか」
ぶつかりそうになっても、ひょいと身をかわす。
足取りも軽く進んでいくと、目当ての竜化したインペリウムオーガを発見した。
強烈な威圧感を持っているようだ。他の魔獣が避けて通っている。
さすがに竜の核を食べただけはあるなあと見つめていたら、不意に視線を動かし始めた。そして、静かに匂いを嗅ぎ始める。このへんは動物っぽい。
竜化したてならばまだ理性は備わっていないのだろうか。
聞いてみたい気もするが、言葉も感情も通じない。
彼は(彼女かもしれないが)、段々とイライラし始めたのか、周辺にいる魔獣を手当たり次第に殺し始めたのだ。
やはり相容れないものかもしれない。
シウは塊射機を取り出して狙いを定め、インペリウムオーガを撃った。
びっくりした顔で、インペリウムオーガがシウをようやく視認した。その時にはもう魔核を奪っていた。
打ったのは頭だったが、魔核は胸にある。
ドッと倒れてから、少しの間、インペリウムオーガがシウを見ようとしていた。が、すぐに死んでしまった。
「……ごめんね」
人型を殺すのはなかなか勇気のいることだ。
慣れたとはいえ、未だに、もしかしたら通じ合えたりはしないだろうかと考えることもある。
小さい頃、ゴブリンを見て、友達になれないかと思ったこともあった。
そんなのは、無残に食べられた人の姿を見て諦めたけれど。
オークは人間の女性を浚って繁殖に使うという。爺様からは口を酸っぱくして、オークを見付けたらすぐに殺せと言われていた。もちろん、他の魔獣だって見付けたら殺さなくてはならないけれど、オークは女性の尊厳を奪う生き物だからと強く非難していた。
彼等となれ合うことはない。
「せめて、その肉体は使うから」
角を剥ぎ取り、空間庫に入れる。他にも素材となるような部位を取って、残った死骸は焼き尽くした。
そしてまた先を進んだ。
階層ごとに強い個体がいるわけではなく、鑑定結果で表示される強い個体を目指して間引いていく。
あまりに多いと、上で作業している討伐隊が大変だろうと、こっそり手伝っているのだ。ついでに勿体無いから魔核などを頂戴しているのだが。
そうやって一番下まで辿り着くと、そこには大量の地底竜ワームがいた。
キリクと話し合った通り、蛇のような形の地底竜がわんさかと蠢いている。
端には死んだ地底竜が山のように盛られている。そこに、魔獣たちが我先にと近付き、牽制し合い、到達できたものだけが肉を食っていた。
地底竜は我関せず、というよりも激しい戦いの真っ最中だ。
組んず解れつといった様相で、正に蛇のように絡み合い、お互いを絞めつけている。
どれだけの間、この戦いを続けているのだろうか。
更に奥には大量の地底竜が観察するように取り巻いていた。あれが雌かもしれない。
戦いは見ていても収まらないし、雄はまだまだたくさんいるしで待っていられない。
どのみち大繁殖期の竜はハーレムになるそうだから、弱そうな個体を狩っていくことにした。
戦いに敗れた地底竜も、息を引き取ったと同時に空間庫へ転移させる。
待ち構えていた魔獣たちはきょとんとしていたが無視して、地底竜の弱い個体を鑑定魔法で検索し、魔核を転移しては倒すという作業を繰り返した。
地底竜は魔力はあるがそれほど強くないようだ。
シウでもサクサクと倒せるのだから。
やがて、上位三体になった頃、シウは一度フェレスのところに戻った。
意外と時間が経っていたらしく、夕方が近くなっていた。
その場で料理をして、フェレスと共にゆっくりと食べる。
もう一回ぐらいは地底竜のところへ転移するつもりだったが、あの調子ではなかなか終わらないだろう。
魔獣たちも生きている地底竜を襲うほど力は強くないから、戦い終わりに行ってみようと思った。
スタン爺さんには転移で状況確認しに行くと言ってあるので、通信魔法で経過報告をした。洞穴で快適に過ごしてるよと報告すると、若かったら一緒に行ってみたかったのう、と言われてしまった。たぶん、半分以上本気だ。スタン爺さんは意外に冒険好きなのだ。エミナの冒険好きは間違いなくスタン爺さんから受け継いでいる。
それから、フェレスを寝かしつけるついでに一緒に仮眠を取り、夜中に
翌朝は相当早くに目が覚めてしまい、フェレスと一緒に遊んですごしてから、朝日が昇った頃にまた地底竜のところまで転移しようとして、あることを思い出した。
竜の大繁殖期だとはっきり分かったのだからガルエラドに連絡を入れなくてはならなかった。慌てて、通信を入れると、意外に近くまで来ていることが分かった。
思案して、迎えに行くと伝えた。
空間魔法を持っていることは言ってしまっていたし、彼には誰かへ話すような軽々しさはない。むしろ反対にとても口が堅いだろう。
《感覚転移》で周囲を確認してから、ロワル王都に近いハルハサン大河の下流域近くでガルエラドを見付けた。
「ガル! 迎えに来たよ」
「……おっ、お前、さっきまで、通信で」
「あー、その、転移で」
「……う、む」
ギリギリと歯を噛み締めている。あ、なんだか怒りそう。
シウは慌てて、言い訳を口にした。
「ガルはもう知ってるし、誰にも言わないだろうし!」
「……我は秘密は守る。だが、お前は少し、気楽すぎやしないか」
「普段は慎重なんだけど。ガルが相手だと、まあいっかって思うんだよね。ああ、これが、癒し系の威力かな……」
最後はぶつぶつと独り言だったのだが、聞こえていたようで、ガルエラドが不審そうに半眼でシウを見た。
「イヤシケイとはなんだ。それより、迎えというが、我には騎獣などないぞ。飛竜を呼ぶには時間が――」
「あ、転移します。アウルも一緒に行こうね。フェレスがいるから大丈夫だよ」
アウレアが嬉しそうに笑った。
ガルエラドが呆れたように溜息を吐きつつも、了承してくれたので彼等の体に触れて、声を掛けてから転移をしたのだった。
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