145 涙の再会




 馬車を走り通しで戻ったのは、生徒たちの親が心配しているだろうという救助隊の意向もあったろうが、それよりは王都の防衛に呼ばれているせいもあったのだと、後から知った。

 馬車はなんと、夜中には王都へと到着し、正門ではなく中央門から王都へと入ることになった。

 正門にはまだ貴族の馬車が並んでいたのだ。

「……何故、正門に拘るのか、意味がわからん」

「だよねー」

 レオンは呆れて言うと、そのまま先に帰っていった。

 ここで各自帰宅することになったのだが、ふとヴィヴィが女の子であることを思い出した。よく考えなくとも時間も時間だし、彼女を送っていった方が良い。

「あ、送っていくよ」

「いいわよ、皆も疲れているのに。そのまま家に帰ったら?」

「そういうわけにはいかないよ。君は女の子なんだから」

「……シウって、そういうところは優しいのよね」

「そうかな? でも、とにかく送っていくよ」

 どうせならと、リグドールとアントニーも付いてきた。

 他の面々とはここで別れる。

 馬車は本当なら学校まで行くはずだったが、貴族が乗っていないこともあり、家に近いからということで中央門を抜けてすぐに皆降りたのだ。

 救助隊もその足で防衛地点へと向かうことにしたようで、お礼を言って見送った。


 西中地区にある道具屋の店の前では明かりが煌々と焚かれ、主人らしい男が仁王立ちで空を見ていた。

「おやっさん! お嬢さんが戻ってきました!」

 丁稚らしい少年の甲高い声が響き、渋みのある顔をした男が慌てて動く。

「ヴィヴィ! ヴィヴィか、戻って来たのか!」

「あ、お父さん」

 びっくりしたような顔をして、ヴィヴィが思わず立ち止まってしまった。何故かものすごく驚いている。

「どうしたの? お父さんに早く顔を見せてあげなよ」

「そうだぞ」

「え、でもだって、お父さん、あんな――」

「ごちゃごちゃ言ってんなよ。ほら」

 とヴィヴィの背中をリグドールが押した。

 彼女は押されて数歩前に行き、それからゆっくりと歩いて父親の元に向かった。

 父親の方もゆっくりと、まるで幻を見るような目で、手を伸ばしている。

「ヴィヴィ、ヴィヴィか」

「うん、そうだけど、その――」

 どうしたの、という言葉は掻き消えた。

 頑固そうな職人姿の父親に抱き締められたからだ。

 ウォーという、なんとも言い難い獣の遠吠えのような男泣きで、周囲の店や家から騒ぎに気付いた人たちが出てきた。そして親子の様子に、事情を知って騒ぎ出す。

「良かったねえ。良かった良かった」

「親父さん、ずっと仕事も手に付かなくてさ。あんたのこと心配してたんだよ」

「そうだよ。貴族の子が早く戻ってきてるのに、あんたが一向に帰ってこないもんだからさ、どうなってるんだって」

 ああ、そういうことか。

 シウたちは顔を見合わせてから、住民の一人に教えた。

「早く帰ってきた貴族の子たちは、最初から演習に参加していなかったから、逃げ出すのも早かったんです」

「え、そうなのかい? おや、あんたたちは? ヴィヴィちゃんを送ってきてくれたのかい」

「はい。女の子なので。僕等ももう帰ります」

「まあ、そうかい。優しいねえ。そうかそうか」

「おい、じゃあ、俺たちが送っていってやるよ。坊主たちだけじゃ、このへんは危険だ」

「大丈夫ですよ。僕も庶民だし」

「でもなあ。子供だったら、夜は危険だぞ」

「魔獣よりは安全です。それより、ヴィヴィをよろしくお願いします。なんか、すごいことになってる」

 と言って、まだおんおん泣いている男に抱き着かれた少女を指差した。

 アップアップしていて、手が救助要請している。

 皆、一斉に笑い出して、それからまた、良かったねコールだ。

 暫く終わりそうにないなと思って、シウたちはここで帰ると住民たちに告げて、その場を後にした。


 帰りながら、アントニーがポツリと零した。

「心配してくれる人が、待ってる人がいるって、いいね」

「だな」

「僕たちも、そういうの大事にしないとね」

「だな」

 しんみりしつつ、名残惜しい気持ちと言ったアントニーの言葉もなんとなくシウは分かる気がした。今のこの時が、なんとなく名残惜しい。

 なので、ついでだからと、順にアントニーとリグドールを送って行った。

 それぞれの家で、家族や執事に礼を言われて、シウはフェレスと共にベリウス道具屋へと向かった。

 そして。

 店の前でエミナとドミトルが立ったまま通りの向こうを眺めている姿を見付けた。

 そう、中央門から続く道を、ジッと見ていたのだ。

「……エミナ?」

「えっ、あ、ああっ、シウ!」

「良かった、無事だったんだね。スタンさんっ、シウが、シウが戻ってきました」

 ドミトルが慌てた様子で店の中に飛び込んで行った。

 同時にエミナが走り寄ってきて、シウを抱き締めるようにしてその場にしゃがんでしまった。

 つられて、シウも地面に膝をつく。

「シウ!! 良かった、良かった!!」

 エミナが大泣きして、シウの肩はものすごいことになっていた。涙でしっとり濡れた肩が、夜風に触れて少し寒い。

 だけど、胸は暖かかった。

「ごめんね。心配かけちゃって」

「ううんううん、違うの。だってシウのせいじゃないもん。でもでも、もし、もしって」

 言葉にならないようで、自分でも何を言っているのか分からないような、混乱した様子でエミナはえぐえぐと泣いていた。

 そこに、ぽかりと軽い音がする。

「こりゃ、エミナや。落ち着きなさい。ほら、シウが妙な体勢になっておるぞ。疲れているのに、何をしとるんだ」

「あ、ほんとだ。ごめんね? あっ、フェレスは? フェレス」

 フェレスは、不思議そうに皆のやりとりを見ていた。

 ちょっと離れたところで。

 空気の読める騎獣だ。と、思ったが、単純に甲高い女性の声が苦手なので離れただけかもしれなかった。

 苦笑していたら、エミナはフェレスにも突進し、抱き着いていた。

「フェレスも無事だったのねー! 良かったぁ!」

「みぎゃ!」

「……フェレス、我慢してね」

「にゃ……」

 えー、と不満そうな返事をしつつ、エミナのことは好きな部類に入るようなので耳元で叫ぶエミナの攻撃を、フェレスは黙って受け入れていた。


 店に入り、そこから母屋へと向かうと、ドミトルが食事の用意をしてくれていた。

「夜中だけどね、お腹が空いているんじゃないかと思って」

「……ありがとう。でも、こんな遅くまで、大丈夫なの?」

「仕事よりも、シウの方が大事だよ」

 普段は口数少ないドミトルだけれど、大事な時は言葉にすると、エミナが言っていた。

 ちょっと恥ずかしくなってしまった。

 更に、スタン爺さんも来て、抱き締められてしまった。

「シウなら大丈夫じゃと思っておったがな。やはり顔を見るまでは心配でなあ」

「うん。そうだね。……ありがと」

 照れ臭くて、ぼそぼそとした喋りになってしまった。

 それから騒がしいエミナが戻ってきて、遅い晩ご飯を一緒に食べた。

 その時に聞いたのだが、少し前まではアキエラやアグリコラも心配して、店に顔を出していたそうだ。

 時間が遅いので迷惑になってはいけないと、それぞれが帰って行ったそうだ。

 近所の顔見知りの人も心配していたと聞いて、嬉しいけれど、どこか恥ずかしかった。

「僕等が一番最後で、もう残っている生徒はいないと思う。無事、皆が生きて戻ってきたから」

「そうなの? それは良かったわ!」

 言いながらも、エミナの顔は少し不安そうだった。

「大丈夫だよ。オスカリウス辺境伯が陣頭指揮を執っているんだから。魔獣スタンピードに慣れた隻眼の英雄がいるなら、きっと無事に終わるよ」

「うん、そうね。そうよね」

 ドミトルがエミナの頭を優しく撫でた。

「それに、僕のような成人男性にも召集はかかってないんだ。王都は無事だろう」

「あ、王都防衛には成人男性にも召集がかかるんだね」

「そうだよ。召集されなくても僕は戦うけどね。ここにはエミナがいるのだから」

「……やだ、ドミトルったら!」

 エミナが顔を赤くして、キャーと照れながらドミトルの肩を叩いている。

 いつものエミナに戻ったようだった。

 ドミトルを見ると、彼がウインクした。どうもわざとやったようだ。

 彼にもこういうところがあるのかと思うとおかしくなって、思わず笑み零れてしまった。


 その夜は、素直に寝ることにした。

 本当は転移して少し狩りをしようと思っていた。

 が、心配してくれた人たちのことを考えると、申し訳ない気持ちが芽生えたのだ。

 少しは自重しよう。

 そう思って、フェレスと共に、懐かしくも居心地の良い布団に潜り込んだ。

 ふうっと、大きなため息が漏れた。と、同時に眠りの世界へと引き込まれる。

 なんだかんだと言いつつもまだ少年の体で、心もまた疲れていたのだろう。

 どこかで神様の声が聞こえたような気もしたが、シウは深い眠りに包まれていた。

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