144 救助隊と共に
ところで、とアレストロから視線を向けられた。
「シウはオスカリウス辺境伯のところへ合流するのかい?」
「ううん。さっき連絡して、このまま皆と戻りますって言った」
「……それで、良かったのか?」
「ちょっと渋られたけど、子供を戦場に留め置くのはやっぱりよくないって、誰かから諭されたようだよ」
「ふうん、そうか。なら、このまま一緒に行動だね」
「そうだね。エドヴァルド先輩とクレール先輩にも通信したけれど、もう来なくても大丈夫だから撤退準備を怠りなく! って言われたし」
「あちらも同じぐらいに救助が行くんだよね」
「そうらしいよ。本当はここが一番遅くなる予定だったのにね」
そう言ってから、あっ、と二人してあることに気付く。
「「カサンドラ公爵家!」」
同時に口にして、そうしてお互いに溜息を吐いた。
「良いんだか悪いんだか」
「どうだろうねー」
まだ何か一悶着ありそうな予感に、アレストロとシウのみならず、話を聞いていた周囲の数人も苦笑していた。
洞穴への救助隊は、昼よりもずっと前に到着した。
「ヒルデガルド様! ヒルデガルド様はいずこに!!」
という声で、救助隊到着を知ったぐらいで、見張りをしていたスタンが苦笑しつつ私兵の騎士を案内していた。
女子部屋にこもりきりだったヒルデガルドを前にして、女性騎士は涙を零さんばかりに喜んでいた。
「なんと、おいたわしいお姿に。このカミラが来ましたからには、ご不自由はさせませぬ。どうぞなんなりと仰ってください」
その言葉通り、彼女は自らの騎獣にすごい荷物を積んでいた。
連れてきた護衛たちに荷物を運ばせ、女子部屋を占領して、あれやこれとしているようだった。
呆れつつも、オマケでついて来てくれた救助隊と、帰りの行程について打ち合わせをする。
「ここの生徒は、じゃあ、皆自分の足で歩いて帰られるのか? すごいな……」
「え。他の生徒は違うんですか?」
「歩けないとその場に座り込む生徒が多すぎてね。それでまあ、ここへも遅くなったんだが」
「はあ。でもまあ、一名を除いて、皆ちゃんと自分の足で帰る予定です。護衛の方々には遅くて逆に疲れるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、救助隊の面々が慌てて頭を下げてくれた。
「いやいや、それはいいんだ。むしろ背負ったり、騎獣に乗せて行かずに済む分、荷物運びも楽になるからな」
「それにしても地図をこれほど詳細に用意してくれるとはね。君らなら戻ってこられたんじゃないか?」
護衛の一人がそう言うので、シウは首を振った。
「最初の火竜の騒ぎだけならそれでも良かったでしょうが、魔獣のスタンピードには用心するに越したことはないです」
「その通りだな。おい、余計なことは言うな。さ、皆行きましょうか」
全員が出立することになっても、洞穴の奥からはまだ出てこない。
救助リーダーがイライラして、洞穴の入り口から声を掛けるのだが「無礼者!」だとか「入ってくるな!」という声ばかりで一向に姿を見せないので、困り切ってしまった。
「置いていきましょうか?」
とシウが明るく口にしたら、皆一斉にギョッとしつつも、脱力した様子で肩を落とした。
そんなわけにはいかないのさ、と背中が物語っている。
仕方ないので、シウはスタスタと洞穴の入り口まで向かい、ヒルデガルド専用の護衛に槍で進行を封じられつつ大声を上げた。
「十を数えるうちに出てこないと、吊るしますよ!」
護衛が槍をビクッと動かして、なんだなんだとシウを見下ろした。が、彼等を無視して、シウは声を張り上げた。
「十! ……九! ……八! ……七!」
「待って待って、すぐ行くわ、行くから、ちょっ、カミラ、お離しなさい!」
「お嬢様、しかし」
「……六! ……五!」
「離しなさいと言っているのよ。これは命令よ!」
「は、はい」
不服そうな返事と共に、煌びやかな女性騎士風の白い騎乗服を着たヒルデガルドが慌てて走り出てきた。
「……四! ……三!」
「でっ、出て来たわ! もう数えるのは――」
「……二!」
「ほっ、ほら、出た! 出たわ!」
「じゃあ、出発しましょうか」
「ええ、そうね!」
まだ何か言いたそうな女性騎士を置いて、シウはにこやかにヒルデガルドを連れて外に出た。
誰かが「もう怖いものなしなんだぜ」と言っていたが、ある意味その通りだなと思って、シウは笑った。
それを見て、ヒルデガルドがヒッと小声で叫んでいたけれど、シウは気付かないフリをして先に進んだ。
とにかくも、これでようやく森の避難場所から撤退するのだ。早く安心したいものである。
道中は帰るのみと決めていたから、来る時よりも早く進んだ。
皆も自然と早足になっていたし、誰もそのことに文句は言わなかった。
唯一言いそうな人は騎獣に乗せられていたし、優秀な斥候役の護衛もいて、行程は恙なく進んでいた。
野営地まで戻ると、そこで昼休憩となった。
休んでいるうちに、森の中でそれぞれ避難していた生徒たちもぞくぞくと救助隊と共に集まってきた。
知った顔を見付けて喜び合ったりと、賑やかだった。
シウは休憩代わりに周囲を見回ってくると言って、少し席を外した。
誰もいないことを確認してからフェレスを置いて転移する。
転移したのは魔獣発生地点の真下、地下だった。
すぐさま襲いかかってこようとする魔獣を塊射機の鉛弾で倒し、空間庫に入れる。
このへんにいるのだけど、と思いつつ迷路のようになっている地下経路を進むと、サラマンダーを発見した。すぐに火を放とうと口を開いたけれど、それよりも前に空間庫でぴっちりと閉じてしまった。
(《状態低下》)
これだけでも充分、動きを止められることが分かった。
ただ、空気がないのにまだ生きている。魔獣の生態は不思議だなあと思いつつ、魔核だけを取る。そのまま空間庫に入れ、珍しいグララケルタやバシリスクなどをたくさん狩って、また元の場所に転移した。
ほくほく顔で戻ったらしく、リグドールには不審がられてしまった。
「何か良いもん拾ったのか?」
と、そのものずばりを言い当てられて、シウも素直に、うんそうだよと答えた。
広場に戻ってからはそれぞれの馬車を探し、帰ることとなった。
アリスの兄カールとミハエルも残って待っていた。
「兄様!」
「アリス、良かった! 無事だったんだね。大丈夫だと先生から聞いてはいたが、心配で」
「そうだよ、アリス。僕等、無理言って残っていたんだ」
「申し訳ありません、カール兄様、ミハエル兄様」
三人の姿に、何故かヴィヴィがもらい泣きをしていた。
エドヴァルドやクレールの姿はここでチラッと見かけたけれど、あちらは迎えの貴族専用馬車があって忙しなく出発の準備をしていたので声はかけなかった。
通信では、無事救助隊と合流したことまで聞いていたので、特に問題はないだろう。
やがて、迎えの馬車にアリスやカールたちが乗り込んでいき、コーラとクリストフともここで別れることになった。
伯爵位より上の生徒だけは迎えの馬車を許されたらしく、続々と帰っていく。
シウたちは、乗ってきた馬車を使って、帰る予定だ。
ついでだからと救助隊の面々とも同席することにした。
一部の雇われ護衛は、魔獣スタンピードの対応に向かうらしく、半数が広場で集合している。
感覚転移で見てみると本隊はすでに発生地点へ合流しており、今まさに一斉突入の様相を呈していた。
ここの面々は森を囲み、いざという時の魔獣狩りに備えるようだった。
アレストロやアリスたちの馬車を遠慮したのは、一部の庶民の生徒もいて可哀想だったからだ。気を遣うことになるだろうし、王都へ戻った時の騒ぎを想像するといろいろ怖い。
そのことを口にすると、リグドールも一気にどんよりとした。
「そうか、そう考えたら別に帰るのがいいのか」
「うん。それに貴族の馬車は急いでるから、門では大渋滞だよきっと。僕等はのんびり帰ろう」
「だね」
「僕ものんびりがいいよ。こうなると、なんだか名残惜しい気もするし」
「トニー、すごいこと言うな!」
「だって、なんだかあの洞穴がさ、まるで――」
「「秘密基地!」」
「そうそう。そんな感じ」
「やあねえ、男子って。そんな余裕あった?」
「今思うと、だよ。だって、あんな経験、普通はないよね」
そんな風に話していると、救助隊の面々が苦笑いで、聞いていた。
彼等にすれば、こんな騒ぎは面倒だろう。他の仕事の手を止めさせられて、ほぼ全ての冒険者や護衛や有志を募ってここまで来ているのだから。
「あとは、魔獣のスタンピードが収まることだろうね」
「そうだな、坊主の言う通りだぜ。それが終わらないことには、今のこの幸せも無駄になる。なんとか食い止めてくれると助かるんだがな」
救助隊の一人がそう言うと、皆が神妙な顔つきになった。
シウもまた、あの場所に思いを馳せた。さて、どうなるのだろうか、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます