148 昼休憩と尻尾好き




 その後、魔核狙いや、竜の死骸目当てで戻ってきた上位種の魔獣を倒しつつ、地底竜の戦闘を見守った。

 まだまだ続く戦いに、雌たちは座り込んで寝始めているし、シウたちも昼が近付いてきたので休憩しようと洞穴へ戻った。

 一頭と一人は仲良くお昼寝をしていたらしく、近付いても起きる様子はなかったのでそのまま寝かせ、昼ご飯の用意をした。

 ガルエラドも手伝おうと言ったが、どうも手付きが怪しいのでテーブルで待ってもらった。

 聞けば彼の料理は、焼く・煮るぐらいで、味付けも塩しか使わないそうだ。

「……アウルが可哀想じゃないかなあ」

 控え目に抗議したら、自覚はあるようで言葉に詰まっていた。

 やがて、暫くしてから、重い口を開いて言い訳していた。

「我等は人族ほど舌が肥えているわけではない。……アウルには可哀想なことをしたが、しかし最近ではシウに借りた魔法袋のおかげで助かっている」

「だったらいいんだけど。でも、どうやってるの」

 振り向いて聞くと、どこか自慢げに、ガルエラドが話を続けた。

「街に行けば大量に野菜の料理を作ってもらい、それを保管している。アウルもようやく食事の時には笑うようになった」

「……食事の時に笑ってなかったんだ」

 可哀想に。美味しくないものや同じものを食べていたのかな。

 あるいは、まだ小さいので、菜食だと気付かずに変なものを食べさせられていたのかも。

 そう考えると、すごく可哀想になってきた。

「よし。アウルにはいっぱい美味しいものを作ってあげよう!」

「……アウルは、シウのご飯が好きだと、言っていた。作ってくれるなら、助かる」

 人族は取り繕ったり嘘をついたりするけれど、人族以外の種族はおおむね素直で欲望にも忠実だ。こういう台詞も真正面から受け取れるので、恥ずかしいが、嬉しい。

 そんな気持ちの良い空気の中、次々と張り切って料理を作っていたら、さすがに匂いで気付いたのか、フェレスが起き出してきた。そのフェレスを枕にしていたアウレアも瞼をごしごしと手で擦って大あくびをしている。

「可愛いなあ!」

 頬ずりしたいぐらい可愛くて、目尻が下がってしまう。

 アウレアは辺りを見回して、フェレスがいないこと、それから良い匂いがすることに気付いて(まさしくそのようなジェスチャーで動くのだ)、最後にテーブルに座るガルエラドと料理を作っているシウに気付いて「きゃあ!」と嬉しそうな声をあげた。

「がる! がる! ……しーぅも!!」

 よたよたしつつも駆け寄ってきて、リグドールが作った即席椅子によじ登り、テーブルの上に手を置いて、きゃあきゃあと嬉しそうに笑った。

 それを見て、ガルエラドが瞳の色を優しく変えた。それから、そっと金色に輝くアウレアの髪の毛をわしゃわしゃと掻き混ぜて、撫でる。

 とても美しい姿で、写真で撮っておきたいと思わせるほど絵になっていた。


 空間庫からとっておきの材料を取り出して作った料理や、作り置きの品の数々をテーブルの上に乗せた。

 フェレスは食べづらいので床に置いたけれど、同じように食卓を囲んでいる。

「どうぞ。アウルの前にあるのはどれでも食べられるやつだけど、無理そうなら残してね」

「あい」

 可愛く頷いて、にこにことスプーンを手にグラタンへ突き刺した。

 ふうふうと冷ましながら食べる様子は本当に可愛くて、自然と笑顔になってしまう。

 ガルエラドはと言えば、黙々と、けれども一心不乱に肉を食べていた。そりゃもう凄い勢いで。

「……まだ、あるからね。急がなくても誰も取らないよ」

 シウの言葉を聞いて、一瞬動きを止めて、それから今度はゆっくりと食べ始めた。

 観察してると目元がほんのりと濃く見える。もしかして照れているのだろうか。そう思うと可愛いやらおかしいやらで、そして可哀想になってしまって気付かなかったフリをした。

「アウル、あっちいの? 冷たい桃ジュースもあるからね」

「あちーなの」

 舌を出して、あちちと可愛く言うので、すかさず冷たいジュースを差し出した。

 アウレアも早食いの気があるのだが、これは育てているガルエラドのせいではないだろうか。

「……アウル、ゆっくり食べてもいいんだよ」

「あい」

 今度は野菜サラダに手をだして、食べづらいのか試行錯誤しつつフォークを使う。

 手掴みしたいようなのだが、ガルエラドを見てから睨まれて(睨んだつもりはないのかもしれないが)、諦めてまたフォークで食べようとする。

 幼児の食事としてはサラダは難しかったと反省した。少し考えて、ごめんねと言ってサラダの入った皿を取り寄せる。それから空間庫からキャベツなどの野菜を取り出し、まとめて一緒に目の前でミキサーにした。

 アウレアの目が真ん丸になって、ぽかんと口を開けたまま宙に浮かぶ野菜を見ている。

「あとは、マヨネーズと、お酢をちょっとと」

 子供用だから塩コショウは控え目にして、コールスローを作った。

「はい、どうぞ。とろっとしたサラダだから、スプーンで食べられるよ」

 酢が入っているのでちょっと幼児にはハードルが高いだろうかと思っていたが、アウレアはとても喜んで食べてくれた。

 今度はパクパクと進んでいたので、やはりフォークが使いづらかったようだ。

 それから、アウレアは籠に盛られたパンを見て、パッと笑う。

「みどー、きろー。あか!」

「そうだよ。緑はねえ、ほうれん草を混ぜたんだよ。アウルの好きな野菜。黄色は、カボチャ。赤は人参だよ」

「きゃあっ!」

 小さく丸めたパンを、それぞれアウレアの皿に載せてあげた。

 あまりに喜んでくれるので、今度はウサギ型とかカメ型のパンにしようかなと思ってしまった。

 子供は可愛いなあとほのぼのしていたら、ガルエラドから指摘が入った。

「見るばかりではなく、ちゃんと食べろ」

「あ、忘れてた」

「アウルを見ると、皆、同じような顔になるな。やはり可愛いものか」

「子供はみんな可愛いけどね~」

「……ハイエルフの子だからではないのか?」

「ええ? そりゃあ、可愛らしい顔してるけど。でも、小さい子は皆、可愛いよね」

「……そうか」

「竜人族の子はどんな感じ? 尻尾、じゃなかった、竜尾もちゃんとあるの? やっぱりちっちゃい?」

 わくわくして聞くと、ガルエラドは少し嫌そうな顔をした。間違えて尻尾と言ったことを咎めているかと思ったが、どうやら違ったようだ。

「……我の子供の頃は可愛くなかった、らしい」

「あ、そうなの。誰かに言われたんだ?」

「長老や、大人たちだ。顔色が変わらぬから、面白くないと言われた。あまりに泣かないので、泣くまで頬を引っ張ろうと競争したこともあるそうだ」

「ぶっ」

「……竜尾も、引っ張られたな。あれは、やってはならん。子供とはいえ、やはり竜尾に触るのは良くない」

「痛かったんだね」

「……いや。まあ、それなりに。だが、違う。竜尾は、婚姻の相手に触らせる場所だ。子供と言えども触ってはならぬ」

 と、言ってはいるが、ようするに痛かったのだろうと思った。

 そして、子供の間は意外とそうしたマナー違反も許されるようだ。

 無表情で、何を考えているのかよく分からない風貌だから、竜人族全体がそうなのだと思っていたが、そうではないということもこの台詞で分かった。

「角は? 角もちっちゃいの?」

「そうだ。最初はこれぐらいだな」

 と指と指がくっつくくらいの距離を示してみせた。

「え、そんなに小さいんだ!」

「竜尾は、これぐらいだ」

 今度は子供の拳大ぐらいの大きさを示す。

「へえ、意外とあるんだね」

「大人になると、これぐらいになる」

 と手のひらを目いっぱいに広げる。思ったよりは短いことが分かった。

 確かに、服の上からそれらしいものは盛り上がってないので、小さいことは分かっていたけれど、少し残念な気持ちになった。

 それが伝わったのか、ガルエラドが苦笑した。

「おかしなものだ。普通、尾のある種族など、人族は気味悪がるものなのに」

「そうかなあ。だって可愛いと思うけど」

「……その、言い様は、おかしい」

「そう?」

「……猫型や、犬型ならば分かるが」

「ああ、猫の尻尾も可愛いよね! 犬もふさふさしてるし、熊や兎はちんまりしてるね。馬も良いし、悩むよね!」

「……我は、悩みはしないが」

「持ってるからじゃない? 人は自分が持っている幸せには気付かないものだって。ガルは角も持ってるし、良いよね」

 褒めたのだが、ガルエラドは頭を抱えてしまった。

「あ、僕は爬虫類系の尾だって、好きだよ。差別しないからね!」

「……そうか」

「フェレスが孵るまでは、どんな希少獣か分からなくてね。亀でも可愛いだろうけど、移動には時間がかかりそうだからせめて手乗り亀がいいなあと思ってたんだ。でも猫型騎獣だったから良かったよ。自分で動いてくれるし、それに可愛いしねー。まあ、別にどんな希少獣でも良かったんだけど。長生きしてくれるなら」

「そうか」

 最初はどこか呆れたような口調だったのに、最後は納得したような声音になっていた。

 長く生きる者にとって、先に死なれていく者のことを考えたのかもしれない。

 幸いにして、竜人族とハイエルフは長生きだ。この二人はきっとこれからも一緒に生きていくのだろう。

 ガルエラドもシウを慮ってか、

「……フェーレースならば、お前と共に、長く生きてくれるだろう」

 そう、優しく告げた。深い重みのある言葉だった。

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