149 友達の避難と竜フェロモン




 ゆっくりと昼休憩を過ごすと、午後のお昼寝を一頭と一人にさせてからまた転移した。

 今度は火竜を見に行った。

「確認したかったので、助かる。それにしても転移とは一瞬だな」

「どういたしまして」

 握った手を離し、シウは火竜のハーレムを指差した。

「火口から動いてないね。ハーレムも順調のようだし、ここは問題なさそう」

「そうだな。死骸を移動させてくれたのも良かったようだ。あれが残ると、また魔獣の増える元となる。悪くすれば――」

「魔獣スタンピードだね」

 お互いにふうと溜息を零した。

「このまま、ハーレムを築いて、卵が産まれたら落ち着くの?」

「そうだ。少なくともこの雄は他には行かぬだろう」

「雌の移動はあり得るんだ」

「それが頭の痛いところでな。卵を産むと、他の雄が気になるようだ。大繁殖期以外では番を作るのだが」

「乱痴気騒ぎになっちゃうってことか」

「ら、らんち?」

「理性を失って暴れるような感じのこと、かな」

 意味が分かったような分からなかったような顔をしつつ、ガルエラドは頷いた。

 それから、ふと、視線を近くの森にやる。

「何かが、見ているな」

「……えっと、この前友達になった子かも。行って来ていい?」

「ああ。我はもう少し、観察してみる。それに声もかけておきたいのでな」

 そう言いつつ、重たい溜息を吐いた。

 竜たちのことを、ギャーギャーうるさくて会話が通じないと言っていたので、気が重いのだろう。

 シウはガルエラドを置いて、森へと転移した。


 さすがに目の前に突然現れると驚くものらしい。

「カッ!」

 と叫ばれてしまった。

 相変わらず人間臭い動きをするコルニクスだ。

「コル、まだこのへんにいたの? 大丈夫?」

「カーカー」

「あ、うん、魔獣のスタンピードが発生してるね。でももうすぐなんとかなるよ」

「カーカーカーカー」

「こっちには来ないと思うけどなあ。ただまあ、飛竜隊はあちこち偵察も兼ねて飛んでくるかもね。あ、それが心配で?」

「カーカー。カーカー、カーカー」

 言いながら、背中を覗く。芋虫幻獣のエルがちょこんとくっついていた。

「そうだよねえ。絶対ってことはないし。魔獣が来ても問題だし、飛竜が来て、魔獣と間違えられても嫌だっていうのは分かるよ」

「カーカー」

「さっきの彼は竜人族だよ。竜が暴れないように生態を調査してるんだって。害は与えないと思うけど」

「カー」

 ならいい、と言われた。

 段々と互いの意思が伝わっている気がする。ただ、エルとはやはり通じなかった。

 コルの背中でもしゃもしゃと葉っぱを食べている。どこから取り出したのかと思えば、コルの背中の羽の間に隠していたようだ。

「ところで、避難するなら、良い洞穴があるけど。どうする?」

「……カー。カーカーカー」

「ここよりは安全だと思う。結界を張っているし。君らの出入りを許可しておけばいいだけだし」

「……カー」

 じゃあ、よろしく頼む、と言われた。

 怪我は治っているが、希少獣とはいえ鴉だから、遠くまで避難するのは大変なのかもしれない。

 シウはコルを抱えて、火口に転移した。

「ん? ああ、先ほどの視線はこの者どもか」

「友達になったんだ。コルと、ここにいるのがエル。洞穴で避難してもらうよ」

「ああ……」

「大丈夫だよ。フェレスもいるし」

「――そうか。すまん」

 心配したのだろう。アウレアに何かあってはいけないし、どうしても鴉にしか見えない(鴉なのだが)コルに突かれたらと考えたか。

「こっちこそ、急に増やしてごめんね。先にお願いしておくべきだったよね」

「カー……」

「いいよ、いいんだよ」

「シウ、彼は、何と言っているのだ」

「問題があるなら避難しなくていいだって」

 それを聞いて、ガルエラドの瞳が揺らいだ。

「……すまぬ。おぬしを差別するつもりはなかった。ただ、我には養い子がいて、いやこれは言い訳だ。すまなかった。シウの友達ならば、安心だろうに。シウにも悪い態度を取った。すまぬな」

「あー、うん。……ていうか、真面目だね。別にいいよ。コルも気にしてないみたいだし」

「カー」

「同意、だって。なんかもう、ごめん。僕が一番悪い気がする。ということで、これで終わり!」

 びっくりして目を見開くガルエラドに、シウは淡々と告げた。

「一度、洞穴へ転移するけど、ガルはどうする? もう少しここを観察しておく?」

「あ、いや。もう終わった。一緒に戻ろう」

「その後、また地底へ行くってことでいいかな。じゃあ、ガル、手を出して」

 差し出された手を握り、コルを抱いたまま洞穴へと転移した。



 フェレスは物珍しそうにコルの匂いを嗅いでいたが、あんまり興味はわかなかったようだ。コルがどことなくホッとしていたのが面白かった。

 アウレアは逆に興味津々で、コルの頭を優しく撫でていた。それからエルをジッと見つめていた。触りはしなかったが、むちーむちー、と嬉しそうだった。

 これなら問題なさそうだなと思って、一応念のためフェレスへ注意をしてから、また地底へと転移した。


 戦いはまだ終わっておらず、雌が焦れたのか周囲をゆっくり歩いている。

 尻尾、もとい竜尾を振っていたのであれは何かとガルエラドに聞いたら。

「雄を誘っているんだ。雌はああして、尻尾の付け根にある匂い袋をこすって、刺激臭を出す。雄にはたまらない匂いらしいが」

 その顔が顰められていく。

 シウには感じ取れないが、五感の鋭い竜人族にはきついようだ。

「……臭いの?」

「おそろしく、臭い。ああ、耐えられん。どうしてこれが、香しい匂いになるんだ?」

「ふうん」

 と言った会話をしてから五分。

 あれ? と、あることに気付いた。

「……ガル。その匂い袋を使ってみたら、誘導できない?」

 ガルエラドの顔が、正面からギギギと横に向けられ、そして下へと方向修正された。

 見下ろされたまま、シウは呆然として指差した。

「あれ、匂い袋を利用したら、もしかしなくても、大繁殖期の場所をいくらか誘導できるんじゃないのかなあ」

「……シウよ、お前は、なんという」

 後は言葉にならなかった。

 感極まったのか、ガルエラドはその無表情さとは全く違う行動に出たのだ。

 つまり、シウを思い切り抱き締めて、放り上げた。さすがにこの年での高い高いはないなと思いつつ、珍しいであろうガルエラドの興奮する姿に笑った。

 落ち着いたところで、ちょっと水を差してみた。

「でも、雌が素直に匂い袋を触らせてくれるかな?」

「いや、それは大丈夫だろう。雌は比較的、話は聞いてくれる。まあ、うるさいが」

「やっぱり地底竜もうるさいんだ」

 苦笑した。

「だが、やってみる価値はある。雌に対しても、雄を上手に誘導してくるからここで待てと、教えることも可能だろう」

「あ、そっか」

「巣作りに最適な場所を紹介してやると言えば、大半は言うことを聞くだろうから……あとは匂い袋をどうやって管理して、使うかだが」

「あ、それは僕が考えるよ。ていうか、今、大体思い付いた」

 そう言うと、二度目の高い高いが始まった。

 意外と感動屋なのだろうか。

 見た目で損しているんだなと、ちょっと不憫に思ったシウだ。


 その後、このハーレムでは使えないだろうが、匂い袋を保管する実験のため、ガルエラドには地底竜の雌たちに交渉してもらった。

 まだ雄の戦いが続いていたからできたことで、間に合って良かった。

 なにしろ、匂い袋を空間庫に閉じ込めてからすぐに、雄の戦いが終わったのだ。

 勝利の雄叫びを地底に響かせて、雌に突進してくる地底竜は正に王者そのもの。

 ちょっと怖いと思ったのは秘密だ。

 地底竜はワームとも呼ばれる蛇型だから、余計に前世で見た映画のアナコンダを思い出してゾッとした。

 蛇なのに手足が付いていて素早いのも、怖さ倍増である。

 火竜や飛竜は怖いと思わないので、もしかして蛇がダメなのかしらと自己分析してみた。


 そんなわけで、倒された残りの雄をガルエラドの魔法袋に入れ、その足で洞穴まで転移した。

 長い間、戦闘ばかりを見せられていたから疲れたけれど、収穫もあったので良しとしよう。

 そうして、洞穴に戻れば。

 フェレスの上に、アウレアとコルとエルが寝ていた。あまりの可愛さに、やっぱり写真が撮りたい! と思ったシウだった。

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