150 握手と報告と要請と




 匂いを吸収して取り込むのは簡単だった。

 スポンジ岩とシウが勝手に呼んでいる、海綿のような形をした超吸収素材の岩があり、それを加工して術式を付与したのだ。

 手のひらサイズの四角い形にして、スライムで作ったラップで囲んでから、堅くなるよう固定する。一部に穴と蓋を作り、あとは魔力を込めて二回叩くと吸収、四回叩くと吐き出すという簡単な造りにしてみた。

「これなら誰でも使いこなせる。竜たちの動向も抑えられるから、便利だ」

「良かったー。でも改良の余地があれば言ってね」

「ああ。あればな。それにしても、本当にこれらを貰ってもいいのか?」

「竜の大繁殖期は僕等にとっても災害だからね。それを避けるために使ってくれるなら、むしろ有り難いことだよ」

「……シウには、幾度も世話になっているが、やはり我には返すものがない」

「うーん。でも、友達にやってもらったことを返せとは言わないよ」

「そうか。我は、友か」

「え、そのつもりだったんだけど」

「いや、そういう意味ではない。すまぬ、言い方が……我はどうも、言葉が、足らん」

 金茶の瞳を泳がせて、困惑げに話すガルエラドが、年相応に見える。

「……だが、シウのことを、好ましいと思っている。つまり、なんだ、友達だと、我も思っている」

 目元の色が変わった。

 褐色肌なので分かり辛いけれど、赤くなったようだ。

 年上だけれど、可愛いなと思った。

「じゃ、よろしくね」

 そう言って手を出すと、分からないようで首を傾げていたが、やがて手を握るのだと気付いてくれた。

「そうか、これが握手か」

 人族がやっているのを見た、とポツリと零していた。

 彼の中では、握手とは「契約成立」なのだと思っていたそうだ。

 もちろん、そういう意味合いも大いにあるが、この場合は契約ではない。

 親愛の気持ちだったり、喜びを分かち合うための行為だ。

「……握手とは、なかなか、良いものだな」

 そう言っていたのが、とても印象的だった。


 その後、賑やかな晩ご飯を済ませて、休むことになった。

 遅い時間にわざわざ移動してもということで、ガルエラドとアウレアは翌朝に転移して送る。

 コルたちは、このままこの洞穴を縄張りにするということだったので、彼等にも過ごしやすいよう、あちこち改造してあげた。

 エルの好きな葉っぱも近くにはあるそうなので住処を移転したのは良かったようだ。



 翌朝早くに食事を済ませて、アウレア用の食事も大量に魔法袋へ詰めてから、エルノワ山脈へ転移した。

 初めての場所だったが、大体の場所を聞いて確認したら、ガルエラドの指定した場所のほぼ近くに飛べた。

「ここに竜人族の里がひとつあるのだ。まずはここで話をすることになる。シウ、一緒に来るか」

 本気で誘ってもらったのは分かったが、シウはううんと首を振った。

「今度ゆっくりね。そっちも匂い誘導の話で忙しくなるだろうし、僕もまだあっちが気になるから」

 と、王都の方角を指差した。

「そうか。そうだな。では、ここで」

「しーぅ、ばいばい。ふぇれ、またね」

 ガルエラドの腕に抱かれたアウレアがにこっと笑って手を振った。

 シウは手を振って、フェレスは尻尾を振ってお別れをし、転移して王都の離れ家へと戻って行った。




 離れ家へ戻ってから、シウはフェレスに休んでおくよう言って、そろっと足音を忍ばせて母屋へと向かった。

 風の日なので、エミナは仕事だからいないだろうが、念のためである。

 というのも泊りがけで出かけているので、知られるといろいろ叱られる可能性があるからだ。

 いつもはロッキングチェアで本を読んでいるスタン爺さんは、待ち構えたように居間にある椅子へ腰かけていた。

「おはよう。さっき帰ってきたんだけど、いい?」

「ああ、いいとも。さ、座りなさい。どれ、紅茶を煎れてあげよう」

 シウには椅子へ座らせておいて、自分はさっさと立ち上がりお茶の用意をする。スタン爺さんは、その名の通りに呼べという割には腰の軽い「爺さん」だった。

「さて。では、聞かせてもらえるかの」

「うん。魔獣スタンピードの全体的な量は、たぶんだけど、過去の人里近くのものと比べたら最大級のものだったと思う」

「ふむ」

「僕も本でしか知らないから、はっきりとした数字の比較はできないんだけど、魔獣が噴出するスピードや、規模を考えると結構早かったんじゃないかなって」

「そういえば、魔獣の竜化、竜化とも呼べんじゃろうが他に言葉がないからのう、そのように急激に上位種以上へと進化するものも、あまり聞かん。やはり、『サタフェスの悲劇』と同じことが起ころうとしておったのかもしれん」

 竜の魔核を食うことによって、急激な変化をもたらしたあれを、他の竜種へと変化した(とされる)生き物と比べたら怒られそうだ。

 だが、確かに竜によってもたらされたもののことを、竜化と呼ぶのだから間違ってはいない。魔獣は一代ででも進化を遂げられる生き物だから、急激な変化をもたらしたのだろうか。考えたら恐ろしい生態だ。

「うん、そうだね」

 紅茶を飲むと、爽やかな渋みが口いっぱいに広がった。スタン爺さんは紅茶を煎れるのが上手で、とても美味しい。茶葉も厳選したものをいくつも用意している。

「あと、スタン爺さんは怒るかもしれないけど、ちょっと地下まで行って、間引いてきた。あのままだと討伐隊の人たちの手には負えないんじゃないかって、心配で」

「むむぅ、奥まで行ったのか。いや、大丈夫じゃということは今こうして証明しておるが……」

「転移できるし、空間壁でこう、自分を守っていたから。塊射機もあったし」

「便利なものじゃのう」

 感心したように頷いて、それから? と続きを促された。

「それでね、キリク様とも話していた通り、やっぱり竜の大繁殖期が原因だったみたい。一番下の大洞窟には地底竜がこう、もうね、ぐねぐねと」

「うーむ、それ以上は言わんでよろしい。わしは、ダメじゃ。あれだけは、無理なんじゃ」

「……同意。僕もあれはちょっとなあ。あ、というわけで、死骸は即刻始末したし、下位の地底竜の雄は、悪いと思ったけど間引いてきたんだ。それから、竜人族の、ほら」

「おお、知り合いになったというあれか。名前を忘れてしもうたが」

 お互いに笑って、それからガルエラドのことを話した。

 その後の経緯なども説明すると、スタン爺さんは安堵したようでシウの頭を撫でてきた。

「よう、やってくれた。無理をしたのではないなら、良いんじゃが。お前さんはなんでもないように簡単にやりおるが、わしはこれでも心配しておるんじゃぞ」

「うん。分かってる。ありがと」

「ま、無理なら逃げること、それはお前さんが一番よう知っておることじゃな」

「逃げるが勝ち、って言葉が座右の銘といっていいぐらいだからね」

「また面白い物言いをするもんじゃ。まったく、相変わらずじゃのう。よしよし」

 そうして、新しく友達になったコルニクスとエールーカの話や、アウレアの可愛らしい様子について話した。もちろん、ガルエラドについての秘密の部分などは言わない。

 今回これほど仔細に話したのは、これが王都の大災害に繋がるかもしれない内容だからだ。

 と言っても、誰にでも簡単に話せることではない。

 スタン爺さんならば、不安がっている人々への噂を流すぐらいはできるだろうし、何かあった時の対処もしてくれる。だから話した。


 そうして紅茶を飲んでまったりとしていたら、通信が入った。

「(シウか。俺だ。緊急で相談したいことがあるんだが、いいか?)」

 またオレオレ通信だ。しかし、内容が内容だけに、シウはスタン爺さんに断りを入れた。

「キリク様から、通信が入ったんだけど、緊急みたい」

 スタン爺さんが黙って頷いたので、シウは通信を送った。

「(シウです。どうしましたか?)」

「(悪い。頼みがあるんだ。あー、俺は回りくどい言い方はできんから、はっきり言うが。例の弾を撃つ魔道具を、試作品でも良いから用立ててほしい)」

 間が空いたので、通信が切れたのかと思って返事をしようとしたら、続けて声が届く。

「(……言いづらいんだが、お前にも参加してもらいたい)」

「(それはまた、すごい決断ですね)」

「(……からかってんのか、それとも嫌味か? 顔が見えないから全然分からんな。いや、確かに子供相手に俺もどうかと思ってる。だが、アウグスト団長とも話し合って、このままじゃ埒が明かんとの結論でな。苦渋の決断だ。すまん、頼むから、来てくれ。もちろん、弾を撃つ魔道具、あれが使いこなせる者が出てきたら、お前も戻す。いや、その前に絶対に守ると誓うが)」

「(別にいいですよ。行きます。拾いに来てくれるんですか?)」

「(ああ? ……いいのか? いや、本当にいいのか? あ?)」

 自分から言いだしたくせに、キリクはかなり混乱しているようだった。

 ようするに、塊射機をまともに撃てるか自信がないのだろうし、竜騎士たちの前で塊射機を使って百発百中させていたら、そりゃあ期待されるよなあと思った。

 つまり、自業自得だ。

 もうちょっと、間引いとくべきだったのかしらと、チラと脳裏を過ぎったものがあったけれど、そもそも討伐隊の力量を見誤っていたのが原因だ。

 ということはやっぱり自業自得である。

「(その代わり、今後のことで騒ぎにならないように戒厳令を敷くとかですね、後ろ盾になるとか、そういうのを頑張ってもらえますか? 僕は自由に暮らしたいので)」

「(……分かった。その、ありがとう)」

 普段のキリクからは考えられないような、神妙な声だった。

 あの人でもそんなことになるんだと思って、ふと悪戯心で視覚転移しようとしたが、趣味が悪いと反省して取りやめた。

 こういうところが、シウの悪いところだった。取りやめたのはシウにしては僥倖だったと言える。

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