151 発生地点までは飛竜で
昼頃にオスカリウス邸へ行ってほしいと言われた。
迎えに来るのではなく、調整中の飛竜を飛ばすそうだ。交代の竜騎士も送り込むため、一緒に乗せてくれるとか。
話は伝わっているから、昼に間に合うよう急いで用意を始めた。
スタン爺さんは少し渋い顔をしていたものの、しようがないと諦めてくれた。
「じゃが、無理じゃと思ったら――」
「逃げる。だよね?」
うむうむ、とスタン爺さんは何度も頷いていた。
悩んだ末に、シウはフェレスを連れて行くことにした。
フェレスにも聞いてみたが、本獣はやる気満々で、やってやるーと牙を見せてきた。
伸びてきた大きな牙が自慢らしくて、最近よく「どうどう?」と見せびらかしていたものだから、それを思い出してつい笑ってしまった。すると。
「にゃっ!?」
なんでわらうの! と、ぷりぷり怒って尻尾を振り回していた。
塊射機の試作はもう終わっていたので、すでに本体はできている。
ただキリクに渡そうと思っていた汎用機がまだまだ少ない。こちらはアグリコラやその工房で作成を請け負っているからだ。
アグリコラに言って、使える分だけ回してもらおうかとも思ったが、移動の時間を考えるとちょっと難しい。
少し考えてから、魔法で作ることにした。できるだけ自動化を混ぜれば間に合うだろう。元々、術式を付与しなければ意味も使いみちもない代物で、その術式を付与するのはシウにしかできないことだ。コピーも難しく、展開魔法も拒否するほどの恐ろしく面倒で長い術式を、たとえ教えたとしても付与できるレベルの人はそういない。
ついでに弾も心もとないので、自分で作ってしまう。
土はそのへんにもあるが、クレーターを作った時に取っていたものを取り出して、せっせと魔法で作り終えた。
ゴムも充分にあるので、ゴム弾は完成だ。
鉛弾は、術式のせいで威力がありすぎるから不安の方が強く、渡すつもりはない。
ゴム弾でも充分に殺傷能力はあるので、鉛弾のことは秘密にしておくことにした。
貴族街へ入ろうとしたら、キリクの第三秘書であるレベッカが来ており、下にも置かない態度で迎えてくれた。門番も何をどう聞いたのか、子供のシウに礼儀正しく敬礼して通してくれる。
更にはオスカリウス邸の門前では、デジレなど数人が待っていた。
びっくりしたが、急いでいたので半ば早足で飛竜の厩舎に向かう。道すがら、何か必要なものはございませんか、などと聞かれたけれど特になかったのでお礼だけ言って遠慮した。シウが魔法袋の所持者だということは知っていたようで、あっさりと引いてくれたものの、少し残念そうだった。
厩舎の横では、飛竜たちが引き出されており、竜騎士がその場に立ってシウの到着を待っていた。
遅くなってすみませんと謝ったら、皆が一斉に「とんでもない!」だとか「いえいえ」とものすごく慌てられてしまった。
意味が分からなくて首を傾げていたが、最後に引き出されてきた飛竜を見て驚いた。
「ギャギャギャーギャッ!」
他の飛竜と比べてもふた回りは大きい、ソールだった。
「……調教、終わったんですか?」
と、思わず傍にいた人へ問いかけたら、彼は白い歯を見せて親指を立てた。職人らしい、自分の仕事に誇りを持った男の堂々とした態度で、思わずシウも笑顔になった。
「すごい。まだ全然日にち経ってないのに!」
「よせやい。ま、ソールとルーナが番になったのも良かったな。繁殖行動も済んで、気持ちが落ち着いたらしく、こちらの言うこともよく聞いてくれるようになったんだ」
「そうなんですか。でも、本当にすごいですね。おかげで、こちらの飛竜たちは大繁殖期の騒ぎに巻き込まれなくて済んだんだ……」
調教師らしい男は、褒められ慣れてないのか、居心地悪そうに照れながら頭を掻いていたが、すぐに切り替えてシウの前へ立った。
「お前さんみたいな子供を送り出すのは気が進まん。だが、お館様のご命令だし、あのお方ならきっとお前さんを守ってくれると信じてる。俺にできるのは、今この厩舎で一番強い飛竜をお前さんに差し出すことぐらいだ。ソールも、お前さんのことは守ると言っているからな。無事に帰ってこいよ」
「……はい」
調教師はマオルと名乗り、シウも挨拶をして握手した。
王都に残っていた非番の竜騎士で、一番腕の良いサナエルという男性がソールの騎手を務めてくれることになり、たくさんの物資を載せて飛竜隊が一斉に飛び立った。
更には王城からも、応援部隊らしき飛竜隊が旋回しながら待っている。
合流すると徐々に高度を上げ、やがて風に乗った。
サナエルは風魔法がとても上手らしく、大きなソールに乗っていても安定していた。
そういえば、イェルドの姿がどこにもなかったことを思い出し、トップスピードに乗って落ち着いたサナエルへと声を掛けた。
「イェルドさんは、お忙しいのですか」
「うん? ああ、補佐官ね。そうなんだよ。今回のことで領地の方を狙うバカがいないとも限らないってんで、第二秘書と一緒に領地へ行ったんだ。辺境だけあって、バカが多くて大変なんだ」
なるほど。機に乗じてやらかす者もいるのか。
つくづく、領地経営なんて大変なことをする貴族というのは偉いと思う。
「今回のことも最初は罠かと思ってたぐらいなんだ。まさか王都の近くで魔獣のスタンピードが発生するとは思ってなかったから」
「ああ、それで。用意に手間取っていたのかと思ってました。遅かったので」
「あ、そうか。悪い。君が最初に連絡をくれたんだっけ。そんなつもりはなかったんだ」
「いえいえ。貴族も大変ですよね。いろんなことを想定しないといけなくて」
「まあなあ。っていうか」
思わずといった様子でサナエルは振り返り、じいっとシウを見つめてから、苦笑した。
「子供なのにって思ったけど、魔法学校の生徒だったら気を遣ってるよなあ。庶民なんだっけ?」
「はい。周りが貴族の子弟ばかりで、いろいろ大変です」
シウも苦笑して答えると、サナエルは庶民出身らしく、騎士学校時代の苦労話をしてくれた。面白おかしく脚色しているが、どこの学校でも、どの時代でも悩みは同じなのだと知る。
「ま、そんなわけでさ。俺は騎士になっちまったが、これ以上の昇進は望まないの。貴族なんてなるもんじゃないね」
「分かります。あんな面倒くさいものになったら人生終わりって気がします。彼等には悪いけど」
「はっはー! 俺も! 大体さ、結婚相手ぐらい自分で選ばせてくれっての」
そんな話をしながら、三時間ほどで到着した。ソールが本気を出せばその半分で到着しただろうが、他の飛竜や騎士の腕前、人や荷物を載せているということもあってこの時間となった。
ソールは若干不満らしかったようで、岩場に降り立った時は鼻息荒くフンッと他の飛竜を威嚇していた。
「ギャーギャッギャッ」
もっと早く飛びたかったぜ、と言ってるらしい。
そんなヤンキーみたいな態度を取っていたけれど、クレーター上空からルーナが飛んでくると途端に態度を変え、やがて降り立って近付いてきた彼女を見て、ツンと澄ました顔になった。虚勢を張っているようだが、ルーナは全く意に介さず堂々としたものだ。
そのうちソールはそわそわしだして、そっと彼女の首筋を頭で撫でたりしている。機嫌を取っている証拠で、尻に敷かれているのが丸わかりだ。思わず笑ってしまった。
キリクがルーナから飛び降りて、シウの元へと駆け寄ってきた。
「悪いな」
「もうそういうのはナシで。それより、キリク様には休憩がてら、塊射機の取り扱いを一緒に聞いててほしい。次に地下へ降りるパーティーから、使うんだよね?」
「ああ、そうだ。夕方には使える者を集める」
「アウグスト団長は、呼ぶ?」
「交替する手はずだ。夕方には戻るだろう。それで、どれぐらいで撃てるようになる?」
髭も剃らずに、少しばかり疲れた顔をしているキリクに、シウは神妙な顔で答えた。
「斥候、前衛、軽装歩兵、弓兵、遊撃兵の中から立候補してくれる人を集めてほしい。なるべく練習時間を割きたいから、一度撃ってもらって、適性を見極めるつもり。早めに習得できる人を率先して選ぶようにするから」
天性の才能を持った者もいるので、できるだけそうした者から選ぶようにする。努力で才能を得る者もいるが、今は時間がない。
「分かった。集めよう、それと――」
「集まってから適正検査が終わるまでに多少時間がかかると思う。その間は仮眠を取ってて。指導者がそんな顔してるのは良くないよ?」
「……良い男の顔になってると思ったんだが」
ざりざりと顎の髭を撫でて、キリクはふうと大きく溜息を吐いてから身を翻した。去って行き際に手を振って、そういうところは「良い男」風だなあと、笑った。
シウにも専用のテントが与えられ、その中に荷物が運び込まれた。
サナエルに聞くと、シウの体に合わせた防具を急遽用意してくれたようだ。何がいいのか分からずに全種類を揃えていると言われた。
キリクの第一秘書シリルが、気を回してくれたのだろう。そして、彼だけは正確に、シウが地下まで一緒に進むことを理解していたわけだ。
「飛竜の上だと、防具は逆に邪魔だと思うんだがなあ。ま、子供の安全を考えたら、し過ぎるということはないな。適当に選んでくれ。じゃ、俺は竜騎士の会議に呼ばれているから!」
「うん。気を付けてね」
テントを出ていくサナエルを見送って、シウは適当に防具を取り出してみた。
籠手や胸当てなど、いろいろ出てくる。
そのどれもが高価だと分かる代物だ。
中には装飾品に近いものもあったが、急いでいたのか判別できなかったのか。
いくらソールが大きい個体で、荷物をたくさん運べるといっても、大盤振る舞いすぎる。
シリルもどこか、気持ちが急いていたのだろうか。
「シウ様、集まりました」
外から声がして、慌てて出て行った。誰だ、シウ様などと呼んだのは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます