152 適正検査と撃ち方練習




 テント前には従卒兵らしき青年が立っていた。まだ少年と言っても良いのではないだろうか。こんなところに駆り出されてきて、と同情しかけたが、よく考えたら今のシウも少年だ。要らぬことは言わないでおこうと、口を閉じる。

 ただ。様付けだけはやめてほしいと懇願した。


 アウグストの従卒兵だというカラカリは、まだ戻ってこない彼に命じられてシウの従者替わりをやることになったらしい。

 申し訳なくて頭を下げると、慌てて止められた。これが彼の仕事なのだと言われては、しようがない。あんまり大袈裟にしないでねとお願いして、皆が集まっている広場へと案内された。

 思った以上に兵士たちが集まっており、ざわめいていた。

 えー、これに演説するのは勇気がいるなー、と思っていたら、さすがに説明するのは上級騎士らしい。

 エリク=リップスと名乗った竜騎士で、彼はアウグストの部下で、第一隊隊長を務めているそうだ。エリクは皆に、新しい武器の適性検査に参加してくれてありがとうと、声を張り上げて説明していた。

 その後、順番に並ぶよう命じられて、シウの前に次々と規則正しく並ぶ。こういうところは軍隊だなあと思う。

「では、順番に言われた通り、魔道具を使うこと。余計なことはするな。無駄口も叩くな。時間がないんだ。きびきびと動け」

「「「「はいっ!!」」」」

 野太い声が辺りに響いた。

 そこからは早かった。

 シウが最初に説明して、塊射機を撃たせる。取扱いは簡単だから、後ろに並ぶ兵たちも前の方を覗いて見ており、特に説明する必要もなくなってしまったほどだ。

 次々と撃っていくのを眺めながら、シウは「残ってください。あなたは元の配置でお願いします」と淡々と告げていった。

 最初に、これはただの新しい武器に対する適性検査で、使えないとか、兵士としての力量を問うものではないと言っていたからか、外された兵士も特に文句を言うでなく、離れて行った。

 むしろ残された兵の方が、若干戸惑っているように思えた。


 一時間ほどかけたが、三十人ほどしか残らなかった。

 エリクが、とても残念そうな顔をしており、よほど理由を話そうかとも思ったが、やめた。

 要らぬ煙を立たせることもない。

 今回、外した大半の者は武器に対する適正検査というよりは、彼等の持つスキルや行動にちょっとした問題があったからだ。

 たとえば居丈高な者。エリクが皆へ説明している間に、脳内マップで印を付けていたのだが、その態度に違和感を覚えたら今回のチームから外そうと決めていた。

 他の兵士を小突いたり、部下に横柄な態度を取ったり。激昂しやすいタイプも、塊射機を人に向けたりする可能性がある者は外していった。

 更に鑑定しているのでよく分かるのだが、意外と「称号持ち」がいた。

 ほぼ、人殺し、に関係がある。

 不思議なのは上官に多いということだ。普通、上官は前線で戦ったりはしない。殺すのは下級兵だ。なのに、下級兵にその称号がつかず、上級兵に多い。

 これは、意図して殺そうと行動に移したか、あるいは殺す必要のない者を殺したか、ではないかと考えた。

 命じられたら下の者は動くしかない。戦争なのだし、殺されたくなければ殺すしかないだろう。楽しくもない人殺しをさせられている。

 それとは逆に「人殺し」系の称号を持つ者は押しなべて、そのことに何の違和感も感じないような、いわゆる命令しなれたタイプの者が多かった。

 中には「快楽殺人者」という称号もあった。

 これ、水晶で調べられたら困らないのだろうか。

 貴族だから、そういうことはないのかもしれないが。

 とにかくも、危険人物に武器を与えるのは恐ろしい。よって、外した者が大半。選んだのは遠目スキル持ちだとか、反射神経の良さそうな人だ。

 もちろん、スキルは低くても慎重で真面目そうな人など、悩みつつ選んだ人もいる。その人は小突かれていたので、上官から離したいという意図もあって決めた。

 そうして集められた三十人を前に、さあ使い方を詳細に説明しようと口を開きかけたら。

「あ、シウ殿、お待ちを。アウグスト様がお戻りになられます。それと、オスカリウス辺境伯に黙って先へ進めますと」

「あ、そうですね。失礼ですよね」

「いえ。拗ねられます」

「……そうですね。分かりました。じゃ、皆さんも姿勢を崩して待機していてください。休憩していないなら、休んでいてくださいね」

 と、説明し、付いていてくれたカラカリには団長の世話へ戻ってと告げた。


 キリクとアウグストが揃ったところで、エリクが部隊に戻った。

 三十人には車座になってもらい、中央にキリクとアウグスト、フェレスが座っていた。

「まず、これは塊射機と呼んでいる、弾を込めて撃つ魔道具の一種です。弓矢を弾に変えたものだと思ってください。弾はここに入っており、引き金を引けば飛び出します。弓矢よりも早く飛び出し、威力を保ったままのめり込んで破裂する仕組みです。この部分は籠手として使用していますが、実際には弾倉となっています。腕と密着させることで安定するので、このような形になっています。撃つのは簡単ですが、少し練習が必要なのは弾倉の入れ替えです。僕の腰に下げた、これ」

 と、指差して、皆に見えるよう一回転する。シウを見てもらうために皆に座ってもらったのだが、ジッと見られるのはどうにも居心地が悪い。

「替えの弾倉です。腰帯に引っ掛けてますので、ゆっくりやってみますから、見ていてくださいね」

 左手の弾倉をまず外し、そのままフック状にした金具を腰帯に通し、抜き去る手で隣の替え弾倉を取る。それを、持ってガシャンとはめ込んだ。

「音がすれば、はまっています。ちゃんとはまっていないと引き金は引けません。慌てないで、この作業を練習してみてください」

「シウがやると、どれぐらいで替えられる?」

 キリクが手を挙げて質問してきたので、やってみせた。

「こうです」

 言い終わる前にはもう入れ替わっていた。

「はやっ」

「すごい…!」

「神業だな」

「いくら開発者だからってな。元が器用なんだろうな」

 などと声が上がった。

 照れ臭いのでやめてもらいたくて、シウは声を上げた。

「では、実際に撃ってみます。さっきも撃ってもらいましたが、先が見えずによく分からなかったでしょう?」

 適性検査の時は的は作らずに、シウのとっておき「スライム仕立てのゲル」を使って弾の無駄使いを押さえていた。特殊な術式を掛けているから、と言ってあったのは、弾が通らない魔獣もいるのではと思われたくなかったからだ。

 確かに、弾が通らない魔獣もこの世にはいるだろうけれど、少なくともここにいる魔獣には全て通用した。そんなことはおくびにも出せないが。

「では、撃ちます」

 分かり易いようにと構えてみせてから、広場の端にあらかじめ置いていた岩の固まりへ弾を撃ち込む。

 人間ではないので衝撃音と共に砕かれる。バラバラになった岩の塊がそれぞれに音を立てて落ちた。

「「「「…………」」」」

 空気がシンとしてしまった。

 あれ? あんまり驚かない? 

 困惑して、キリクを見ると、こちらは分かり易く驚いてくれていた。良かった。

 もしも、武器としては威力が足りないなどと言われたらどうしようと思っていたのだ。鉛弾もあるにはあるが、最後の手段にしたかった。

「……分かっちゃいたが、実際に間近で見ると衝撃的だな、おい」

「ああ、俺も驚いた。いや、先日撃ってるところは、見たけども……」

 大人二人組が呆然としつつも話し始めたので、それがきっかけとなり、車座で見ていた三十人もそれぞれ隣り合った者同士と話し始めていた。

 どういうきっかけにしろ、仲良くなるのは良いことだ。

 そうして、その後、注意事項を懇々と、特にキリクを中心に何度もしつこく説明した後、皆に撃ち方の練習、そしてもっとも大事な弾倉の入れ替えを練習してもらった。


 夕飯は、そのメンバーで摂ることになった。

 カラカリが仲間と共に用意してくれたので、広場にて座って食べる。

「一番危ないのは弾倉の入れ替え時だからね。無防備になりやすいから、とにかく素早く冷静に入れ替えること。それから、必ず護衛の人と一緒に行動。魔獣も上位種になるとバカじゃないから、その場で一番強い者を倒しにくる。くれぐれも気を付けてね」

 と、力説していたら、キリクにパコンと頭を叩かれた。

「お前は母親か。飯時ぐらいゆっくり食べろ」

「食べてますよ」

「あと、周りの心配ばかりしてるが、お前自身も危険なんだ。こういった場では素人、あ、いや、待てよ。お前もしかしてもう素人とは呼ばなくてもいいんじゃないのか?」

「はあ」

 キリクは頭を掻いて、それからジッとシウを見下ろした。

「冒険者ランクが十級だったっけ」

「ですね」

「……でも、山奥で暮らしていて、魔獣の群れを倒したこともあると」

「ありますね。ちっちゃい時は爺様と一緒でしたけど」

 あの頃は魔法もほとんど使えなくて、二人して考えた武器を使ったり、落とし穴を利用したりしていた。

 大抵はなんとかなるものだ。特に爺様は腕利きの冒険者だったようだし。

「……ここにいる兵よりも、腕は上かもしれんってことか」

「それは分からないですけど」

「この中に三目熊を一人で倒せる者いるか? 三十分以内でだ」

 二人、手を挙げただけだった。

「オーガは? 魔法や武器を使ってもいいが」

 今度は誰も挙げなかった。

 キリクはぐるりと皆を見回してから、やがてシウのところで視線を止めて、はあと溜息を吐いて、

「ま、お前が心配するのもよく分かった。俺も付いていくが、お前も見てやってくれ」

 と頭を下げたのだった。

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