153 塊射機隊の初出動




 晩ご飯の後も少しだけ練習して、三十人を三つのグループに分けた。

 交互に地下へ入っていくのに、二組では厳しいからだ。

 軍の方からは、少ないのでは? と注文があったようだが、少数精鋭の方がいいんだよとキリクは返していた。

 そして、夜、完全に暗くなったところで、最初のグループと共に、シウは地下へと降りて行った。

 上層はなんとか殲滅したそうで、現在は中層に差し掛かっているそうだ。そこで思いの外手間取っており、気を抜くとまた魔獣が溢れんばかりに増えてくるらしい。

 確かに魔素溜まりがあちこちにあって、意外と上層にまで流れ込んでくるものだと知った。

 更には魔獣の死骸を始末しきれないので放置しており、それが魔素溜まりを生む原因にもなっていた。

 魔獣は繁殖しても生まれるが、こうした淀んだ場所の濁った魔素溜まりからも生まれるそうだ。ここはきっと生まれてくるに相応しい場所なのだろう。

 地下迷宮も管理できなければ、こうなってくるに違いない。

「この合図は覚えました?」

 冒険者特有の指を使った合図を見せる。皆が一斉に頷いた。

 真面目に聞いてくれるので助かる。やはり性格に難ありの人を省いて良かった。

「では、斥候経験のある人に」

「はい! 俺が先に行きます」

 クレメンスという男が手を挙げ、先頭に立った。

 伍長という階級らしいのだが、シウはよく分からないので皆を名前で呼んでいる。

 呼び捨てでいいというので、シウもそうしてもらって、この場ではマナー廃止というルールにした。

 ちなみに、皆の前だからと気を遣って喋っていたキリクに対しても、もう取り繕うことなく話すことにした。

「キリク様、遊撃として中央に。後方は弓兵と魔術兵で固めていてね」

 小隊を作っての行動となり、軍から兵を預かって地下へと進んだ。


 中層まで向かう間にも、生き残りや魔素溜まりから新たに生まれた魔獣などが出てきており、クレメンスが斥候として役立ってくれた。

 この行程が、意外にも良い練習となった。

 一斉に魔獣から襲われると塊射機だけで対応するのは難しいだろう。が、ぽつぽつと現れる魔獣は狙いやすく、順番に塊射機で撃っていけたのだ。

 よほどの不器用でなければ外さない仕様の塊射機だったけれど、さすがに自分たちで立候補して、更には運動神経の良さそうな人を選抜しただけあって、皆が一発か二発で仕留めていた。

「魔術兵の皆さんは、死骸を始末してくれますか? あ、そこまでの火は使えないのか。うーん」

 しようがない、と背負い袋から油と着火用の魔道具を取り出した。

「この油、ものすごーく燃えるので、ちょっとだけ振りかけて火をつけてください。水なら、使えます、よね?」

 鑑定しているので使えることは分かっているが、断定できずにそんな聞き方となった。魔術兵は、はい、と頷いて真剣な顔で話を聞いてくれている。

「万が一燃え広がったら、水で消してください。この死骸ほっとくとまた魔獣が発生しそうなので、お手数かけますがお願いします」

「先行部隊は、前へ行くことしか考えてねえな」

 キリクが苦笑していた。

「こんなに魔素濃度の高いところで、死骸を残していたらまずいんだけどね」

「冒険者の経験がないと、まあ、身に沁みないだろうなあ」

「キリク様のところの地下迷宮に、兵士の訓練の一環として放り込んだら良いんじゃないかなあ」

「……お前って、ほんと容赦ねえな。時々ものすごい鬼に見えるよ」

「ひどい」

「まあ、でも、良い案だな。あそこは安全だ。訓練するにはもってこいだろう」

 などと軽口を言っていたせいか、緊張しっぱなしの小隊からは適度に力が抜けて行った。


 中層近くまで進むと、俄かに魔獣が増え始めた。

 それに対し、皆、落ち着いて対処することができた。中衛となる塊射機隊が強い個体や近付きすぎる魔獣を撃ち殺していく。少なくなった魔獣を前衛が刀や槍を使って倒し、後衛からは弓矢などで挟み込む。魔術兵も水などで誘導し、即席の小隊とはいえ、順調に進んだ。

 途中、休憩を挟むことを提案した。

 魔獣をすべて通さない勢いで討伐する気だった皆は驚いていたけれど、どうせ撃ち漏らしても地上では蟻も通さない勢いで竜騎士たちが魔獣狩りをしている。

 ちょっとは仕事を与えたら、とのんびり言ったら、皆が脱力していた。

「結界を張るから、もう少し中央に入ってください」

 皆を集めて、中層近くの少し広くなった洞穴で、シウは結界を張った。

「じゃ、一時休憩しまーす。念のため、武器は下ろさないように。でも飲んだり食べたりしても大丈夫ですよ。ハイオークぐらい屁でもないです」

 結界用の自作魔道具だと偽って、スライムで作ったゲル状の四角い置物を四隅に置いたのだが、魔術兵がとても興味深そうに眺めているので良心が咎めてきた。

 後で本当に結界用の魔道具を作ろうと決めた。


 ほんの十五分ほどでも休憩できたのは良かったようだ。

 その後もかなりの集中力を発揮し、中層を進むことができた。

 今回は新たな武器、新たな小隊での行動だったため、長く滞在せずに撤退する。

 そうして夜中の間に二回、交替を繰り返して塊射機隊の動きを確認した。



 翌朝から二人ずつ、各隊に配置されて、交替で中へ入ることとなった。

 シウは徹夜だったし、子供だからと睡眠を取るよう促され、専用のテントで寝ることにした。

 地下へは連れて行かなかったフェレスが、不貞寝していたのでその横に寝転んだ。

「次は連れていくからー」

「にゃ!」

 ぷん、と尻尾を振られてしまった。

「だって初心者を連れて行ったんだよ。フェレスに当たったら怖いでしょ」

「……にゃぁ」

 そうなの? とこちらをチラッと見る。

「魔核はないから大丈夫だと思うし、防御のスカーフを巻いてるけどさー。フェレスに何かあったら、嫌だもん」

「にゃ。にゃにゃ」

 うふ、ふーん、そうなのー? と、嬉しそうにてれてれとして、ゴロゴロし出した。

「許してね、フェレス」

 ね? と頭を撫でたら、フェレスは髭をぴくぴく、口元をもぐもぐと動かしてから、小さく鳴いた。

「みゃ」

 いいよ、だそうだ。

 機嫌を直してくれたフェレスと一緒に、それから数時間の間は一度も目を覚まさずに眠りに就いたのだった。



 起きたのは朝遅い時間、どうかすると昼に近い午前中だ。

 テントの中で勝手に朝ご飯を食べて外に出ると、増援部隊や、交替などで広場が騒がしくなっていた。

 本隊のほとんどはクレーター内部にテントを張っており、あぶれた者や入りきらなかった部隊などが外で待機している。

 当初ここにいた竜騎士隊も、クレーターの外でテントを張っていた。

 顔見知りになった騎士たちと挨拶を交わし合いながら、先へ進むと、カラカリと出会った。

「あ、シウさ――ん」

 様付けは止めてと頼んだので、かろうじて止めてくれたようだ。

「おはよう、カラカリ。休んだの?」

「アウグスト様に強制的に休まされた。今、交替してまた上空の偵察に向かわれたよ」

「そうなんだ。今の状況って、誰か分かる人いる?」

「ええと、エリク隊長は、内側かな。あ、オスカリウス辺境伯の竜騎士団なら何人か見かけたよ。でも戦況まで分かる人はいないか。あとはブロスフェルト師団の人たちだけど、シウさんは、上の人とはまだ挨拶してないよね」

「うん。となると、無理かあ」

「ごめんね。上の人って、どうしても上の貴族になるから」

 庶民は軽々しく話をすることができないのだ。

「まあ、いいや。とりあえず、テントでおとなしくしているね。用事があったら、呼んでもらえる?」

「分かった。あ、食事は」

「自分で用意してるからいいよ。もう朝ご飯も食べたしね」

「えっ、そうだったんだ。ごめん。気が付かなくて」

 心底から、申し訳なさそうに謝るので、シウが慌ててしまった。

「いいよいいよ。気にしないで」

「……でも、軍が招聘したのに。僕もちゃんと申し渡しはしていたつもりなんだけど。ごめんね。僕等の竜騎士団と、国の軍隊はまた違う組織だから、きちんと伝わっていなかったのかも」

「本当にいいよ。気にしてないから」

 軍にもいろいろあるようで、大変らしい。

 関わらないのが一番だなと思って、シウはカラカリにくれぐれも事を大きくするなとお願いした。


 少し気になって(《感覚転移》)であちこち覗いてみる。

 視えたのは、先行部隊が下層まで進んでいるところで、かなり落ち着いてきている。数も随分と減っていた。竜化しかかっている魔獣がまだ数体残っているものの、インペリウムオーガのような大物はいないようだった。

 もう少し行けば、地底竜のいる大洞窟へと到達するだろう。

 あれに手を出すと余計なことになるから、ハーレム状態を確認したら撤退するはずだ。

 上手くすればここを地下迷宮として管理することも可能となる。

 王都に近く、意外と上手くいくのではないだろうか。そう思うと、つい、キリクに通信を入れて、唆してしまった。キリクからの返信は、商売敵が増えるじゃないか、という軽いものだった。

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