154 料理でのんびり仲良くと
商売敵は冗談だろうが、コントロールできるならそれにこしたことはない。
キリクも本気で考えはじめたようだ。
ただ、想像の域を出ない「竜の争い」による魔獣スタンピード発生だから、とにかく一番下まで行って確認するよと言っていた。
本当なんだよね、とは言えないし、無理しないでねと告げるに留めた。
暇なのでフェレスと遊んでいたら、地下から交代で帰ってきた塊射機隊の面々がやってきた。
「すみません、魔獣の血が飛び散って汚してしまって。引き金は動きますが大丈夫でしょうか」
「あ、そっか。それ、浄化機能も付けているから極々小さな魔力を通しながら《浄化》って唱えると綺麗になるよ。ついでに持ってると自分自身も浄化しちゃうけど」
「えっ……そんなすごい機能が……」
びっくりした顔をして、話しかけてきた兵がしげしげと塊射機を見た。だが、銃口を自身に向けたりと矯めつ眇めつ眺めるものだから、慌てて注意した。
「ダメだよ! いくら安全装置が働いているからって、そんな危険なことしたら」
きょとんした顔をするので、シウは他の面々も見回して、腰に手を当てて叱る格好になった。
「魔道具とは言うけれど、それは武器の端くれです。暴発がないとは限らない。武器を持つ者は用心すべきです。何重にも安全装置は掛けたけど、人間のやることに完璧なんてないんだから!」
「あ、はい……すみません」
「剣だって、腰に吊るすとき、鞘から外して持ち歩いたりしないでしょ?」
「あ、そうか」
「ほんとだ。そうですね……」
そこでようやく事の重大さが伝わったようだ。
「僕も最初に説明した時、誤って人間を撃っても死なないとは言ったけれど、怪我はするんです。さっきも言ったけど、万が一もある。だから、気を付けて取り扱ってくださいね」
「はい!」
その後、空になった弾倉がかなりあるというので、弾を詰めようとしたら皆が手伝いを申し出てくれたのでお願いすることにした。
魔法だと一気にできるけれど、せっかくの好意を無駄にしたくなかった。
彼等は交替要員たちの予備弾倉もせっせと作って、休憩に入っていった。
昼時になると、スヴァルフとリリアナがやってきた。
一緒にどうかと誘われたので、シウとフェレスは彼等の昼ご飯に相伴することとなった。
が、戦時の食事がどれほど貧しいのかを改めて悟った。こんなんじゃ力が出ないだろうにと思って、自分のテントに運び入れていた荷物の中に食糧もあったことを思い出し、料理を作ってあげることにした。調味料や足りないものは自分で持ってきたと言って、こっそり空間庫から取り出す。
「竈を作り替えますから、ちょっと離れていてくださいね」
こんな時の為に作っていた魔道具を起動し、土属性魔法で作った大火力用の竈を作り出す。鉄板はさすがに取り出せないので、鉄鍋を生産魔法で変形させて作り直した。
あまり大量に肉を使うとどうやって持ち込んだかばれそうなので、人数には足りない肉のかさ増しとして小麦粉を練って麺にする。それらは魔法でちゃっちゃとこしらえた。
あとは炒めて焼きそばにするだけだ。野草も、朝のうちに森で取ってきたと嘘をついて、どんどん追加していく。
「……すげー、超良い匂いがする」
「たまらん。なんだこれ」
「やばい。俺もうだめ。まだ食べちゃだめなのか」
鉄板の周りには騎士たちがむらがってきて、他所の騎士や兵まで近付いてきた。
やっぱり食べ物は大事だなあと思う。
「もうすぐです。はい、出来上がり。次々作るから、分けて食べて。あと、そこのスープも飲んでお腹の足しにしてください。パンはさっき言った通りにすると堅焼パンでも食べられますから!」
声を張り上げて伝える。最初の話を聞いていなかった兵が、堅焼パンをどうするんだ、と聞いている。それを別の騎士が教えようと、目の前でやって見せていた。
「おー、なんだこれ、ふっかふかだ!」
それは大袈裟だと思ったが、堅焼きパンが柔らかくもなれば気持ちは分かる。
「いつもは水や湯に付けてふやかしていたのになあ」
「水属性あると便利だぞ。光もあればリフレッシュできてなお良い。で、火属性で温めるんだ。魔力は全部ちょっとでいいってさ。そうそう、こっちの方が大事だよな」
「ちょっとって言うが、俺、水属性ないんだけど」
「やってやるよ」
と、同僚でなくとも声を掛けていた。
「仲良きことは美しきかな」
と、呟いたら、そーっと近付いてきたスヴァルフが、それどういう意味だと聞いてきた。適当に答えると、ふうんと興味なさそうな返事だったが、何度も繰り返していたので何か感じるところがあったのかもしれない。
そのうち、人が人を呼ぶのか、他の兵まで集まりだした。
クレーター内部にまで話は行っていないようだから良かったものの、結構長い間、調理を担当してしまった。
暇なので良いけれど、塊射機関係で来ている身分なのでちょっぴり罪悪感は残った。
スヴァルフからは感謝されたが、いいのかなーという気分である。
昼過ぎからは、塊射機隊の別の交代組がやって来たので交流を深めたり、食糧事情が可哀想なので森に入って食べられるものを調達したりと討伐には関係ないことをして過ごした。
意外にも大変喜ばれたので、良しとする。
こんなに大きな隊でも、調理専門の人間は来ておらず、大変そうだ。
「師団には一応いるんですよね?」
「うーん、いるにはいる。でも、あれは将校のための料理人だな」
休憩時間なのだから休めばいいのに、何故か今はランヴァルドや塊射機隊の交代組が数人集まっていた。
シウは自分のテントの横で、小麦粉からせっせと麺を作っていた。
焼きそばの作り方は数人の騎士や兵たちに教えていたので、麺だけ用意しているのだ。
「それにしても手際良いし、魔法使うし、すごいな!」
「まあね。小さい頃からの習慣だし。魔法はねえ、生活魔法に特化して考えると意外と使えるんだよ」
「へえ」
手元を眺めていたランヴァルドが、同じく様子を見ていた塊射機隊の面々に視線を向けた。
「ところで、こっち来てても大丈夫なのか? 軍は規律が厳しいだろ。あ、いや、責めてるんじゃないんだ。ただ、うちは割と気楽なんだけどさ、そっちは大変だろうから」
「そうですね。でも、今は塊射機班に出向ということになってて、取扱いを聞くという名目なら離れても良いことになってるんです」
とクレメンスが答えた。
部署は違えど、ランヴァルドは遙か上の階級らしくて、クレメンスは緊張しつつ敬語で話している。隣にいるラーシュはまだ十八歳で、二等兵ということらしい。これならシウにも分かる。下の階級だ。だからか、彼は固まったままだった。
「ブロスフェルト師団だから、それが許されるんだろうな。今回の試みだって、隻眼の英雄の指示を仰ぐってのも、王命とはいえすごいことだし。他の師団だったら絶対上手くいってなかったと思うわ」
「そうなの?」
「シウは庶民だし、ていうか、お前さんまだ子供だったな。じゃあ実感ないだろうが、派閥みたいな、そういうのがあるんだよ。軍とか貴族とかにはね」
そういうランヴァルドも貴族のようだ。聞いてはいないが、階位は低いのだろうと思った。
「ふうん。ところで師団名の、ブロスフェルトって家名なんだよね?」
「そうそう。師団長のエラルド=ブロスフェルト少将が率いているから、ブロスフェルト伯爵家の名が冠されるわけだな。でも、よく知っているな」
「本に書いてあったので。趣味が読書なんだ」
「……料理じゃないのか?」
また麺に視線を向けた。
「料理も趣味、だね。……でも一番の趣味は節約、かなあ」
「ぶはっ」
「ちょ、汚い! 《浄化》《浄化》《浄化》!」
「お、おま、そんな何度も浄化しなくたって! ひでえよ」
「ひどいのはランヴァルドさんです。頑張って作ってるのに」
すまんすまん、と笑って謝られた。
その後も入れ替わり人が出入りしていたけれど、ラーシュだけは残っていた。
鑑定してみると、知力と体力が減っている。精神力というのもあれば分かり易いのにと思いつつ、ラーシュに飲み物を入れてあげた。
「え?」
「疲れてるみたいだから。ついでにポーションの効能もあるよ。紅茶だから、眠気覚ましにもなるし、飲んでみて」
「あ、ありがとうございます」
「ううん。それより僕等、似たような年齢だし、ため口でいいよ?」
「……いいのかな」
ラーシュは温かいコップを両手に持って、子供のように少しずつ飲みながらポツリと零した。
「何が?」
「だって、あの、先生なのに」
「……僕が? そんな御大層なものじゃないよ。たまたまキリク様と知り合っただけで、しっかりとした攻撃魔法を持ってないから作った魔道具を、偶然知られてしまって仕方なく提供しただけだし」
ふうと溜息を吐いた。
「だから、戦場に来るとは思ってなかったんだよね」
「そうなんだ……。大変だね。考えたら、君ってまだまだ小さいのに」
「小さいのには余計なんだなあ」
と言って笑ったら、ラーシュもようやく笑ってくれた。
まだ若いのにこんなところへ駆り出されて、しかも塊射機隊というのは最前線に行かねばならないし、慣れない人には辛いだろう。彼を選んだ手前、申し訳なく思った。
「……これ、持ってて。ラーシュを守ってくれるから」
と、ポケットに入れていたピンチを取り出した。防御機能の付いたものだ。ついでに治癒も付けておく。ラーシュは不思議そうに首を傾げていたけれど、大事に持ってるねと返事をして受け取ってくれた。
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