527 愛情取引、ばれた騎獣の子、圧力鍋




 魔獣魔物生態研究の授業では、生徒達からの話を受けてバルトロメが若干話を脱線させつつ授業をしてくれた。

「シウが言った通り、希少獣は人間と同じように愛情を感じられる生き物だから、調教するにも愛情を示すと、そうでない場合と比べて全然違ったものとなるんだ」

 皆を見回して、バルトロメは白板に書きつけていく。

「では、愛を持たない魔獣はどうだろう。召喚して屈服させれば使役することも可能だ」

「以前習った時には、魔獣とは仲良しごっこはできないから、常に取引であると聞きましたが」

 生徒の1人が手を挙げて発言すると、確かにとバルトロメは頷いた。

「ただし、召喚を繰り返すごとに繋がりの糸が太くなり、更に愛情を示すと実は信頼を返すことが最近の研究で分かっている。ただしそれも、使い捨てを前提とした戦い方を強要していれば、その限りではないようだ」

「かといって、ペットとして飼うわけにもいかないですしね」

「そうなんだ」

 そこで、先生は一呼吸入れてから続けた。

「何が言いたいのかというと、魔獣でさえも、上手くやれば取り込むことが可能だということだ。あの、魔獣でも、だ。もちろん対価を与え続けたからこそで、餌で釣っているとも、魔素を供給するから現金なのだとも言われているがね」

 となると、だ。

「そう、皆も分かったよね? ようするに人間が一番汚いのさ。餌を与えていても裏切る者は裏切る。この世で一番扱い辛く思い通りにもならず、愛が通用せず、常に不信感を抱かざるを得ないのが人間なんだ」

「人族、という意味の人間ですか?」

 プルウィアが聞きづらいことを質問してくれた。するとバルトロメは、苦笑気味に答える。

「全体として人間は、だ。けれどその中でも性質の悪いのが人族だろうね」

 更に、生徒達を見回して続ける。

「その中でも貴族は更に性質が悪いだろうね。常に権謀術数が必要だなんて、貴族でしか有り得ないよね」

 肩を竦め、冗談めかして言うけれど、本音のようだ。

 ほとんどの生徒が貴族の子弟であるクラスでよく言うなと思ったが、バルトロメ自身も貴族なのだった。

「時々、庶民の愛情深い家庭を見ていると、夢みたいな気になるね」

「羨ましい時ありますよ、先生」

「お、分かってくれるかい?」

「特に、シウなんて見てると、羨ましくて」

 生徒の誰かが発言してクラス中に笑い声が上った。

「でもその代わり、時々貴族に絡まれるんだよ?」

 シウが返すと、更に笑いが起こり、大爆笑となってしまった。

「絡まれてもシウならなんとかするよ。それに、フェレスがいるからね」

「そうそう。逃げられるのは大きい」

「逃げても生きていけるのがシウだものね」

「でも逃げないで頑張るんだよね?」

「うん」

 じゃあ、根回しと権謀術数は自分達の役目だなあと誰かが言って、授業が自然と始まった。

 良い友人達に恵まれたなと思うのは、こんな時だった。




 翌日、水の日になって生産の教室に出向くと、途中で転籍してきた生徒達に質問された。

「もしかして、その子って騎獣の子?」

「うん」

「そうだったんだ! ずっと猫の子だと思ってたよ」

 生産には庶民出身者や貴族でも階位の低い者しかおらず、アマリアが珍しい存在だった。そのためか、噂話をようやく今頃耳にしたようだった。

「寮で噂していたよ。2頭も騎獣を持っているって、その、悪いような言い方で」

「何人かに聞かれたんだけど、僕等もよく知らないしさ」

「あ、ごめんね。騙すつもりはなかったんだけど、ばれちゃうと面倒くさいことになるから、生徒には言ってなかったんだ」

 暗に学校側には許可を取っていたということを口にすると、皆一様に首を振った。

「僕等のことはいいよ。黙っていた方がいいだろうし」

「気付かない僕等が鈍感なんだろうね」

「もしかして、僕のことで何か言われた? ごめんね、迷惑かけて」

「いいよいいよ。僕等は授業で何度も助けてもらってるし、面白いものも見せてもらってるから迷惑どころか、感謝してるんだ」

「そうそう。気にしないで。それより、何か助けになれることがあるなら言って。あんまり貴族相手に力になれないだろうけど」

「ううん。ありがとう」

 そこにアマリアもやってきて、彼女はクラスメイト達の態度にとても感動して、手を握らんばかりに感謝の意を伝えていた。

 高位貴族の美しい女性から感謝された男子生徒達は、皆真っ赤になって俯いていた。


 授業では、シウは調理関係の道具を作った。

 歩球板はもう完成していて、前回の授業の時にも乗り回していてクラスメイト達も気晴らしに乗っていたが問題はなさそうだった。

「今度は何を作っているんだ?」

 レグロが興味深そうに覗き込むので、シウは自慢げに答えた。

「圧力鍋です」

「……ふむ。また奇妙なものを」

「時間短縮に良いのに。料理しないんですね、レグロ先生」

「嫁がやるからいいんだよ」

 ふんっ、と偉そうな態度で言ったが、顔が赤らんでいたのでたぶん自信がないのだろう。

「大分前に作ってたんだけど、便利だから広めたらって言われて」

「下宿先の家にか」

「はい。料理長もよく使ってくれて。それで、一般向けに手直ししてるんです」

「というと?」

「魔法を使わずに、普通にただの調理器具として使えるように、改良してみました。あと危険なものでもあるから、極力安全になるよう対策を」

「安全っていうのは、お前さんが良く言うことだからな」

 そうかそうかとシウの頭を撫でて、いつもならそこで去っていくのに、ふと足を止めた。

「それで、その器具を使ったらどうなるんだ?」

「時間短縮できるんです。圧をかけて、煮込みなどの時間を早めるから、たとえばスープでも出汁でも、早く作れます。煮込み関係なんてびっくりするぐらいです。お米も炊けますよ。麺類も早いし」

「おっ、おおう、そうなのか」

「ちょっと試しに作ってみましょうか」

 あ? と変な返事をするレグロを無視してトマトを大量に使ってソースを作った。

「トマトしか入っていないので濃いですけど、どうでしょう」

 渡すと、おっかなびっくりで舐めてみて、驚いていた。

「甘いな」

「完熟なので、そのへんは。ただし、これを普通に作ろうとすると火の前で延々と掻き混ぜていないといけません。そうだなあ、この量だと4時間から5時間かな」

「そ、そんなにか!」

「ソースって時間かかりますよ」

 そうだったのか、とレグロはショックを受けたような顔をしていた。奥さんに失礼なことを言った過去でもあるのか、顔色も赤くなっていた。

「……先生、良かったらおうちで実験台として試験してみてくれませんか」

「あ?」

「うちでも料理長が使ってくれてるけど、考えたら他に使用実験してくれる人がいなくて」

 シェイラは確実に自分ではやらずに誰かに使わせるだろうし。思い出して苦笑していたら、レグロは、戸惑いながらも受け取ってくれた。

「使い方はこちらに書いてます。さっき見てくれてたから大丈夫だと思うんですけど、気を付けてくださいね」

「分かった」

「あと、レシピの参考に、こっちも」

 幾つかのソースやスープの作り方を書いたものを渡した。

「こりゃあ、食堂のメニューにあるやつか」

「そうです。圧力鍋があれば、食堂でも大量に作れるので楽になるかなと思って、あちらにも声を掛ける予定です」

「そうか」

 それを聞いて肩から力が抜けたようだった。

 ソースの半分は取り出して、残りは参考にどうぞと入れたまま渡した。


 ちなみに、匂いでお腹を鳴らす生徒がいたので、ソースは瓶に入れてお裾分けした。

「オムライスにつけても美味しいよ」

 と言ったら、そもそもオムライス自体を知らなかった。

 なのでパスタに和えるとか、ハムエッグに付けるとか、と慌てて説明を加えた。

「あ、でも、揚げたジャガイモに付けるのが一番美味しいかな」

 オムライスの次にシウのお勧めだ。

「カレーに入れて、トマトカレーとしても美味しいんだよ」

「……シウ君、もうやめて」

「え?」

「お腹空き過ぎて死にそう」

「僕も」

「早く授業が終わらないかって思ったの、初めてだよ」

 シウもクラスメイト達から恨めしい目で見られてしまったのは初めてだった。

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