091 糸引き豆
ドワーフのアグリコラとは今でもたまに会って生産の話をしたりする。
シウが、女性向けのポーションを作ったので瓶を可愛く作りたいんだけどと相談したら、付き合ってくれたのも彼だ。
ガラス製品は畑違いなのに、同じ生産だからと興味津々で付いてきてくれて、工房を紹介してくれたのもアグリコラだ。
良いものができたねと褒めてくれたのだが、あれはお世辞だったのだろうか。
ちょっと落ち込みつつ、鞄を背負いなおした。
「……成分に、コラーゲンって書いてあったが、あれなんだろうな?」
まだ気にしているキリクを無視して、シウはサラと先へ進むことにした。
「サラさん、あっち行きましょう」
「え、あ、そうね!」
にこにこして、サラは元気よく歩き出した。
更にはシウの手を取って振り回す。
「いいものをくれたわ! ほんと、気分がいいの」
「……おい、変な成分が入ってたんじゃないだろうな? ハイテンション過ぎるだろ」
「何の心配してるのよ。違うわ! 自分が一番分かるもの。うふふー」
ゆっくりと歩いて追いかけてくるキリクに、サラは振り返って微笑んでいた。
その後ものんびりと十五階の層を進み、時に魔獣を倒してみたり、罠を解除したりと楽しんだ。
サラはあれからというものシウに付きっ切りで、なんでも教えてくれる。
罠の解除も彼女がしてみせて、闇属性の使い方などをかなり詳しく伝授するので、キリクやイェルドを驚かせていた。
「魅了でもかけられたんじゃないだろうな?」
軽口を聞き流して、ようやく十五階層を制覇したら、下への階段を見付けられた。
降りると転移石があり、戻ることになった。
各階とは言わないが、要所要所に転移石があるそうで便利なものだった。
その仕組みを解明できたらいいのだが、いまだ分かっていないようだ。
ただ、迷宮が魔物だとしたら、その腹の中での移動というわけだから、考え方や構造自体が普通の転移とは違うのだろう。
ある種、空間魔法の中にいる、一種の異世界だろうと思った。
お昼ご飯が簡単な「冒険者飯」である堅焼パンだったので、晩ご飯は豪華なものとなった。
特産の魔獣を使った肉料理もあれば、シャイターンからの交易品も多く使われており、珍しいものばかりだった。
米料理も用意されており、シウのテンションはダダ上がりで、キリクたちを驚かせた。
「もち米がある! ああ、でも使い方が」
せっかくのもち米を上手く調理しきれていないことに残念がったり。
「【味噌田楽!】味噌だ、この味噌、甘くて美味しい」
醤油も甘めの味で、昔の転生者は九州の人だろうか、と考えたり。
喜んでいたら、宿の主人が気を良くしたのか、あるいは領主の客人の騒ぎっぷりに乗っておこうと思ったのか。次々とシャイターンの料理や素材を持ってきてくれた。
「【納豆】? すごい、こんなものがあるんだ」
「おお、ご存知なのですか? こちらでは糸引き豆と呼ばれております。少々、いえ、かなり独特の風味でございますから食べられる者が少ないのです」
「そうなんですか、ああ、そうかも。ところで、生卵はありますか?」
そう言うと、主人が目を見開いてから、ゆっくりと笑顔になった。
「通でございますな。ええ、ございますとも。すぐさまお持ちいたします。これ、お前たち」
メイドを呼びつけて、すぐに持ってきてくれた。
念のため、浄化をかけてから、卵を割って掻き混ぜていた納豆に入れる。そこに醤油をかけると良い匂いがしてきた。
ただし、キリクたちはずっと顰め面だ。サラなどは遠く離れた席に座りなおしてしまった。
「わあ、新鮮な卵ですね!」
「もちろんでございます。さあさ、どうぞお食べください」
「はい!」
ものすごく久しぶりの納豆だった。豆のコクは浅い気もするが、懐かしくて美味しい。
それほど納豆が好きだったわけではないのに、面白いものだ。
「お米もすごく上手に炊かれてますよね? こちらの厨房にはシャイターンの方がいらっしゃるんですか?」
主人はもはや領主そっちのけで、シウの対応をしてくれていた。
にこにこ笑って、ええそうですと頷く。
「この良い立地条件に甘えてばかりいては宿としても成り立っていきませんから、常に新しいものを取り入れてございます。もちろん、伝統の味も守ってはおりますが、キリク様は新しいものがお好きですしね。シャイターンの料理は独特ではありますが、その分人気もありまして、こうしてひそかにお出ししているのですよ」
「そうなんですか」
「お客様のように舌の肥えた方がいらっしゃると、わたくしどもも大変嬉しく、励みにもなります。今回はこのように我が宿のすべてを振る舞えたこと、とても誇りに思います。どうぞ、何か気になった点などございましたら、お教えいだけますでしょうか」
シウがもち米を気にしていたことに、目敏くも気付いていたようだ。
なので、せっかくだからと、話をする。
もちろん料理が冷めては勿体無いからと、食べながらの会話だ。そのうちに、厨房から料理人が何人かきて、わいわいと楽しく過ごした。
これだけ好きなようにできるのも、キリクが普通の領主と違うからだろう。
宿の主人も立場を弁えつつ、シウの喜ぶ姿をみてこのようにすればいいと判断したようだ。キリクもそれを許していたようだった。
後で、はしゃぎすぎてごめんなさいと謝ったら、キリクは「ようやく子供らしいところを見られて良かったよ」と頭を撫でて、許してくれた。
ただ、納豆だけは存在が許せないと、サラとイェルドと共になって奇怪なものを見るような顔でシウを見ていた。
話し込んだせいで遅くなったが、飛竜には乗れるようだ。
「暗闇でも飛べるんですか?」
と、質問したら、キリクが自慢げに頷いた。
「こいつらには夜間飛行の訓練を受けさせている。これぐらいの宵のうちなら大丈夫だ」
「明かりもなく?」
「念のために、前方三百メートルで灯すようにしている」
なるほど、考えられているようだ。敵の襲撃に備えることと、目指す位置を示す。
「……お前は本当に聡い子だな」
シウの考えていたことが分かったらしく、キリクが呆れたような顔で笑った。
キリクの飛竜にシウは乗っているが、隊長の飛竜にはイェルドと竜騎士、荷物ばかりが積まれていた。
「出発だ!」
号令をかけて、キリクの操る飛竜が飛び上がった。
最初はふわりと、やがて高度を上げて安定してくると速度を上げ始めた。
空気抵抗をなくすための魔法は、飛竜によって違うらしく、今回は風をあまり受けなかった。飛竜が苦手な場合は竜騎士が風属性の魔法で調節するようだが、往路ではわざと風を感じさせてくれたのかもしれない。初飛行だったから、子供へのお茶目なプレゼントだったのだろう。
「地下迷宮では魔法を使わなかったな。どうしてだ?」
手綱を操りながら、明かりを目指して飛んでいる。視線は前を向いたままだが、後方に座るシウへ問うているのは分かった。
「誰も使っていなかったので、そんなものかと」
「そうか。俺はぜひとも使うところが見たかった。だから地下迷宮に連れて行ったのに」
「あ、そうだったんですか。てっきり観光かと」
不意に振り向かれて、ジッと見つめられた。
前を向け、とは思ったが、手綱はきちんと操られている。
シウの《全方位探索》の強化版で視ていても、特に問題はないようだ。
「お前は不思議な子供だ」
そう言ってまた前を向いた。
「……どこかで会ったような気もするし、初めて見る人種のようにも感じる。面白いが、怖い」
「怖い、ですか?」
「ああ。未知なるものへの恐怖と言えばいいのか。知らないことが怖い、というのを初めて感じた」
そういった感覚は理解できるが、シウに対してそう思われてもなあと、反応に困る。
それを感じ取ったのか、キリクが苦笑しながら肩を竦めた。
「だから、俺は知りたいと思ったんだ。お前を。でも、あまり分からなかったな。不思議だ。だが、嫌な気分ではない。面白い」
「そうですか」
「……浄化魔法を無詠唱でほいほい使ったり、俺たちの話す高度な魔法技術でも相槌を打てる。ただの大人に憧れた子供の背伸びかと思っていたら、的確に理解しているしな」
「本を読めば分かります。あと、簡略化して使えば浄化だってほいほい使えますよ。無詠唱なのは秘密がありますし」
「体に古代語で刺青があるってか? どこにもないだろうに」
ここで動揺してはいけないし、しれっとした顔で、ありますよと答えたら。
「デジレが言ってたぞ。すごく綺麗な肌をしていたって。貴族の子でもあんなに綺麗な肌は見ないと思う、本当に山奥育ちなんですかー、だとよ」
スパイをさせるつもりはなかったのかもしれないが、やはり端々でシウのことを見張っていたのだろう。サラも自主的にシウを調べようとしていたようだし。
「治癒魔法なんてものは、怪我してすぐじゃなければ意味がない。田舎の山奥で、それができたってのがすごいな。……そんな状況で、子供に刺青なんか施すもんかね」
暴き立てるという口調ではなかった。ただ不思議なことに対する、疑問、独り言のように聞こえた。
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