090 地下迷宮の探検観光
オーガ三匹はキリクの剣であっさりと倒された。
戦い慣れた男の剣筋は力強く、オーガなどまるで羽虫のようだと言わんばかりに切り裂いていく。一振りの間にも次への一撃が込められており、返す刀で間合いを詰めて押し込むなど、参考になる部分もあった。
ただ、力を使いすぎのように思う。
せっかく舞のような剣筋なのに、無駄な力が入っているように思えて勿体無いなと感じた。
それでも彼の能力値は減っていない。
魔力も体力も恵まれるほどあるので、これぐらいならば大したことはないのだろう。
サラも戦い慣れている。影身魔法を使って相手の動きを止めるなど、連携が取れていた。
イェルドはただ見ているだけだが、魔力量が若干減っていた。
彼には珍しい魔法があって記憶魔法がレベル三もある。
かなり希少な魔法だ。これは、ありとあらゆるものを記憶できるので便利な魔法だった。
イェルドの人物鑑定では職業欄が「補佐官・軍師」となっていたので、その記憶量を生かしているのだろう。
不意にキリクがこちらに視線を向けた。
「ゴブリンをやってみるか?」
「あ、はい」
彼等が魔核の剥ぎ取りを行っている間に、シウは先へ進むことにした。
「おい、待て、一緒に行く」
そう言われた時にはもう突然現れたかのようなゴブリンと目を合わせていた。
近くまで来ていたことに、サラは気付いていなかったのだろうか。
旋棍の警棒部分を伸ばして、ゴブリンが走ってくるのを迎え撃つ格好となった。
久しぶりの魔法を使わない狩りだと、その時に気付いた。
一匹目は勢いよく走ってきたので低い位置に警棒をスイングさせて転ばせた。その背を、激しく打つ。鑑定せずとも死んだのが分かる。
次々と向かってくるが、人間と違って攪乱しようとは考えないらしい。
その分、同時に来るから厄介でもある。
ただ、魔獣というものの動きについてはしつこいほどに教わっていたし、幼い頃から生き延びるための知恵というものを授けられていた身としては、慣れたものだ。
ましてここは管理された迷宮。深い山奥とは訳が違っていた。
相手の勢いを利用して次々と倒していき、警棒で打つ時には一度で済むよう急所を叩く。あるいは、両手で持つ旋棍をくるりと回して反対に持ち、取っ手の部分を交差させてゴブリンの首に掛け、骨を折る。小さなゴブリン相手なので簡単だった。
九匹いたが、尽く倒してみせた。
床には事切れたゴブリンたちが体液の出ていない状態で倒れている。
魔核を取るのには胸を切り開かねばならないが、この場のリーダーに確認を求めようと振り返った。
そこには驚きつつも笑顔のキリクと、唖然とした顔のサラ、ジッと見つめるイェルドが立っていた。
地下迷宮というのは、それ自体が魔物だと言われている。
腹の中にたくさんの魔獣を飼って、それらにエサを集めさせることによって日々大きくなっていくのだとか。
エサというのは、魔獣だったり、それを目当てに来る人間だったりするようだ。
それぞれの体の中にある魔素が目的だろうと言われている。
魔素が集まれば、迷宮の大元である魔核も大きく育つそうだ。
迷宮の魔核を取ってしまえば、いずれ迷宮としての力を失ってしまう。
そのため、商業的に利用できると判断された比較的安全な地下迷宮は管理しつつ、お互いに共存しあっている。
だから、通路は整備されているし、歩きやすい。浅い階層などは煉瓦石を敷いていたりもする。
先ほどのゴブリンも通路の角から現れた。
「見事なもんだな」
「昔、出会ったことのある狩人たちの戦い方に似ていますね」
魔核と、ゴブリンたちが持つ転移石の片割れを集めていると、後ろで立ったままキリクとイェルドが話をしていた。
「記憶にあったか?」
「ええ。ただ、あれよりも洗練されていましたが」
「ふうん、そうか。それにしてもチビなのに力があるんだな。刃もついていない防具で魔獣を死に至らしめるとはな」
シウが立ち上がるとキリクが見下ろしてきた。
「とんでもない魔法でも、持ってるのかね?」
と、鎌をかけるにしてはお粗末な質問を投げかけてくる。
答えてもらおうとは思っていないのだろうが、知りたいというのが顔に出ていた。
シウは苦笑しつつ、取り出した魔核と転移石の片割れをキリクに渡した。
「てこの原理です。小さな力で大きな威力を発揮します。柔能く剛を制す、って聞きませんか?」
「ああ? 知らんなあ」
「……キリク様、仮にも軍神と崇められているお立場の方がそのような」
「じゃあ、イェルドは知っているのか?」
「ええ。大昔の英雄の、師匠に当たる方が編み出された兵法にあったかと思います」
「お前の記憶も大概だな。そうか。で、どこで習ったんだ?」
今度はイェルドではなくシウに聞いてきた。見下ろす視線がにやりと笑んでいる。
「爺様です。逃げるためには、必要だからと」
「お前の爺様もなんていうのか、変わった人だったんだなあ!」
そうかもしれない。
山の中で生まれたばかりの赤子を拾って育て、逃げ方や防御の方法に、魔獣の倒し方を幼い頃から教え込んだ。
山で暮らす全てを彼から教わった。
おかげで、かなりの影響を受けた。元々、同じような考えに近かったのもあって、今でも爺様のことは尊敬している。
「柔能く剛を制す、か。小さな力で大きな相手を倒すってか。……闘技大会に出ると楽しそうだな!」
少年漫画のようなことを言いだして、思わず笑ってしまった。
「お、出るか? シウが出るなら、俺はお前に白金貨十枚賭けるぞ」
「キリク様……」
「出ませんよ。そんなもの」
くだらないとは言わなかったが、通じたようだ。キリクは唇を尖らせて気分が下がったことをアピールした。
イェルドは呆れたままだ。
「それより、このゴブリンどうしますか? 燃やしてもいいんでしょうか。土に埋める? 地下迷宮のルールが分からないので教えてください」
話を打ち切るために、先ほどから気になっていたことを聞いてみた。
キリクは一層気分が下がったようだった。
ゴブリンに油をかけて燃やすと、サラが索敵から戻ってきた。
「やっぱり、さっき放った影子たちが戻ってきていないわ。やられたみたい」
「そうか」
「ごめんなさい。久々で腕が鈍ってたのかな。ゴブリンがそこまで来ていることにも気付かなかったし、数も間違えていたわ」
彼女はシウに謝ってきた。どうもわざとではなかったようだ。
「いいえ。気配なら感じていたし、問題ないです」
「とはいえ、本当に珍しいな。腕が鈍るって言っても、砦には出ていただろうに」
「ええ。……その、寝不足で、ね」
ああ、あれか。
夜中に起きていろいろしていたのは独断だったようだ。まさかずっと起きていたわけでもないだろうにと思ったが、よくよく彼女の顔を見てみれば目の下に隈がある。化粧では隠しきれていなかった。
「……あの、良かったらこれ飲みます?」
背負っていた鞄から、女性向けのポーションを取り出した。
サラはばつが悪そうな顔をしたものの、素直に受け取ってその場で飲み干した。
何が入っているかも分からないのに豪気なものである。
もちろん、良いものしか入れてないのだけれど。
「あら、なにこれ」
「どうした?」
「……ただのポーションかと思ってたんだけど」
手のひらを上に下にひっくり返して、それから顔を撫でている。
「あらやだ」
「なんだよ、サラ。どうした、ああ? ……お前なんかツヤツヤしてねえか?」
そんな急激に変わるとは思ってなかったので、シウも驚いた。
水竜の軟骨の使い道を考えていて、そこからコラーゲンを抽出することを思いついて作ったものだった。
コラーゲンといえば女性だろうと短絡的に考えて、ついでに大量に採取したヘルバやハーブ、吸収しやすいようにとほんのちょっぴりだが三目熊の魔核を磨り下ろしたものも入れていた。見た目と匂いにも気を遣って花蜜を入れてみたりしたのだが、凝りすぎてエミナには敬遠された代物だった。
「ぷるぷるしてるわ、なにこれ。素敵!」
「……精力増強剤? にしては、妙だな」
サラが持っていた瓶を見て、キリクが笑った。
「なんだこの無駄に凝った瓶は」
効能と成分を、覚えたてのカリグラフィーで可愛らしく書いてみたものを、瓶に貼り付けていた。女性向けだと思ったから、瓶も普段のシンプルなものではなくちゃんと新たに作ったのだ。香水瓶のようにちんまりとしていて、素晴らしいと思ったのに。
「どこで売ってたんだ、これ。面白いなー。ていうか、これ、サラに飲ませたのか!」
げらげら笑いながら、瓶を振り回しているので慌てて受け取って、鞄に戻した。
自作したとは言わない方がいいみたいだ。
エミナといい、キリクといい、どうも評判が悪い。
せっかくアグリコラと一緒になって作ったのにと思うと残念だが封印するしかないようだった。
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