089 地下迷宮の街アクリダ
翌日シウはいつも通りに、キリクたちは早起きをして、飛竜で地下迷宮のある都市まで移動した。
今回はシャイターンとの国境側に近い、アクリダという名の地下迷宮だ。
周辺には領都に負けず劣らずの広さを誇る街が出来上がっている。
古くからあるそうで、一大都市にまで発展したそうだ。
どうせならここに領都を置けばいいのにと思ったが、何かあった場合のことや、できるだけ王都に近い方がいいという人間心理で南方のテオドールに置いたのだろう。
テオドールとはオスカリウスの領都名で、初代辺境伯の名から取ったそうだ。
さて、オスカリウス領には二つの地下迷宮がある。
ひとつはアルウスという名で黒の森に近く、街道からも離れているので街の規模は小さいらしい。今回の観光場所に選ばれなかったのもそのせいだ。
ただし冒険者にとってはアルウスの方が旨味があるそうで、階層も深く、良い魔核を持った魔獣が多いとか。
その分、危険も多い。
もう一方のアクリダはシャイターンへ抜けるエメ街道から少し入ったところにあり、交通の便が良い。
古いので、安全も確保されており、素人同然の冒険者でも入れるということで人気があった。
観光地化もされており、一大産業のようになっている。
飛竜の上からアクリダの街を見下ろすと、迫力があって素晴らしかった。
俯瞰で見るのとはまた違った景色だ。
フェレスが不機嫌なのであまり喜べないが、スピードのある飛竜の乗り心地はなかなか良かった。
最近のフェレスは飛行訓練も始めているが、猫型騎獣の例に洩れずスピードはあまり出ない。飛竜ほどには出せないのが自分でも分かるのか、ずっとむくれている。
発着場に降り立ってから、シウが宥めても顔を背けるので、冗談のつもりで背に乗ったら機嫌を直してくれた。
「いっちょまえに、そいつも騎獣なんだな」
見ていたキリクが笑って言う。
「俺も他のに乗ったのがばれたら、ルーナに怒られる。嫉妬深い女を相手にすると大変だぜ」
「フェレスは雄ですけど」
「関係ねえよ。こいつらは主と決めたら、一生離れない。そういう生き物だ」
「愛情深いですね」
「……人間とは違うな」
意味深な台詞を吐いて、キリクはせかせかと歩いて行った。
デジレが後ろから追い付いてきたので、気になっていたことを聞いてみた。
「辺境伯はご結婚されてないの?」
「……ええと、うん。してないね」
少し驚かれてしまった。何故だろうと思っていたら。
「久しぶりに聞かれたからびっくりした。もう当たり前のようになってて」
「そうなの? 僕、山育ちで貴族の事情とかに疎いものだから」
「……大昔の話らしいんだけど、婚約者の方を亡くされたみたい。操を立てているって言われてるけど、どうかな? おいたはされてるし」
笑って教えてくれた。
花街に通っているそうだ。秘書ともなれば、そういった事情にも通じている。
「幸い、キリク様の妹君が男の子を何人もお産みになっているから、跡を継がせると決まっているんだ。これも有名な話なんだけどね」
そこまで話して、馬車に着いた。
竜馬が繋がれた馬車にはすでにキリクたちが乗り込んでいる。
今回、スヴェンは付いてきていない。移動は飛竜で、転移は使わず仕舞いだ。
夜、転移をするので力を温存するためか、あるいはアクリダに転移門があることを知られたくないか。
アクリダのような場所に転移門がないということは有り得ないから、どちらかだろう。
馬車にフェレスともども乗り込むと、デジレが御者台に乗るのを待って発車した。
馬車の中から窓を開けて街を眺めていると、イェルドがあれこれと説明してくれる。
デジレよりは堅苦しいが、専門的なことも話してくれるので知識を得るには有り難い。
街はやはり領都テオドールよりも発展しているように見えた。
庶民の生き生きとした様子が見えて、テオドールよりはアクリダの方が明るく騒がしく雑多な感じだ。
店も多くあって、道具屋に武具店、鑑定専門店などそれぞれ特化してひしめいている。
やがて、地下迷宮の入り口近くにある一番大きな宿へと到着した。
宿の主人は慣れた様子でキリクを出迎えて、従業員も教育が行き届いているようで素早い動きなのにきちんとしていた。馬車もあっという間に片付けられたし、荷物もさっと部屋へ運ばれていった。
「本日はどのような予定でいらっしゃいますか?」
「早速、潜ろうと思っている。昼も要らん。ただ、早めに戻るつもりだから、晩餐の用意をしていてほしい」
「承知いたしました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
地下迷宮へは冒険者ギルドの建物を通らねば入れないようになっていた。
このギルドは地下迷宮の管理を専門に行っていて、アクリダの街中にあるギルドとは仕事を分けている。
「これだけの規模と人数を管理するのは大変なので、運営はギルドに委託しております」
「良い考えですね」
などと話していたら入口に到着した。
領主が来たというのでどこも顔パスのようだ。本来ならば受付にて入場審査があるようだった。
「僕はここまでですので、宿にてお待ちしておりますね」
デジレと、レベッカが残ることになった。
地下迷宮に入るのはキリクとイェルド、サラと、そしてシウの四人だ。
フェレスは置いていくことになった。
「にー」
拗ねていたが、成獣になるまでは入ってはいけないと規約にあるそうだ。
ごめんねと頭を撫でて、デジレに後を任せた。
中に入ると、少しだけひんやりとした空気が肌に触れる。
「二階までは狩り尽くされているから、特に何もない。稀にネズミが出るぐらいかな? でもまあ、冒険者に成りたての者が地下へ降りるには良い経験値かもしれんがな」
ところどころに罠があるようだ。
それと、暗くて歩き辛かったり、コウモリのような獣が飛んでいる。
「入口近くに転移石があるから、移動することも可能だ」
「転移門とはまた違う仕組みなんですね」
「これは石自体に転移する能力があるというからな。迷宮の中で生まれたものだから、迷宮内でしか使えない。転移するにも、迷宮の中で倒した魔獣が持つ転移石からしか行えない」
「面白いですね」
最初に使った冒険者は、どこに飛ばされるか分からないのに怖くなかったのだろうか。勇気があるなあと思う。
「さてと。見たところシウは初級ランクは大丈夫そうだな」
「山育ちなので、ネズミ程度なら問題ないです」
「岩猪や三目熊だって大丈夫だろう? よし、十五階まで飛ぶか」
「キリク様、よろしいのですか?」
「大丈夫だろ」
そう言って、転移石に近付いて、シウを手招きした。他の面々も近付く。
「十五階に行くのは、これか」
緑色の石をポケットから無造作に取り出して片手に持ち、皆に転移石の上に手を置くように言う。
全員が置いたのを確認してから、キリクはもう片方の手を転移石の上に置いた。
同時にパシッと光のようなものを感じた。一瞬で移動していた。
「うん、十五階だな」
後から設置したらしい、石板が置いてあった。そこにはちゃんと十五階と彫られている。
「便利ですね」
「だろ」
そう言いながらもキリクの目が辺りをくまなく見回しているのが分かった。
たとえ安全だと思っている階層でも、客人を連れているからだろうが、警戒している。凄腕の冒険者らしい。
サラも魔法を発動したようだ。
暗闇に幾つかの影を放っていた。あれらが索敵もこなすのだろう。
イェルドは戦いに特化した魔法は持っていないが、戦い慣れているのか体力や筋力などは平均よりも高かった。騎士並にはある。
転移石から離れ、通路を歩いていくとすぐさま《全方位探索》に引っかかるものがあった。探索を強化しているせいか余計なものまで拾うが、小さな虫までいて森の中にいるようだ。
「落ち着いているな」
「山の中よりは歩きやすいので」
「……そうか、山奥育ちだったな」
苦笑して、キリクはサラに目配せした。
「この先にオーガが三匹、ゴブリンが八匹後方にいるわ」
「よし。じゃあオーガから狩ろうか」
帯剣している姿は騎士というよりも傭兵のように見えるキリクが、にやりと笑って抜刀する。
イェルドは、騎士並の能力があるといっても文官寄りだろうし、サラも後衛タイプのようだが大丈夫だろうか。
心配しながらも、一応シウも旋棍警棒を腰帯から外して取り出した。
サラが興味津々でそれを見ていた。お手並み拝見、といった様子だ。
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