326 熟成肉と孤独の愛情




 晩ご飯もそこそこに中座すると、厨房へ走って肉を取り出して焼いた。それをまた魔法袋に放り込んでから客間に行き、まだ食べ終わってないキリクの前にドンと出す。

「お、なんだ」

「まあまあ。食べて食べて」

 勧めると、訝しみながらも一口に切って食べた。

「!! うぉっ、なんだ、これ!!」

 その後はひたすら、大きいステーキだったにも関わらず、あっという間に食べきった。

「すっげえ美味い。食べたことないぞ、こんなもの……」

 満足そうにお腹を撫でながら言うものだから、他の2人が羨ましそうにじとっとシウを見つめてきた。

「こんな、あ、あ?」

 キリクが腹を撫でる手を止め、ゆっくりシウを見上げた。給仕するので立ったままだったのだが、その状態で視線がほぼ合うのだから、シウがどれだけ背が低いか分かるというものだ。

「……昔食べた、肉に似ているぞ。それに、魔力が」

「あ、それ以上は発言禁止です」

「……お前ら、ちょっと席を外しておけ。メイド達も悪いが下がってくれるか?」

 メイドは命令にすぐさま反応して出て行ったが、2人の竜騎士は少し戸惑っていた。それでも部屋を出たのはキリクの命令が絶対だからだ。

 客間の食堂室で2人きり(+フェレスも含めれば3人?)になると、キリクが口を開いた。

「竜だろ、これ」

「うん」

 にっこり笑うと、キリクが頭を抱えた。

「なんつうもんを手に入れてるんだ……ヴァスタか? いや、死んでから大分になるか。待てよ、アイテムボックスがあるなら」

「えーと、問題あるの?」

「いや、こんな大物を隠していたのは偉いとは思うがな。貴重な肉を食べさせてもらったわけだし、有り難いが。飛竜じゃないだろう? 比べ物にならん」

 と言いつつお酒を飲み始めた。スタン爺さんも竜のステーキを食べた後、お酒が飲みたくなると言っていつもより飲んでいた。味というのか肉っ気が濃いのだろう。

「僕、飛竜は食べたことないからなあ」

「じゃあ、なんだ?」

「火竜」

 ぶはっと、飲んでいたお酒を吹き出してしまった。

「うわ、汚いなあ!」

「だってよ、お前。なんつうものを、ていうか、待て。お前まさか」

 あることに思い至ったようだ。

「まさか、スタンピードの時と同時にあったから忘れ去られていたが、もしかして、例の騒ぎの」

「うん。火竜の大繁殖期騒ぎで、火口に案内した、例の」

「……お前、横から掻っ攫ったのかよ。よくもまあ無事でいたなあ」

「まあね」

「まあね、じゃないぞ。ほんと、何やってんだ。無茶苦茶だなあ。ったく」

 ガリガリ頭を掻いて呆れたように笑った。

「横から、掻っ攫ったのか。はは。有り得ねえな。どんだけ肝が据わってるんだか」

 呆れて言うので、知らんふりをして話題を変えた。

「これ、熟成させたやつだからより美味しいんだと思う。いろいろ試してみたんだけど。スタン爺さんとかエミナは、魔素が強すぎてきついって言ってた。魔力量のある人向けだね、竜の肉って」

「……あいつら、俺より先に食べたのか。羨ましい話だぜ」

「でももう要らないって言うから。濃いんだって。僕はあんまりそういうの感じないんだけど。美味しいかどうかは分かるんだけどなあ」

「お前さん、鈍そうだもんな」

 噴き出した酒を適当にハンカチで拭きながら、キリクは新たに酒を注いだ。

「まあ、確かに良いもの食わせてもらったな」

「まだあるよ。要る?」

「……嬉しいお誘いなんだがなあ。それ、相当値が張るんだぞ」

「そうなの? でも、売るつもりはないんだけど。どうやって手に入れたのか聞かれても困るし」

「いや、そういう意味じゃないんだが、まあいいか。分けてくれるなら欲しいな。ご褒美用に保存しておくのも良い。あ、ただ、アイテムボックス持ってきてねえな」

「魔法袋貸すよ?」

「相変わらず気前の良いことで。……そうか、お前金持ちなんだっけ」

「うん。使い道のないお金ばかり溜まって。火竜の肉もだけど、1人で消費できるようなものじゃないんだよね。かといって流通に乗せられないし」

 キリクなら、上位貴族なので持っていたってさもありなんで済まされるだろうが、シウの場合は問題大ありなのだった。

「ちゃんと解体してブロックごとに分けてるからね。熟成していない新鮮なままのもあるし、全部メモしてるよ」

 にこにこ笑って言うと、キリクはまた呆れた顔で肩を竦め、それから笑った。

「お前さ、食べさせるのが好きなんだな」

「あ、うん。そうだね」

「……そうか」

 前世で経験した戦争後の食べ物のない時代。

 その後も虚弱体質で思うように食べられなかったことが、今世でのシウを築き上げた気がする。

 美味しいと言われたら、嬉しくなって勧めてしまう癖がついていた。

「ごめんね、押しつけがましかったよね」

「あ、いや、違うんだ。そういう意味じゃない」

 ふと笑って、キリクはシウを手招きした。近付くと頭を撫でてきて、穏やかに笑う。

「人に何かしてやりたいと思う人間は、寂しさを知っている人間だ。無償の愛を注げる人間は、孤独を知っているからだ。……お前が生きてきた孤独を、勝手に想像しただけだ」

「キリク」

「お前が俺の息子だったら、そんな顔させやしなかったのにな」

 そんな顔とはどんな顔だろう。

「……子供のくせに、いつも大人びた顔をしやがって。ヴァスタは一体どんな子育てしたんだ?」

 おどけていたが、目には憐れみのような優しい色が灯っていた。

「無理に大人になろうとするな。俺だってまだまだ子供扱いされるんだぞ。お前なんてもっともっと我儘で子供でいていいんだ。分かったか?」

「うん……」

「なあ、俺の息子にならんか?」

 胸に抱き寄せられて言われた言葉に、嘘偽りも、茶化す様子もなかった。

 が、シウは小さく笑った。

「……お断り、します」

「断るのが早いってんだ」

「だって、僕の父親はやっぱりヴァスタだもの。爺様って呼んでるけど、あの人が僕の父親だし」

 本当の父親のことも、少しは知っている。

 シウに、愛されたいなら愛しなさいという言葉を残した人。

 アクィラという、鷲の神に祈った人。

「それに、キリクのことはやっぱり友達のように思ってるし」

「そうか」

「偉そうだって思う?」

「いや。そうだな、対等な友人関係というのも良いもんだ」

「今は後見人になってもらってるけどね」

「年の功と、あとはまあ貴族位のおかげだな」

「いつもありがとうございます」

「どういたしまして」

 お互いに笑い合って、晩餐はお開きとなった。


 部屋を出ると、ラッザロとサナエルが聞き耳を立てていた。

 シウの足音には気付かなかったらしく、慌ててしまって飛び上がっていた。

「えーと、そういうの、良いの?」

「いやー、そのー」

「内緒で。ぜひ、内緒の方向で!」

 2人にお願いされたので、シウは笑って了承した。

 主を1人残して心配だったのだろう。シウが何かするとは思っていないだろうが、暗殺される可能性だって無きにしも非ずなのだ。

「一応ちゃんと護衛はしてたよ? 結界も張っていたし。あ、あと、変なものも食べさせてないからね。ただ、あんまり自慢できないものだったから。どこで手に入れたかばれると後が怖いんだよね……」

 遠い目になってしまった。

「たぶん、そのうちキリクが食べさせてくれると思うから、待っててね!」

「あ、はあ」

「そうですか。ありがとう」

 笑うと、2人とも毒気を抜かれたようにその場に立ちつくした。

 首を傾げていたら、キリクが出てきて、何やってんだと2人の肩を叩いて連れて行った。



 その夜、シウは暫くの間眠れなくて今世の親のことについて考えた。

 今まで何故かあまり深く考えたことはなかった。

 爺様との生活が全てで、その後は色々ありすぎた。だからだろうか、とも考えたが、いや違うと頭を振った。

 前世で親への情が、なかったからだ。

 妾の子として生まれ、本家に引き取られたものの厄介者扱いだった。

 父親とはほとんど顔を合わさずに過ごし、良くしてくれたのは加耶姉さまだけだった。

 まだ少女だった彼女に面倒を見てもらい、姉や母のように慕った。

 それもすぐ別れることになった。

 今世では生まれた時から親がいなかった。親がどういうものか考えたこともなかった。

 でも、赤ん坊のシウに必死で言葉を贈った親だ。最後まで守り続けた子供に与えた言葉。リュカの父親が最後まで彼を守ったように、きっとシウの両親もシウを守り続けたのだろう。

 そう思うと、今まで何も感じていなかった自分が恥ずかしいし情けない。

 今度、爺様の家へ戻ったら、ちゃんとお墓参りをしよう。生んでくれてありがとうと、心から感謝の言葉を捧げよう。そして贈ってくれた言葉通りに、誰かを愛せるようになろうと、思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る