327 寝不足と大物貴族と新開発




 少し眠気の残った頭で、いつも通りの時間に起きた。

 朝からご飯を作り、お弁当も作っていたらスサが起きてきて笑われた。

「珍しいですね。寝癖がついたままだし、眠そうな顔です」

「え、そう? うーん」

 直してあげましょうと言うので、素直に椅子に座ってみた。スサはお世話できると嬉しそうに髪を梳いて整えてくれた。何故か、次はふぇれも、とフェレスもちょんと隣りに座っていた。

 通訳すると、スサは笑って「嬉しいです」と専用櫛を渡されてせっせとブラッシングしてくれた。

 やがて賄い室に入ってきたメイド達がきゃっきゃと騒ぎだし、交替でフェレスのお世話をしていた。


 メイド達が交替で朝ご飯を食べるのを眺めていたら、ソロルがリュカを抱っこして連れてきてくれた。まだ眠そうな顔をしていたが、シウを見てすぐにソロルの腕から降りた。

「おはよう、ございます!」

「うん、おはよう。偉いね」

「えへへ」

 シウはソロルにも挨拶して、良かったらシウが作ったものも食べてみてと勧めた。

「お裾分けをいつも置いてるんだ。それぞれ一皿ずつ、用意してるから」

「これ、シウ様が作ってらっしゃったんですか? 昨日も頂きました。美味しかったです」

「ありがと」

 リュカの朝ご飯はスサが食べさせるので、その間にソロルが朝ご飯を食べる。ものすごい速さで食べるのでスサ達が驚いていた。

「ゆっくり食べないと消化に悪いよ?」

「しょうか、ですか?」

「うん。えっと、お腹の具合が悪くなるってこと。時間ないのかな?」

 シウがスサ達に聞いてみると、いいえと首を振った。

「リコはそんなこと言ってないわよね?」

「あ、はい。でもその」

 言いづらそうに、ソロルは小声で答えた。

「奴隷時代の名残で、早食いじゃないと食いっぱぐれるものだから、つい」

「ああ、そうなんだ」

 考えたら分かることだった。

「そっかあ。そうだよね。でも、今は違うんだし、できるだけゆっくり食べられるようにした方がいいよ。リュカに合わせるつもりで。ね?」

「はい。すみません」

 恥ずかしそうに顔を赤らめたので、シウは慌てて継ぎ足した。

「早食いが良くないわけじゃないんだよ。冒険者も早食いが基本だし」

「そう、なんですか?」

「だって、いつどこで魔獣に襲われるか分からないもの。無防備な時間は極力減らすんだよ」

「成る程、そうですか」

 真剣な顔をしてから、ソロルは改めてといった様子でシウを見つめた。

「……そんなすごい職業に、シウ様はもう就いてるんですね」

「すごくはないけど、うん、冒険者だね」

「……やっぱり、すごいです。それに、冒険者だからこそ、俺達を救ってくれた」

 目をきらきらさせて言うので、恥ずかしくなってシウは立ち上がった。

「えーと、じゃあ、学校行ってきます!」

「あ、待って、待って! 僕、お見送りするの!」

「いいよ。リュカはちゃんとゆっくりご飯食べて。ここでお見送りね。ばいばい」

「うん、ばいばい! お勉強頑張ってね!」

 手を振るリュカに、シウも振り返して部屋を出て行った。



 学校には少し早めに着いた。

 生産の教室に入ると、一番乗りだった。

 思わず、ふうと大きな溜息が出て、苦笑した。

「さて。今日は何しようかな?」

 作りたかった飛行板は勢いでほとんど出来上がってしまった。

 他に作ってみたいものや、気になるものが幾つか。

 思案していたら、生徒が入ってきた。

「あら、今日はまだシウ殿だけですか?」

「おはようございます」

 アマリアだった。彼女も早く来たようで、教室内を見回して少し嬉しげに続けた。

「もう少しで一番乗りだったのかしら」

 そう言って両手を合わせて口元を隠すように、ふふふと笑った。

「そうですわ、シウ殿。先日仰っていましたこと、お父様にお話しましたの。とても驚いて、早速動いてくださるとのことでしたわ」

「あ、ありがとうございます」

「そうしましたら、ちょうどお爺様が王都まで出てきておりまして、ついでにお話しましたの。このような卑劣な貴族ばかりなのかしらと心配でしたし」

 2人が近付き過ぎないようにと、女騎士のオデッタと従者のジルダが付き従っていて、結構視線が痛い。護衛達は意に介さず教室の後ろへさっさと行ってしまい、フェレスと遊びだした。慣れとは恐ろしい。まあ、シウがお姫様に何かするような男に見えないからだろうが。

「お爺様、とてもお怒りになって早速お知り合いの方々へ働きかけると仰ってましたわ」

「……失礼ですけど、アマリアさんのお爺様って」

「まあ、ご存知ないのですか?」

 ジルダに驚かれた。純粋に、びっくりしたようだ。

「すみません。えーと」

 脳内の貴族名鑑から、それらしき人物を洗い出した。

 同姓の者は多くいるが、彼女の父が伯爵位なので、それより上の位だと考えるのが妥当だ。年齢的なことも考えると候補は絞られた。

「もしかしてヴィクストレム公爵?」

「ええ、そうですわ」

 そりゃまた大物だなあと苦笑した。

「自分が少し宮廷から目を離した隙に紳士とは思えない振る舞いをする者が出たなんてと仰って、今にも家を飛び出しそうなぐらいでしたの。一緒にいらした伯父様や父上達とで必死にお諫めしておりましたわ。あまりお怒りになるとぽっくりいってしまうぞ、だなんて」

「あはは」

「ところで、ぽっくりいって、とはどういう意味ですの? ご存知?」

 今度はシウがびっくりした。そしてジルダとオデッタを見上げた。

 彼女達はそっと視線を外した。あ、自分達は説明する気ないんだ。苦笑して、シウは遠まわしに教えてあげた。


 その後、お世話になるからというわけではないが、彼女のゴーレム造りを手伝ったりして授業前の時間を過ごした。

 授業が始まると、自分の作業に取り掛かる。材料を取り出したり、準備をしていたらレグロが見回りに来た。

「今日は何を作るんだ?」

「えーと、印字機を作ろうかと」

「いんじき?」

「はい。職業人向けになると思うけど」

 レグロはいまいち何のことか分かっていないようだった。

「その後、印字機の版画向けタイプも作ろうかと思ってます」

「版画か?」

「そうです。版下を作るわけです。小回り利くタイプなのでチラシとか、少数印刷に向いてますね。大量印刷だと、もう少し大がかりなものじゃないとダメでしょうから作る気ないですが」

「よく、分からんが、まあ生産? の範疇なら良いか。頑張れよ!」

「はい」

 笑って頷いた。


 印字機には簡易文字を使うことにした。

 ロワイエ語は装飾文字なのでいわゆる続き文字、英語の筆記体のようなものだ。前後の文字によってつなぎ方が違うので印字機には向かない。

 しかし、英語で言うところのブロック体にあたる、簡易文字がある。こちらは庶民がよく使うものでギルドでの書類などもこちらが多く使われた。

 自分の名を書く際には偽造防止などの意味もあって筆記体を使うが、庶民は大抵簡易文字派だ。

 古代語と違って種類の少ない文字だから、印字機、つまりタイプライターが作れる。

 カーボン紙よりもインクの方が良いだろうが、詰まりも気にしないといけないのでそのへんを考慮した材料集めで若干時間がかかりそうだった。

 文字盤はシウが自分で金属加工して作った。読みやすく潰れにくいことを想定して、面白味のない簡易文字となったが読めればいいので構わない。この文字盤を自分で入れ替えることも可能なので、そのうち個人で作る人が出てくるといいなと夢想した。

 機械自体は以前から考えていたのと、造りが簡単なのであっと言う間に出来上がった。

 問題はこれらを使うにあたって必要な「材料」だ。

 目詰まりし難いインクを作ったり、紙も1枚だけでなく複写用を作ったりしたい。

 せっかくの打ち込み式タイプライターなのだから庶民でも「複写」ができたら助かるだろうと思うのだ。

 そちらは一旦後回しにして、同じ機械なのでそのまま仕組みを真似て、版画向けタイプも作り上げた。

 こちらはゴム板に凹凸をつけるため、文字を打ち込む力を強くする。またゴム板用に厚みを調整する必要もあった。

 版画印刷を前提にしているため、複雑な線が付けられるようにもして、ただの印字機とは違って文字盤も多くなった。

 全体的にふた回りほど大きくなったが、使い方はどちらも同じだ。

 ゴム板の方がインクのことを考えなくて済む分、楽なものだった。

 ただし、版画であるということは刷るということだから、印刷時にはインクが必要だ。しかも次々刷りたいならばインクには速乾性が求められる。

 またしばらく、実験に次ぐ実験の時間が待っているようだ。

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