328 学校内の派閥




 昼休みの前には機械部分まで、なんとか完成に漕ぎ着けられた。

「印字機、な。そういうことか。成る程」

 レグロが面白そうに覗いてくるので、シウは場所を譲った。

「本体だけできてもまだ完成じゃないので、これからが大変なんだけど」

「そうなのか? これでもう文字は打てるじゃないか」

 楽しそうにポンポンと打ち込んでいる。

「たとえば、よく使う文字盤は真ん中に配置した方がいいのか、といった問題もあるし、欲しい形の文字盤もあるでしょうし。使うインクにも拘らないと」

「インクなあ」

「一応、速乾性のものを使っていて、目詰まりについては魔術式で解消できたんだけど」

「目詰まり?」

 詳しく説明すると、成る程と手を叩いた。

「ペンでもそうだな。使い続けているとペン先がよれる。インク漏れもあるし、仕舞いには交換せんといかん」

「そう。この右へ左へと動かす技術も魔術式と手動とで分かれていて極力、魔核を使わずに済むようにとは考えてるけど」

「ふうむ。お前さんが良く言う、節約、だな?」

「なるべく、購入後の消耗品代は低く抑えたいんです」

 レグロは腕を組んでふむふむと頷いていた。

「紙も、複写式のものを作りたいし、版画用の印刷機も作りたい。やりたいこといっぱいあって、頭の中が今ぐるぐるしてる状態です」

「わはは! そりゃいい。そうやって悩め悩め。若いうちに思う存分考えて悩むことだな!」

 そう言うや、頭をぐしゃぐしゃにされてしまった。



 お昼は食堂へ行き、ディーノとコルネリオ達と落ち合った。

 食べようとしたらエドガール達がシウを見付けて寄ってきた。

「あれ、食堂で食べるの?」

「たまにはね。サロンは気疲れするんだ。一緒にいいかい?」

 聞かれたのでディーノ達に視線を向けたら、どうぞと失礼にならない程度の気楽さで勧めていた。以前にも一緒になったことがあるから、慣れたのだろう。

「良かったら、僕の作ったものだけど食べる?」

「ぜひ。実はそれが目当てでもあったんだ」

「エドガール殿もシウの作った食事が気に入ったんですね」

「はい。ディーノ殿が羨ましいです。いつも一緒でしょう?」

「後輩にたかってる先輩で」

 冗談めかして笑うが、ディーノは折に触れ、材料代だといって何かしら渡してくれる。お金を嫌がるシウのために、珍しい野菜だったり面白そうな本など、持ってきてくれるのだ。

「先輩後輩というのは良いですね。しかも仲が良くて羨ましい。僕のところはソランダリ出身の先輩が派閥から外れているようなので、サロンでも立場が微妙なんです。だから、こうして息抜きがてら食堂に来るんですけど」

 ふうと溜息を吐いている。

 いつも戦術戦士科の授業では楽しそうなのに、貴族の世界は大変そうだ。

「そういえば、シュタイバーン出身の貴族の方もサロンでは微妙な立場ですよね」

 シウが勧めた野菜のポタージュを食べながら、エドガールがディーノに話を振る。

「そうなんですか? 僕は貴族の息子と言っても子爵位なのでサロンには滅多に行かないんです。しかも専用サロンには全く縁がなくて」

「そうだったんですか。あー、じゃあ、余計なことだったかな」

「……もしかしてヒルデガルド嬢のこと、とか?」

 おそるおそるディーノが問うと、エドガールも何故か声を潜めて答えた。

「そうです。その方です」

 2人が貴族的な会話をしている間に、シウはせっせとエドガールの護衛達にも食事を用意していた。

 コルネリオにも、最新作の酢豚を渡していると、ディーノが頭を抱えて盛大な溜息をもらしていた。

「どうしたの?」

「いや、あ、聞いてなかったのか。あのな、彼女がまたやらかしてるみたいで」

「また?」

「また、ですか?」

 シウとエドガール同時に口を開いて、顔を見合わせて苦笑し合った。

「クレールのやつ、大丈夫かな。この間も寮で青い顔していたけど」

「クレール先輩、相変わらず彼女の面倒を見させられてるんだ」

「いい加減、もう放っておいてもいいと思うんだけどな」

 エドガールがよく分からないといった顔をしたので、ディーノが掻い摘んであれこれと教えていた。

 その間に、メインの肉料理などを各取り皿に盛り付けていく。

 エドガールの騎士キケと、護衛のラミロ、従者のシモーネがごくっと喉を鳴らしていたので、可哀想だからエドガールに早く食べろとせっついた。

「あ、そうだね、いただくよ。わあ、美味しそうだ!」

 主が食べないと彼等も手を付けられないのだから、そのへん気を遣ってほしいものだ。

「……はい、食べたよ。皆も早く温かいうちに食べて」

「あ、ああ、その、ありがとう」

 授業では打ち合いをしたこともあるのだが、それとこれとは違うのか、あまり慣れてくれない。

「遠慮しないでね。お代わりあるからね。味が苦手なら、残していいよ。気にしないで」

「あ、いや」

「シウ、お前、その食堂のオバサンみたいな世話、焼いてやらなくていいから」

「そうそう。そりゃあ、学校には貴賤はない、生徒達は平等だって言ってるけどね」

 コルネリオがパンを手に、続ける。

「生徒と、そのお付きの者とには差があることも理解しておかないと」

「そうなの?」

「少なくとも人の目があるところではね。僕はほら、シウとは先輩後輩の関係で、しかも出身が同じだって免罪符があるけど、彼等はラトリシア出身でかつソランダリ領から来ている。いろいろあるんだよ」

「ふうん」

「分かってないだろ、シウ」

 ディーノが苦笑した。

「うん。でも、貴族の世界がいろいろ大変なんだなってことは、分かるよ」

「またそういうことを言う。相変わらずだなあ」

 3人で言い合っていると、エドガールがいいなあと呟いた。

 振り返ると、肘をついて片頬を手で抑えながら笑う。

「あなた達が羨ましい。先輩後輩も、貴族かどうかも関係なく仲が良い」

 エドガールを見てから、3人で顔を合わせた。

 もう一度彼を見て、そして護衛達を見た。見えない一線があるのが分かる。ここを乗り越えるのは難しいだろう。

 コルネリオだって、元は幼い頃からの知り合いだから仲良しなのであって、そう簡単に壁は越えられないのだ。

「……じゃあ、僕等と友達になる?」

 3人で顔を見合わせた後、シウが代表して聞いた。

 ディーノとコルネリオも頷いていると、エドガールがパッと明るい顔になった。だらしない格好を止めて、慌てて姿勢を正す。

「いいのかい?」

「いいよ。でも、ディーノはともかく、僕は庶民どころか冒険者で、いわゆる流民扱いになるんだけど」

「そんなこと、シーカーでは関係ないよ! なんたって、学校側が冒険者ギルドの仕事を受けるようにと勧めるぐらいなんだからね」

 そういえばそうだった。

「ディーノ殿とコルネリオ殿も?」

「あ、僕は一応、従者なので人目のあるところでは遠慮します」

 笑ってコルネリオが宣言していた。

 ディーノは手を出して、握手だ。

「よろしく。言葉遣いが失礼だ、なんて後ろの方々に怒らないよう、言っておいてくれると助かるんだけどね」

「もちろん! あ、いや、僕こそ失礼な物言いかもしれないが」

「友人ならそれも普通だよ」

 肩を竦めて、ディーノは笑った。

 冗談のように護衛達のことを口にしたディーノだが、エドガールの護衛達は主を差し置いて口を挟んだりはしないし、もちろん怒ったりもしなかった。

 少々戸惑ってはいたものの特に反対はしなかったので、よほど主の孤独が身に染みていたようだ。


 それからは憂うことがなくなったせいか、エドガールは出したもの全てを平らげてしまった。付き添いの3人もぺろっと食べてくれたのでシウとしては嬉しかった。

 食後の飲み物はエドガールが奢ってくれるということで、シモーネと、コルネリオも手伝いとして取りに行ってくれた。

「今、サロンでは派閥争いがすごくてね。水面下でのやり取りがすごいんだ。ソランダリ領出身なので詳しくは耳に入らないから余計会話に困ってしまって」

「そんな状態なのに、ヒルデガルドさんは突っ込んで行ってるんだね」

 笑って言うと、ディーノとエドガールが酸っぱいものを食べたような顔をシウに向けてきた。

「笑って言うことじゃないって」

「そうだよ。僕からしたら有り得ない。あの人、戦士科にいたら絶対相手したくないね」

 シウとディーノは顔を見合わせて苦笑した。

「なんだい、もしかして、本国でも何かあったのかい? そういえば、誰かが陰口を叩いていたようだけれど」

「まー、いろいろあったんだ」

「誰かに言われて変に聞くより、本当のこと教えてあげた方がいいのかな?」

「……それもそうか。別段、罪を犯した、というわけではないし」

「面倒だっただけで」

「あはは」

 乾いた笑いとはこのことか、といった見本を見せてくれて、ディーノは掻い摘んでエドガールに演習事件の出来事を話して聞かせた。

 彼の護衛達も興味津々で聞いていたようだった。もちろん、素知らぬふりをしていたけれど。

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