335 謁見の間の大騒ぎ




 謁見の間ではあるが、椅子は用意されていた。

 さすがに庶民のシウには勧められなかったものの、高位貴族であるキリクには勧めていた。

 が、キリクは座らなかった。

「養い子同然の子供を立たせたまま、長話に興ずる気はないのでな。本日招かれた用件を先に、済ませてしまいたいものだ」

「ふむ。せっかちなのは相変わらずだな」

「せっかちにもなろう。事は大変重大であるからな。さて、こちらは、テオドロ=グロッシ子爵だ。我が養い子のシウ=アクィラを守護するために同伴していただいた。よろしいな?」

「むろん。我等も罪なき子供を槍で突く趣味は毛頭ない」

「罪なきと、仰るか」

「そうだ」

 話はもう彼等の間で付いているようだった。それもあって呼ばれるのが遅くなったのだろう。

「席を用意しよう。さあ、少年よ、こちらへ」

「ヴィクストレム公!」

 誰かが批判めいた声を上げたが、睨め付けるような公爵の視線に黙ってしまった。

「聖なる名を持つ少年よ、堂々としていたまえ」

 小声で告げられ、シウは連れられるまま前方の椅子に案内された。

 小さなテーブルの上にはガラスの水差しも置いてあるが、何故か器はなかった。

「さて、事の起こりを説明せねば、分からぬ者もおろう」

 シウを見て、促した。

「二度手間であろうが、報告書にあったことを話して聞かせてくれるかね?」

「はい」

 一度は座った椅子から立ち上がり、誰にともなく頭を下げてから話し始めた。

 フェレスはずっと黙ったままシウの横に座っている。

 ここまで連れて来るのに誰も何も言わなかったのは、フェレスがそもそもの発端だと知っているからだ。

 今もまた説明の間、皆がシウとフェレスを交互に見ていた。


 時系列に起こったことを、全て話して聞かせると、幾人かから批判的な言葉が出た。

「そもそも子供が騎獣を持ってうろうろするからでは?」

「フェルマー伯爵は我が国の子と間違えたのだろう」

「冒険者だから口の利き方が悪かったのだろうよ。そのせいで伯爵はお怒りになった」

 だが、大半は、彼等の言を窘めていた。

「万が一そうだとしても、だ。子供に『殺してやる』という発言はどうか」

「他国の冒険者が我が国の希少獣に関する扱いを知らないのは当然では?」

「口の利き方と仰るが、今の受け答えを見るに、そのへんの貴族の子弟よりもずっと礼儀正しいではないか」

 などだ。

 黙って聞いていたが、1人、妙な動きをする者がいた。

 魔道具を起動させようとしている。

「あっ」

「ん? どうした」

「あの人、変なことしようとしてます」

 指差すと、近衛兵の1人が魔道具を放り出して逃げた。

 床に落ちたと同時に、黒い靄が出てきたので、キリクが走り出そうとした。シウはそれを止めて、特殊ゲルを取り出して投げた。

 一瞬の出来事で、流れが分からなかった者もいたようだが、アウジリオや部屋の中を護衛していたジョルジュなどは胸を撫で下ろしていた。

「閉じ込めましたから、大丈夫です。あ、でも、その魔道具には触らない方が」

「えっ」

 兵士が拾おうとしたので慌てて止めた。

「それ、呪術具です。ちゃんと鑑定しないとはっきりしないけれど、古代魔道具のような気がします。本で読んだ記憶があります」

 禁書庫出典なので言えないが、実際に鑑定してしまうと魔獣呼子に近い呪術具だということが分かった。

「こんなもの、よく持ち込めましたね。ここ、結界は張っていないのでしょうか」

 何気なく呟いたのだが、何人かがグッと喉を詰まらせていた。

 嫌味と受け取ったのか、1人は言い返してきた。

「自作自演ではないのかね。誰も気付かないことに、一番初めに気付くとはおかしいではないか」

「ああ、そういう見方もあるんですね」

 ふうんと生返事をしながら、ゲルの中の黒い靄を鑑定した。

 やはり呪いの類のようだった。

 大した威力はないものの、パニックに陥るだろう。

 ここに魔法使いがいないのも気になった。

「……宮廷魔術師の方がいらっしゃらないんですね。いればこんなの、すぐ対処できたでしょうに」

「な、なにを!」

「そういえばおらんな。こうした場には大抵1人ぐらいいるものだが」

 アウジリオが不思議そうに辺りを見回した。

「わたしは先程、ハッセ伯爵と出会いましたぞ。なんでも急用を申しつけられて戻らねばならないとか」

「第三級の、なんと言いましたかな、あの宮廷魔術師もどなたかに怒鳴られておりましたが、もしやここで待機する予定だったのでは?」

「……どうやら、誰かの仕業らしい。土壇場で罪を被せようとでもしたのか。ろくでもないことをする」

 アウジリオは唾棄するような勢いで忌々しげに魔道具を睨んだ。

「そもそも、すでに主のある騎獣を奪い取ろうとする下種など、庇うことがおかしいのだ。ましてや殺そうとしたなど、あってはならん。貴族の矜持をなんと心得るのか。しかもだ。大型魔獣の討伐依頼を再三に渡って上奏されていたというではないか。そうしたことを子供にさせようとするなど」

 わなわな震えている。このまま怒り続けると倒れそうで怖い。

 心配していたらキリクがアウジリオの腕を叩いた。

「まあ、結果的には討伐できましたからな」

「そう、そうだ。討伐できた。しかしそれは我が国の宮廷魔術師や兵が行ったのではない」

「ヴィクストレム公、それは違いますぞ! 我が国の冒険者どもが討伐したのです」

「いいや、違う。報告書を見ていないのか」

 言い合いが始まってしまった。

 シウは肩を竦めてキリクを見上げ、キリクもふうと溜息を零して何歩か下がっていた。

 巻き込まれたくないというのが本音なのだ。


 何故か途中で脱線して、やれ誰それの政策がまずいだの、騎獣の取り決めについて問題があったのだの、最終決定を下した王家に楯突くのかと言い出して大騒ぎになった。

 呆れつつ、椅子を後ろに運んで、キリクとテオドロの3人で座った。

 フェレスはふぁぁぁと大きな欠伸をして椅子の横で眠りに入る体勢だ。

 そこにようやく、近衛兵などがやってきた。

 遅れて宮廷魔術師も来た。

 魔道具を見て、びっくりしている。何故こんなものがここに、と言いつつ困惑していた。

「あ、それ、ゲルを外すと飛んできますけど、どうしましょう?」

「え?」

「閉じ込めるのに結界機能付きの特殊ゲルで囲んだんです。それを持って行かれちゃうと困るので、返してほしいんだけど」

「あ、でも」

「どなたか、聖別魔法の持ち主か、浄化ができる方は?」

「……わたしはその、第三級でして」

「僕がやっちゃうと、また自作自演って言われるので、誰か第三者にやってもらいたいんだけどなあ」

「はあ」

 近衛兵達も魔道具をどうしていいか分からずに遠巻きだ。

 その間も、話題が変遷しつつも大臣達や貴族の応酬は続いていた。呆れてしまう。

 やがて別の宮廷魔術師がやってきて、その場で浄化を施していた。残ったゲルを見て面白そうにしていたが、それは回収する。

 魔道具の方はしっかり結界を張って持って行った。

 近衛兵達は逃げた兵を探しにまた出て行ってしまい、貴族の言い合いだけが残ってしまった。


 暫くして、騒がしかったせいか、あるいは先程の近衛兵が呼んでくれたのか王族が来てしまった。

 入室した途端にピタッと騒ぎは収まったので、お笑いかと思ってしまったシウだ。

「楽に、と言いたいところだが、貴殿らは相当気楽に話をしていたようだ。客人を放っておいて話し合いに興ずるとはな。我が国の恥をさらしていたのか?」

「滅相もございません、殿下」

 名をヴィンセントという、この国の第一王子が言い放つ。

 王族にありがちな金髪の整った顔立ちをしていたが、少々冷たい顔付きで、シウを見る目も冷ややかだ。まるでそこに埃か雑巾がある、といった感じである。

「さっさと騒ぎを収束させるのではなかったのか、ヴィクストレム公よ」

「は。そのつもりでございましたが、些か手違いがあったようです」

「手違いな。それで? ああ、詳細はいい。ともかく、オスカリウス辺境伯にこちらへお座りいただけ」

 手をひらひらと振って、そんなことを命じる。彼の秘書官らしき男がやってきて、さっさと椅子を用意し案内した。

 しかし、キリクはそれへは座らず、王子の前に大股でゆっくりと歩いて赴き、丁寧な挨拶をした。

「初めまして、ヴィンセント王子。キリク=オスカリウスでございます」

「我はヴィンセント=エルヴェスタム=ラトリシアだ。見苦しいところを見せたようでお恥ずかしい限りだ」

 全く思ってもいないことを口にしました、といった感じで、表情を変えずに答えていた。

 シウも今まで無表情な人をいろいろ見てきたが、彼が一番だなと内心で順位付けした。

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