334 真面目に授業、それから王宮へ
ククールスは結局、晩ご飯の後お酒を飲み始めて酔っ払い、泊まっていくことになった。
翌朝、二日酔いの顔でシウを見送ってくれた。
シウは午前中だけ授業があったので学校へ行ったのだが、キリクには呆れられた。
こんな日ぐらい休めば良いのに、ということらしい。
テオドロも準備にあたふたしますよと言っていたが、止めることはなかった。むしろ学生の本分を守っていてよろしいと褒めてくれた。
ドーム体育館へ着くと、クラリーサ達が来ており柔軟体操をしていた。
「あれ」
「お、気付いたか?」
レイナルドが笑いながらクラリーサを見た。
「よっぽど仲間外れが嫌だったらしい。周りに聞いて回って、結局騎乗服にスカートを巻くことにしたようだ」
「あれなら体の線も見えないし、良いでしょうね」
「……シウ」
「あ、すみません。これもまずいんですね。うーん、難しいなあ」
「お前さんがまだ小さいから許されてるんだぞ。って、何歳だっけ?」
「13歳です」
「……見えないな。そういや、13歳か。馴染んでるから大人のように扱っちまうが、見た目は幼いし、どっちなんだよって感じだ」
「それ、僕はどう答えれば」
「ははは! まあいいじゃないか」
笑って誤魔化されて、授業が始まった。
武器に魔法を添わす方法など、それぞれに訓練を続けて、2時限目は乱取りに入った。
お互いに組み合わせを変えての戦闘訓練だ。
苦手な組み合わせを探して、徹底的に練習する。
シウの場合は、人相手への手加減などが分からずに苦戦した。
やりすぎると殺してしまうから、怖くて決定打を打てないのだ。旋棍警棒でも殺しはしないが絶対に怪我は負わせてしまう。逆に怪我をさせなければ捕えられないというジレンマもあった。
「捕獲網とか、あるんだけど」
「それもいいけど、狭い階段だと使えないだろ?」
「塊射機は?」
「別にそれでもいいけどな。ただ、あれも人相手にゃ、威力があるんだろ?」
「そうなんですよね……。先日はこれを使ったんですけど」
特殊ゲルを取り出してレイナルドに見せた。
「なんだこりゃ」
「特別配合のゲルです。いろいろあって特許出してないから、ほんと内緒にしか使えなくて」
「それもだめだろ。ていうか、面白そうな素材だなあ。何に使ったんだ? 例の大型魔獣狩りか?」
聞かれて、あ、そうだと思い出してグラキエースギガスの討伐話をした。
ついでに特殊ゲルを何に使ったのかも。
「……暗殺しようとしてきた宮廷魔術師を返り討ちにするのに使ったのか」
「はい。捕えるのに、ちょうど良くて」
「他の奴等はどうしてたんだ?」
「同じく。あと、蔓で猿轡作って、結界張って閉じ込めておきました。中を無音にしてたので、万が一の詠唱も防げますし。凍死したら困るから中を適温にするのがちょっと面倒でしたね」
「……そうか。お前もう、武器使わなくて良いんじゃないのか?」
「ええっ?」
「いや、それだけやれたら、武器で制圧する必要どこにもないだろ」
「……そしたら、授業の意味が」
「あ、そうか」
2人の話を聞いていたエドガールが、くすくす笑い出した。
「喜劇物語じゃないんだから。変なやりとりですよ」
「ほっとけ。あ、それよりエドガールよ、お前はもうちっと女相手に踏み込む度胸をつけんとな」
「……はい」
とばっちりを受けてしまったエドガールは、またジェンマを相手に組まされていた。
ジェンマはクラリーサの従者なのだが、鞭を使うので大抵の相手は嫌がる。
変幻自在の鞭の動きと、女性相手ということで動きが鈍るのだ。ジェンマもそれをよく理解していて、どうかすると女性らしい見せ方をする。
他に長槍持ちのウベルトと短剣のイゾッタを組ませるなどしていて、面白い。
最初にこの授業を受けるのを嫌がっていたが、入ってみると楽しいものだった。
授業が終わると、一目散に屋敷へ戻った。
お昼ご飯ぐらい学校の食堂で済ませたかったのだが、準備もあるだろうと急いだのだ。
帰宅するとスサ達が待ち構えており、王宮へ上がるための礼服を着せてくれた。
以前もらったものがあるからと言ってあったのに、何故か誂えてくれていたようだ。
「どこかしら、ラトリシア風にしておくのが良いとの仰せですから」
メイド長のサビーネが着せられた感丸出しのシウを全方位で確認すると、了承するかのようにひとつ頷いた。
「まあ、宜しいでしょう。リサ、御髪はあなたがおやりなさい」
「はい」
スサではまだダメらしい。
「さて、わたくしは坊ちゃまのお迎えに参ります。後のことはロランドさんと、テオドロ様がご確認くださいましょうが、きっちり仕上げておくのですよ」
「はい。畏まりました」
サビーネが消えると、どこからともなく小さな溜息が漏れた。
「まるで、試験みたいだったね」
「シウ様ー。そうなんです。試験だったのです。でも髪の毛まではさせていただけませんでした」
「柔らかい髪質ですから、スサにはまだ無理だわ。シウ様、もうしばらくお待ちくださいね」
言いながらもリサは手際良く髪の毛を梳いていってくれる。油などを使って形よく整えてくれた。
鏡の中には小さな子供が精一杯背伸びしたような、面白おかしい姿が見えて笑った。
隣りではフェレスが、ソロルによって綺麗にされていた。
お気に入りの櫛で梳いてもらって気持ちよさそうだ。ただし、ダメ出ししていたが。
「にゃ。にゃにゃ」
シウやスサほどには慣れていないので、痒いところに手が届かない、といった感じなのだろう。
何と言っているか分かっていないのに、一生懸命相手をしていて申し訳なかった。
「どこですか。ここ?」
ソロルが場所を聞いて、フェレスの視線を見てからブラッシングをせっせとしてくれたので、綺麗な毛並みになってきた。
「まあ、可愛くなりましたね」
スサに褒められて、フェレスは髭をぴくぴく動かしていた。
「にゃ、にゃにゃにゃ。にゃにゃにゃ」
「あら、なんですか?」
「ソロルに、ありがとうだって。気持ち良かったそうです」
「あ、いえ」
ソロルが照れ臭そうに笑った。リコも微笑んで、フェレスを撫でた。
「フェレス君もありがとう」
まだまだ経験のないソロルに任せたので、そう言ったのだろう。フェレスはよく分からないまま「にゃ」と返事をしていた。
豪華な馬車に乗り、シウはキリクとテオドロと共に王宮へ向かった。
前方には竜騎士2人が馬に乗り、後方の馬車にはテオドロの秘書や護衛達などが乗って進んだ。
道中特に何があるというわけでもなく、王宮へはすんなり入ることが出来た。
むしろ、正門前でのやり取りは大袈裟で驚いた。
待ち構えていた近衛騎士による、受け答えが面白かったのだ。
「シュタイバーン国、オスカリウス辺境伯とご一行様がお着きである!!」
「お着きである!!」
「承りましたる我が名はジョルジュ=アグレル騎士である!」
一事が万事、叫ぶので吹き出しそうだった。
もしかしてこちらも大声で名乗らないといけないのだろうかと思ったぐらいだ。
その後、ジョルジュとその仲間達に連れられて王宮内を歩いた。
案内されたのは意外と大きめの謁見の間だった。
中には大勢が待っているようだ。さすが魔法大国だけあって、魔術式がすごい。下手に感覚転移しない方がいいかなーと思ったが、意外に穴がある。
もしかしたら罠かもしれないので、慎重に解析を続けた。
デルフ国のように床に仕込んでいるかもと思ったが、そうしたものは一切なかった。
解析が終わる頃、大きな声でのやりとりが終了して部屋の中へと案内された。
特に攻撃性のある魔術式はなく、どちらかといえば守りに徹したものばかりだった。
「ようこそ、おいでくださいました」
のっけから友好的な声で、機嫌よく近付いてきたのはキリクよりもずっと年上の大貴族といった風体の男だった。
「これはこれは。ヴィクストレム公ではございませんか」
キリクががっちり握手をして挨拶している。
その名を聞いて理解した。アマリアの祖父アウジリオ=ヴィクストレム公爵だ。
「まだ引退されていなかったのですか」
「早く隠居して孫を可愛がりたいのですがな。そうもいかないようで」
チラッと振り返り、大臣達であろう男達を冷やかに見ている。
早くも、貴族の応酬が始まっているようだった。
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