336 冷たい王子様
それにしても、よくよく王家に縁があるのだなと思う。
シュタイバーンでも王族に会ったし、デルフでも同じく。
まさかラトリシアではないだろうと思っていたのに。呪われているのかしら。
神様からは幸運の持ち主だと言われたが、どう考えても幸運だとは思えない。引きの強さは、良い意味でも悪い意味でも、あるようだ。
そんなことを考えていたら、名を呼ばれた。
「シウ、お前も挨拶しなさい」
え。
一瞬戸惑ってしまった。キリクの無茶ぶりには驚く。相手があからさまに嫌そうな顔をしているのに、挨拶しちゃうの? と思ったものの、味方のキリクの発言に逆らうわけにもいかない。
シウは困惑しつつも、秘書官が止めないのを良いことに膝を折り、最上級の相手への礼儀を取った。
「お初にお目にかかります。わたしはシウ=アクィラと申します。拝顔の栄に浴し、身に余る光栄にございます」
「うむ」
扇子をパチリと閉じて、一応返事をしてくれた。
後方では忌々しげに舌打ちしている人もいたが、幸いにして王子には聞こえない程度のものだ。シウは感覚転移で彼等を見張っているので、行動は逐一確認できている。
「それで?」
顎をしゃくるようにして、シウを見下ろす。
王子は一段高い場所に座っているのだが、立ち上がったシウより視線が上でそうなった。もっとも高い位置でなくとも、見下す視線は変わらなかっただろうが。
「言いたいことがあるなら、今この場で言ってみよ。構わぬ」
「殿下」
秘書官が諌めたものの、ヴィンセントは扇子をパチリと鳴らし、視線だけで黙らせた。
シウはテオドロを見て、彼が小さく頷いたので素直に答えた。
「では、申し上げます。チコ=フェルマー第二級宮廷魔術師はどのような罪に問われますか? また災害報告を無視した方々の処分はいかようになされるのかお伺いしたいです」
後方でざわざわしていた空気が一気に消えた。
「罪、ときたか。よろしい。それについても話すがいい」
「はい。まず、シアーナ街道が大きな雪崩被害を起こしたことはご存知かと思いますが、ギルドで対処できない災害レベルであったため、担当部署へ再三に渡って報告を上げましたが出動はしていただけませんでした。その後、魔獣による吹雪や雪崩が原因と分かり、またしても災害報告を上げましたがやはり対応されませんでした。これらは僕を含め、冒険者で対処しました。冒険者で対応できたのなら災害レベルでなかったとお思いでしょうが、それは違います。報告書にも記しましたのでご存知の事と思いますが、もう一度申し上げさせていただきます」
一度、振り返って大臣達を見た。
それからまた王子の目を見て、続けた。
「僕が騎獣を持っていた、そのために魔獣の群れを倒すことができたのです」
王子の目が細められた。小さく頷いて、先を促すように顎をしゃくる。
「機動力の高い騎獣により、上空から攻めることができました。これは本来、騎獣を占有する方々の行う仕事です。つまり、この国では王侯貴族ないし騎士などでしょう」
「ふむ」
パチリと扇子を閉じる。
イライラしたように開いたり閉じたりしているが、これは話の合間に音を立てて相手を萎縮させるのが目的のようで、もはや癖となっているようだ。
「グラキエースギガスの討伐の為に、ようやく重い腰を上げて来てくださった宮廷魔術師方ですが、現地でも冒険者の宿営地を奪うなどして仕事をしていただけませんでした。騎獣をお持ちのはずですが、索敵もすべて冒険者に任せていたのです。その上、違反を犯してまで指名依頼を出し、呼び出されました。その間に、契約済みの騎獣を強制的に主替えしようと企てたのです。その後も違反であることをギルドから申し出ていたはずですが二度、指名依頼を提出し、最終的には嘘の報告を上げてまで『唯一の機動力がある冒険者』を差し向かわすよう、仕向けました。つまり僕を呼び出す為に、重大な犯罪行為を犯したのです」
ヴィンセントのこめかみがピクリと動くので、この人もそのうち血管が切れるのではないかと心配になった。
「彼はあろうことか、国を守るために赴いている冒険者を欺いて誘拐し、更には監禁しました。彼等を、僕を呼び出すための餌としたのです。そして、呼び出した僕を殺すよう部下や聖獣達に命じておりました。事実、剣を向けてきましたし、命じられた聖獣達も爪を振るってきました。この国の法では確か、それらは犯罪に当たると思います。それがたとえ冒険者という流民相手であろうとも」
後方からは息をのむ音が聞こえた。
「ところで、彼等は更に重大な罪を犯しています。それは、王都の目前に迫っているグラキエースギガスの討伐を差し置いて、そうした犯罪を起こしたことです。先ほども申し上げました通り、僕には機動力がありますので必然的にあの場にいた冒険者の中では高い戦闘力を持っていたかと思います。差し迫った危機の中で、その戦闘力の一部を失わせようとしたことは――」
「反逆罪だな」
パチリと音を立てて、ヴィンセントが言い放つ。
「殿下!」
「煩いぞ。さあ、続きを」
「はい。彼等にどのような意図があって、そうしたのかは僕には分かりません。どこまで考えていたのかも。ただ、グラキエースギガスを討伐もせず、そのようなことに現を抜かしていたことだけは確かです。信じてもらえるならば、ですが」
「……信じざるを得まい。同行した者からもそうした報告書が上がっている」
ふん、と鼻息で不満を表し、ヴィンセントは扇子を開いた。
「その後、騒ぎに気付いて方向転換した大型魔獣を誘導し、倒したのだったな?」
「チコ=フェルマー第二級宮廷魔術師以外の方々と共に、冒険者達と力を合わせて、です」
そう言うと、ヴィンセントはチラとキリクを見た。
面白くなさそうに溜息を吐いて、口を開いた。
「止めを、他国の英雄に任せてな」
「止めを刺せるほどの、宮廷魔術師が来てくださっていたら良かったのですが」
「お前ならできそうだがな」
「僕も他国の冒険者です」
「流民ならば、国は関係ない」
「僕には倒せなかったので、言葉遊びの空論にしかなりません」
秘書の顔が引きつってきた。言葉遣いが悪いので腹立たしいのだろう。シウが喋るたびに視線が鋭くなっていく。
シウは少しだけ、表情を緩めた。真面目で厳しい顔を続けるのは苦手だ。
「チコ=フェルマー第二級宮廷魔術師の件で、殺されそうになるとは思っていませんでしたが、争いに巻き込まれることで立場が悪くなるのではと心配し、辺境伯が来てくださったんです。さすがは英雄と称されるだけあって、時機に合うといいますか」
「時機に投ずる、だろうが」
隣りで黙って聞いていたキリクがぼそりと苦笑気味に口を挟んできた。
「隻眼の英雄は、使われたと言うわけか」
フッと小さく笑うヴィンセントは、少し人間らしくなった。
ただし、嫌味な感じは変わらず、皮肉調だ。
「子供1人に振り回されたのは同じであるな」
パチリと扇子を閉じ、ヴィンセントは立ち上がった。
「罪と申したが、残念ながら未然に防がれた事件に関する貴族への罰則はないに等しい。しかし、我が国を貶めようとした行為は許されん。よってチコ=フェルマー第二級宮廷魔術師には蟄居を命ずる。災害報告を無視した者どもはすでに処分を下すため、役から解いている。いずれ裁判により罪が決まるであろう。お前にとっては甘い結果かもしれぬがな」
「いいえ、甘いとは思いません」
「そうなのか? 反逆罪を問うのなら処刑でも妥当だが」
「殺すだけなら簡単ですよね」
ギョッとした空気が漂った。秘書官など嫌なものを見るかのようにシウに視線を向ける。
「でも、殿下が仰られた通り、未然に防がれました。つまり、僕は暗殺もされていないし、王都は巨大魔獣に蹂躙もされていないわけです。となると、犯した罪よりも罰が大きいです」
「そうか。では蟄居で妥当と言うことか」
「僕としては、奉仕活動1ヶ月、ぐらいでも構わないんですが」
「ほ、ほう、し?」
秘書官が思わずといった感じで聞き返していた。本来、こうした場で口を挟むのはご法度なのだが、キリクといい秘書官も、勇気のあることだ。
「奉仕とな」
「はい。今更、長年培ってきた価値観を変えることは、特に高位貴族の男性にそれができるとは思いませんが、少なくともそうした世界があることだけは、理解できるのではないかと」
「……くっ、ふ、ふはははは!!」
扇子で椅子の背を何度も叩きながら大笑いし出した。秘書官も阿るように頬を動かすが些かおかしい。
なにしろヴィンセントは本気で笑ってなどいないのだから。
「蟄居の方が本人もまだましだろうし、そも、そんな罰を与えたらあやつは自刃するだろうよ。あ、いや、そのような勇気もないか。むしろ」
不意に真顔になって、思案げにシウをチロリと見た。なんとなく蛇のような視線だ。
「そうだな。むしろ、お前をまた殺そうと、妙な思考回路にならんとも限らん。やはりその案は却下だ。残念だろうが」
「いえ。半分冗談ですから」
そこで、肩を竦めて見せた。
ヴィンセントは目を細めたものの、何も言わずに頷いた。
それから、去り際に、さも今思い付いたのだと言わんばかりに声を上げた。
「ああ、そうだ。今回の功労者方を招いて、晩餐会を催す。また、シウ=アクィラには慰謝料と褒賞を与える。英雄にはまた別件での話し合いとなろう。もうしばらく滞在されよ」
最低限のマナーは守ったぞという態度でキリクに目礼すると、ヴィンセントはさっさと部屋を出て行ってしまった。
残されたシウは、隣りのキリクに笑いかけた。
「ようやく終わったけど、キリクはまだ災難が続くね。お疲れ様」
「……お前の強心臓には負けるよ。ま、俺もあとは交渉のみだ。さあ、何もらおうかな」
他国の貴族に、表立っては褒賞を与えられないため「話し合い」なのだろう。キリクは何か貰う気満々だが、国同士の交渉材料のことだろうとシウは聞き返さなかった。
まさか本気で宝物狙いではないよな、という不安もありはしたが。
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