337 ヴィクストレム公爵
その後、シウ達は別室へ連れて行かれた。
向かう道すがら、大臣やら上級役人などが不満を口にしていたが、アウジリオが一喝していた。
キリクものっそりと続いて、謁見室からは歩いて10分ほどの小さな客間へと通される。
廊下にラッザロ達護衛を置いて、部屋にはアウジリオとその秘書と従僕、それからキリクとシウ、フェレスにテオドロが入った。
「いやあ、楽しかった!」
部屋に入ってから、開口一番にアウジリオが笑い出した。
それまでは厳つい顔で廊下をずんずん歩いていたのに。
「シウ殿、君は全く面白い! はっはっは!!」
「ヴィクストレム公、あまりおだてないでください。このままだとわたしより、ひどいあだ名が付けられてしまいます」
「『血塗れ』よりか? ああ、それとも『野生児の貴族』だったかな」
「……勘弁してくださいよ」
キリクは頭に手をやって、綺麗に梳られた髪を掻くわけにはいかないと気付いてから、手を下ろしていた。代わりに、はあと大きな溜息を吐いて、アウジリオに聞かないうちからソファへどっかと座りこんだ。そうしたところが『野生児の貴族』なのだろう。
「ところで、この中に敵はおらぬのだろう? ならば、わたしのことはアウジリオと」
チラッとテオドロを見てから、キリクに向かって言う。
テオドロは苦笑しつつ、丁寧な挨拶をアウジリオに行った。
「初めてお目にかかります。テオドロ=グロッシ、子爵位を戴く弁護士でございます。エストバル侯爵家に連なる下級貴族でございます。もちろん、敵などではございません」
「むろん、そうであろう。シウ=アクィラ殿の弁護に参ったのであろうからな。だが、わたしとはどうかね。なにしろヴィクストレム家だ」
「アウジリオ殿、いい加減テオドロ殿をいじめないでください。あなたはアンヘル殿とも仲が宜しいはずだ」
「おや、シュタイバーンではそうした風に伝わっているのかね?」
「よくそのようなことを仰いますな。王都下の飲み屋でどちらが酒に強いか飲み比べた話は、確かあなたからお伺いしたはずですが?」
「覚えていたのか! 悪ガキ坊主だったゆえ、忘れておったかと思ったわ」
機嫌よく応酬し、アウジリオは大笑いしてソファに座った。当然、上座だ。
彼の秘書がさりげなく、テオドロを向かいの下座にあたるソファへ誘導していた。従僕は隣室へ行き、お茶の用意をしているようだった。
「何をしているか。シウ殿も座りたまえ」
「はあ」
何故か隣りをポンポン叩いて示す。そこはまずいんじゃないのかなーと思ったのだが、構わん構わんと上機嫌だ。
チラッと秘書官を見たら、苦笑しつつも小さく頷いてくれたのでそうする方が良いのだと思い、すすすと早足で寄って座った。フェレスも何故か忍び足になってついてきて、その前の床にぺたっと座った。前足を交互に重ねているのは、騎獣のきちんとした座り方、らしい。リデルに教わったのを思い出したようだ。あのお婆さんスレイプニルは礼儀作法には煩かった。
「蛇と呼ばれる第一王子の威圧にも耐えるとは、すごいものだ」
「こいつは、威圧には動じませんよ。なにしろ、魔獣のスタンピード発生を発見してから、討伐隊が到着するまでの間ずっと1人で見張っていたのですからね」
「ほお」
むず痒い話になってきた。シウは居心地悪く、話題を変えようと口を開いた。
「ところで、晩餐会には僕も出ないといけませんか」
「当然だろう」
「当然だな」
アウジリオとキリクから、同時に言われてしまった。
テオドロも苦笑しつつ、窘めてきた。
「晩餐会までがひとつの区切りとなりますから、出席しなければなりません。ただ、殿下のお話しぶりから察するに、褒賞を賜る授与式は簡易になろうかと思いますから、さほど時間は取られないでしょう。晩餐会でもわたしが傍に付いておりますので、大丈夫ですよ」
「うむ。グロッシ子爵ならば安心して任せられるだろう」
「なんだ、やっぱりテオドロ殿のことをご存知だったんじゃないですか」
「弁護人が頼りなければ、わたしのところで手配しようと思ったのだ。こうしたことは手抜かりがあってはいかん」
「それにしても、何故こうまでシウに? シウの後見人がわたしだとはまだご存知なかったでしょうに。随分早い手回しをしていたようで」
謁見の間であまり反対意見がなかったのは、テオドロだけでなく彼の力もあったようだ。そもそも、すでにシウの方へ軍配が上がっていた。
「キリク殿から頼まれたわけでもない、ましてや良い歳をした大人の男を守ろうとは思わぬよ。子の関係でもないのだし」
そのへんはドライなのか、アウジリオはちょっと冷たい顔を覗かせた。
昔馴染みだとはいえ、頼まれない限りはお節介など焼かない、ということだろう。
「ならば、何故?」
「……孫娘に頼まれたのだ」
ツンと顎を反らせて、初老の厳つい顔の男が答えた。
キリクが、ふと動きを止め、ジッとアウジリオを見た。アウジリオはそっと目を逸らしつつ、今度は声を潜めて同じことを口にした。
「孫娘のアマリアに、頼まれたのだ」
「……そうですか」
キリクがチラッとシウを見た。テオドロも見るので、仕方なく説明した。
「アマリアさんはシーカー魔法学院で同じ科目を受けるクラスメイトなんです。今回の事を先生に報告していたら、お耳に入ったらしく、とても心配してくださって。お父上にご相談してくださるとの優しいお言葉に甘えてしまいました。まさか公爵様にまでお話されているとは思わずびっくりしましたが、こうしてお力添えいただき大変助かりました。ありがとうございます」
「うむ」
「それにしても、アマリア嬢と知己を得ているとはなあ」
「シウ殿がシーカー魔法学院に在籍していたことは幸運でしたね。あの学校には貴族関係の方々も多いでしょう」
テオドロが微笑んだ。
「はい。他にもクラスメイトや先生方が力になってくれると仰ってくれて」
「成る程、それでか。いや、取りまとめるにあたって、意外と多くの貴族から嘆願があったのだよ。それほど有名な子なのかと、驚いたほどだ」
なあ、とアウジリオが秘書官に声を掛けている。公爵と同じ年齢ぐらいの男性は、落ち着いた様子で、さようでございますね、と答えていた。
「先生方やクラスメイトの皆に恵まれました。同じ学校内でも、ギスギスしたところもあるようなので、つくづくご縁というのか、運が良かったなと思います」
「運が良いなら、殺されそうにはならないがな」
「キリク、様」
普段の言葉遣いが出かけて、あっと一瞬間が空いた。アウジリオは片眉を動かしたものの、素知らぬふりをしてくれたので、シウは苦笑しつつキリクを見た。
「まー、でも、引きの強いことだ。俺も相当、面倒事には巻き込まれてきたが、お前も相当だな」
堅苦しい話し方を、彼も止めたようだ。シウの失敗にかこつけてなのか、あるいは助けるためにか、どちらにしろキリクにとってはこちらが気楽なのだろう。
「ま、そういう人間はずーっと、そうだ。諦めろ。ああ、なんと言いましたかな。アウジリオ殿、この国の寓話で――」
アウジリオが笑みを深くして、ふっと笑い声を漏らしながら教えてくれた。
「神に愛された男の一生だね。1人の人生だというのに、何百何千といった逸話がついてくる、凝縮された人生。それだけの意義ある人生を全うするためにも、一生懸命生きろという教訓話だ」
しみじみと語ってくれた。
「違った捉え方もある。人生とは、誰もが同じく沢山の逸話でできている。軽重に違いはあれど、人それぞれの受け取り方で違ってくるだけで、本人には重要なことなのだ。とにかく、自分が人生を濃く生きていれば良い、そうした訓話なのだと言う者もいた」
「成る程」
キリクは楽しげに頷いたが、シウは内心で汗をかいた。
神に愛された男だなんて、恐ろしい。
少女の姿を模した神様が聞いたら、なんというだろうか。
まあ、愛されてはいないだろうが、面白がっている節はあるのでまた変な発破をかけられるかもしれない。
気を付けよう。
「どうした、シウ?」
「いえ、えーと。……僕としては冒険者の仕事を早めにリタイアして、老後はのんびり山で暮らしたいなと思っているので、濃くなくてもいいなと思っていたところです」
「それはまた」
アウジリオが不思議そうに片眉を上げた。
キリクは苦笑している。
「相変わらずだな。そこまでヴァスタに似なくても良いのに。おっと、急に隠遁するなよ? ちゃんとあちこちに知らせてからにしてくれ。あと、遊びに行けるようにな。でないと残された友人は悲しむ」
「……はい」
爺様が何を思って急に樵になったのか分からないが、本人は前から早めの隠居生活をしたかったそうだし、意味のあることだったのだろう。
聞かされてなかったキリクだけが悲しかった。
もしかして、友人と思われてなかったのかしら、と思ったが、冗談でもそんなことを口にしたらキリクに泣かれそうなので、言わずにおく。
それぐらいは空気が読めるシウなのだ。
世間話の後、晩餐会の打ち合わせなどをしていると、キリクが呼ばれた。
アウジリオも出て行ったので、シウとテオドロだけで話し合いを済ませた。
アウジリオの秘書が手配してくれたのか、ほどなくして実務担当の役人も来てくれたので、流れも大体把握できた。
晩餐会自体は風の日に行われることが決まったらしい。急な話なのと、呼ばれるのが冒険者達であることから貴族への招待状は送られないため、規模は小さいとか。
ようするに建前上、国が晩餐会を開きますよ、という形にしただけらしい。
とはいえ、宮中内で仕官する貴族や役人などは参加するだろうから、気は抜けない。
上位貴族が出ないであろうことだけが救いだ。
テオドロなどは「突然現れることもある」と脅してきたが、そうした場合は無礼講だろうからいいのだ。たぶん。
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