338 騎獣の運動量
2時間ほどしてキリクが戻ってきた。
アウジリオは帰ってこなかったが、従僕が来てくれて「お送りします」と城外まで案内してくれた。
行き届いた丁寧な応対に、さすが公爵家だなあと思う。
お別れするとき、従僕が少しだけフェレスに視線を向けたので、
「良かったら撫でてやってくれませんか」
と申し出たら、初めて年齢相応の顔をして、そっとフェレスを撫でていた。
それから恥ずかしげに笑って、ありがとうとシウとフェレスに言ってくれた。
上位貴族の家の従僕でさえも騎獣には触れ合う機会がないのだ。そう思うとやはり歪な国家だなとも思う。
帰路の馬車の中でも、そうしたことを話した。
「シュタイバーンだと、庶民でさえ騎獣に触れることも多いのに」
「ちょっと頑張ったら借りられるからなあ。貴族の子弟などは普通に借りるし、どうかしたら自分で持てるぐらいだ」
「ルシエラではあまり見かけないけど、運動量は足りてるのかな」
気になって誰にともなく聞いてみると、テオドロが答えてくれた。
「この時期ですと、南の保養地へ主と共に連れられていることも多いですね。とはいえ、囲い込んでる状態ですから。運動、という考え方も聞いたことがありません」
「人間だって、狭い部屋に居続けたら心がおかしくなるのに。希少獣の中でも騎獣や聖獣は人間を乗せて飛ぶほどだから、それなりの運動量をこなさないといけないんだけどな」
「そうなのか?」
「そうなのですか?」
「え、そうだよ」
「学校で習ったのか?」
不思議そうに聞かれるので、いいやと首を振った。
「学校で習わなくなったって、当たり前のことでしょ。人間が物を食べ用を足す、それと同じだよ。学校でそんなこと習わないでしょうに」
「……っ」
キリクが息を飲んでいた。
テオドロと顔を見合わせているので、シウの方が驚いた。
「え、おかしい? でも、飛竜達だって、飛ばない日が続くと怒らない?」
「ああ、まあな。でもそれは飛ぶ生き物だからだろう?」
「騎獣だって飛ぶよ。走るし、遊ぶ。フェレスは森が好きだよ。思う存分走り回ってる。魔獣だってひとりで狩れる。魔獣スタンピードの時だって、丸1日飛び続けていたほどだし」
キリクがギョッとした顔をして、足元に寝転がるフェレスを見た。それからゆっくりとシウに視線を移す。
「そういえば、お前たちはずっと見張っていた。飛びながら、か」
「それぐらいの運動量は必要だってことだよ」
「そうだったのか」
「わたし達はどうやら、騎獣の性能を充分に発揮できていないということでしょうか」
テオドロが真剣な顔で呟いた。
結構、大事な話だったのだと、シウも気付いた。
「そういえば」
思い出してキリクに話す。
「フェレスは騎獣としては下位なのに、そう、フェルマーに殺されそうになった時、囮役をしてもらったんだけど、レーヴェとティグリス、ドラコエクウスの2頭を相手に逃げ切っていた。最後の方では息が上がっていたけど、確実に逃げ回ることができていた」
単に経験値の差だと思っていたが、基礎体力も違うのだと気付いた。
「王都のギルドから雪崩のあった宿営地まで、最終的にフェレスは30分かからずに飛んでいた。それって、やっぱり基礎体力が上がっていたんだね」
「あの距離をか。そりゃあ、聖獣並じゃないか。どれだけ早いんだ」
キリクが驚いてフェレスを見下ろしていた。
「フェレス、スピード狂だからなあ。負けず嫌いだし」
「……いろいろと考え直さないといけない問題だな。これを、論文として発表するか?」
「なんで?」
「オスカリウス辺境伯――」
「おっと、ここにはテオドロもいたな」
苦笑している。
2人の微妙なやりとりを見て、シウも理解した。
「軍の騎獣隊の訓練内容を見直すとか?」
「察しの良い子供はこれだからな」
「すぐ軍に反映させようとする大人もどうかと思うけど」
「お2人とも……。さ、お屋敷に到着しましたよ」
呆れつつも笑いながら、テオドロがさっさと会話を終わらせていた。
翌日は、キリクへの客人も断るとのことで本人は朝寝を決め込んでいた。
テオドロはシウのみならずキリク関係の対応も請け負ってくれたので、泊まり込みで秘書のように仕事をこなしてくれている。
大変そうなので、朝にご飯を作った後、おやつも作ったから差し入れした。
彼もシウに負けず劣らずの早起きらしく、しかしブラード家に面倒を掛けてはいけないとこっそり起きて事務仕事をしていた。気遣いの人なのだ。
「美味しい珈琲の差し入れとは有り難い。と、これは一体?」
「オレンジピール入りのスコーンです。バタークリームを付けて食べるのも美味しいですよ。あまり甘くないですから、朝にはぴったりです」
「それは嬉しい。ありがとう。君はこれから外出かい?」
「はい。冒険者ギルドへ顔を出そうかなと思ってます。薬草採取の依頼があれば受けるつもりです」
「薬草、かい? でも君は魔獣を狩れるほどの腕前なんだよね」
「魔獣狩りは、冒険者が戻ってきた今となっては僕じゃなくても良いし、それよりは薬草採取の方が向いているので」
「……君は本当に、なんというのか、変わっているねえ」
変わっていると言いながら、微笑ましそうにシウを見つめてきた。
「でもそういうのは、好きだな」
頷きながら、そんなことを言ってくれた。
冒険者ギルドではシウの思った通り、雪崩現場から戻ってきた冒険者達が多かったせいか、近隣の森の魔獣狩り依頼はほとんどなくなっていた。
薬草採取はあったので受けることにした。
「……毎回思いますが、マメですね」
受付のユリアナに言われてしまった。
「そうですか?」
「だって、あんなに大変な仕事を終えて、報酬も沢山あったでしょうに。普通の冒険者でしたらしばらく豪遊しますよ」
あ、やっぱりそういう感じなんだ。
シウは笑ってしまった。
「そんなことしてたら老後困るじゃないですか」
「……堅実ですねえ」
そうした会話をしつつ依頼を受け付けてもらった。
依頼の薬草は近場にはなく、雪崩現場の西あたりで見かけたことがあったのでそちらへ向かった。
以前、ニクスルプスの群れを発見した際に、このへんの岩猪などをまとめて狩ったのだが、また魔獣が出てきている。
繁殖力が高く、どこからともなく現れるので侮れない。
魔獣の生態は未だに不明だ。
シアーナ街道は再開したばかりなのでケチがついてもいけないだろうと、ついでに魔獣狩りもしておく。
薬草採取自体は1時間もあれば終了し、個人的な採取も済ませてしまったのでやることがなくなった。
「フェレス、競争する?」
「にゃ!!」
やる、とのことだったので、冒険者仕様の飛行板を取り出して乗った。
「よし、じゃああの山の頂上までね」
「にゃん!」
よーいどん、と言う前にフェレスが弾丸スタートしてしまった。
慌ててシウも追いかける。
飛行板自体の性能では追いつけないほど引き離されていく。やはり風属性で覆っていないなどの問題があるからだろう。補助しないとスピードも上がらない。燃料用の魔核があっという間になくなりそうな勢いだ。
仕方なく、自身の魔法で速度を上げることにした。ついでに空気抵抗をなくすような、風の流れを作る。
途端にスピードが上がった。
ぐんぐん進んで、とうとうフェレスの背後に付いた。フェレスが気配に気付いて振り返った時にはもう並ぶほどになっていた。
「ぎにゃ!」
もう来た、と慌ててまたフェレスが飛ばす。シウも速度を上げようとして、そこで頂上に到着してしまった。
勝ったのはフェレスだった。
「にゃふぅ」
安堵したような変な鳴き声で、フェレスは地面に降り立ってへなへなと座り込んだ。
頑張りすぎたようだ。
「結局、風属性ある方が、便利と言えば便利なのか」
「にゃ?」
「んーん。独り言。ところで、フェレス、追われて怖かった?」
「にゃ。にゃにゃ」
楽しかった、と満足そうな返事だ。フェレスは人生が楽しそうだ。それが一番良いことだなと思う。
「もう1回、勝負する?」
「にゃ、にゃにゃにゃ」
する、今度も勝つ、とのことだった。
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