511 新たな火種
金の日の午後は、新魔術式開発研究の授業である。
先週は珍しく突然の休講だったが、その理由が授業終わりに判明した。
「えっ、政争?」
びっくりしてファビアンの顔を見た。
「ヴァルネリ先生の兄上が宮廷魔術師だということは知っているよね?」
「う、うん」
何と言ってもグラキエースギガス討伐の際に岩石魔法の持ち手として現場を整えてもらったことがある。
「フェルマー伯爵が失脚したので、後釜に誰が収まるかということで宮廷魔術師達の争いが生じてね」
「争いって」
「もちろん、水面下でだよ」
苦笑された。
「ヴァルネリ先生も教授の座が危うくなるかもしれないので、兄君から釘を刺されていたようだね」
「えーと、言質を取られないように、とか?」
その通りと、にっこり微笑まれた。
「しかも夏休み明けにとんでもないスタンピード級の出来事が起こったからね」
「え、なんですか?」
質問したら、ぽかんと見つめられてしまった。
周囲からも笑われてしまい、え、と振り返ったらオリヴェルと目があった。
「アマリア嬢のご婚約だよ」
「あっ」
「あれで宮廷内の勢力図が一気に変わってね」
「そうそう、父上も走り回ってたよ、文字通りね」
ジーウェンが肩を竦めていた。彼は伯爵家の子息なので、特に関係も深かったのだろう。男爵家のランベルトは、上の世界だなあと笑いながらもシウにあれこれ教えてくれた。
「学校内でも大変な騒ぎになっているんだ。表向きブラード家の功績となっているが、どう見ても君が噛んでいるだろう? そりゃあ貴族達はすごいものさ」
「はあ」
もしかして苛められるのだろうかと思ったら、その割合は半々だと言われた。
「もちろん、今回の件を無下にされたクストディア派や、画策したであろうニーバリ家などは目の敵にしているだろうね」
「うわー」
「同時に、大派閥のヴィクストレム派と、穏健派、中立派などは、君の行動を逐一把握しようと躍起になるだろう。身のうちに入れたいと思う人も多いだろうね」
「えー」
「幸いにしてオリヴェル殿下とご学友だということ、そしてヴィンセント殿下とも付き合いがあることで、皆、牽制し合っている状況なんだ」
「ああ、そういう……」
「ということで、君、本当に身辺に気を付けてね」
ファビアンに念を押された。
そういえば今日もよく視線を感じた。あれはシウがどのような人物か見極めようと見に来ていたのか。
フェレス達のおかげで視線に晒されることが多いので、全く無視していた。
しかも、だ。
「その、たぶんだけど、その子も希少獣だよね?」
さすがにばれたらしくて、シウは申し訳なさそうに彼等にも報告した。
「はい。ブランカも騎獣です」
「やっぱりかあ。いや、休み明けに見て、ちょっと猫と言うには違う気がしたんだよね」
「大きすぎるよね」
なのに、顔はまだあどけなく、幼いのだ。
「そのことでもやっかみがあると思う。くれぐれも気を付けるんだよ」
「わたしも王族としての力はないけれど、友人として君の力になりたいと思っている」
「オリヴェル様」
「シウ。どうか、わたしのことはオリヴェルと」
彼が言い出すと他の面々も、様付けなど不要だと言い出し、結局「友人」として付き合うことになった。
ファビアンが苦笑していたので、これも彼等の言う「政治」のひとつなのかもしれなかった。
それにしても困ったなあと思い、生徒会へ顔を出してみた。
ティベリオがいることは分かっていたのでお邪魔したのだが、彼はすぐさまシウを彼個人の借りている部屋へ案内してくれた。
生徒会室では話ができないようだった。
ただ、彼は深刻でもなく、部屋に入った途端に爆笑していた。
「君、本当にやることが突拍子もないよね!」
「えーと、はい」
「いやあ、もう、度肝を抜かれたよ」
「そうなんですか?」
そうさ、と笑いながら教えてくれた。
「最初は戦争が始まったのかと思った庶民もいたそうだよ。もちろん、国には連絡が行っていたようだけど、飛竜の編成隊が、ああも美しい飛行形態でやってきて、立派な飛竜が国の持つ国賓用飛竜発着場に降り立ったんだ」
まるで見てきたように言うなと思ったら、実際に見たそうだ。夜会の始まる前、夕刻のことだったらしい。
国王は事前に分かっていたので自ら出向いていたそうだが、そうなると他の貴族達も気になるのでついていく。
ティベリオも興味津々で見ていたら、飛竜からは堂々とした他国の英雄と、自国でも有名な美少女が降り立ったのだ。
一応、話は聞こえないようにしてあったらしいが、どう見ても結婚の挨拶にしか見えない。
事実、強心臓の持ち主が夜会の時に国王へ質問したらしい。
そこで今もっとも社交界で有名な話となっているアマリア嬢が、他国の英雄と婚約した話を聞かされたのだ。
爆弾級の話、というわけらしい。
「アリスティーナ=エメリヒの顔といったら、なかったよ」
「人が悪いなあ」
「悪いのは相手さ。アグリード=ダゴスティニなど、クストディア侯爵に嫌味をぶちかましたそうだよ」
「家格が違うのに? それってすごくないの」
「すごいよ。でも、クストディア派とは言っても本来の繋がり、親と子のような関係ではないしね。今回はダゴスティニ男爵が話に乗ってあげた立場だったのだろうね。エメリヒ伯爵夫人も恥をかかされたと言って早々に立ち去っていたし、夜会はものすごく荒れたよ~」
という話を楽しそうにするものだから、彼も立派に貴族だと思う。
「でもまあ、アマリアさんのことは、良かったよ。本当にありがとう」
「……ううん。これもアマリアさんの運だと思う」
「運か。成る程、そうだね」
面白いなと顎を触りながら言って、ティベリオはチラリとフェレス達を見た。
「噂を聞いた?」
「はい。ファビアンやオリヴェル達に、さっき」
「ああ、オデル家と、殿下か。うん。中立派だね。よしよし」
「いろいろあるんだね」
「そうだよ。君は今、貴族の中じゃ熱い存在だ。気を付けるんだよ」
「同じことを言われました」
「でも君には強力な後ろ盾があちこちにいるからね」
「キリク以外に?」
ティベリオがおやと片眉を動かして、にやりと笑った。
「ヴィクストレム公もそうだ。それにオデル辺境伯、エストバル侯爵家」
「え、それは」
「そう、我が父を説得した。時流に乗れ、とね」
「わあ……」
更にはと、指を立てて彼は言った。
「ヴィンセント殿下だ。それに冒険者ギルドと商人ギルドの力も侮れないね」
「ああ、それは確かに」
「そう、我が国の貴族相手に負けることのない布陣だよ。ただし」
笑みを消して、ティベリオが真剣な表情になった。
「ヒルデガルド嬢は別だ」
「あー」
「彼女が引っ掻き回したせいで、学院の貴族の子弟達の勢力図も滅茶苦茶になった。まとめるのに未だ苦労しているんだ」
お疲れ様ですと言ったら、冗談を言ってる場合じゃないよと窘められた。
「彼女は挽回を図るべく、ないことないことを言って回っている。エメリヒ伯爵夫人に相当罵られたらしくてね。噂では顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていたそうだよ。恥をかかされたのはわたくしの方だわ、と。そんな彼女の次にやることと言ったら、分かるよね?」
「僕ですか?」
「そう。アマリア嬢も危険だけれど、今は目立ってしようがない。となると、自然の流れとして君に向かうだろう。逆恨みだけど、彼女の中ではそれが正義なのだから」
ふうと溜息を吐いて、同情めいた目でシウを見つめてきた。
「厄介な相手に目を付けられて、大変だと思う。アマリアさんも同様に苦しんだから、余計に同情するよ。僕も力になるから、乗り切ってほしい」
「はい」
「……君は益々貴族が嫌いになるのだろうね」
シウは苦笑して肩を竦めたものの、出てきた言葉は彼の言った事を否定するものだった。
「その貴族に僕は何度も助けてもらってますし、今度もまたそうなるのだと思います」
「うん」
「なんていうのかな、絶対に貴族というものになりたいとは思わないけれど、良い隣人として付き合う分にはアリなのかなと考えられるようになりました」
「ふは。そういうところが、君らしいんだね。うん、しかも、利害関係なく言っているのが分かるだけに、聞いててちょっと照れ臭いね」
「そう?」
「そうだとも。貴族はこれでいて、真っ正直に見つめてくる心の綺麗な相手には、裸にされたような心地で恥ずかしくなるものなのさ」
どういう喩えなのだと思ったが、言い返したりはしない。
「君と僕は友人だ。いいね? 今後も、僕は友人として君の手助けをしよう」
だからティベリオと呼び捨てにしてもいいよ、と続け、彼と共に部屋を後にした。
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