512 ストレス解消と商人ギルドとの話し合い
モヤモヤしているときには料理をするのが一番だ。
ということで土の日は朝から晩まで、ひたすら料理をして過ごした。
新しく手に入ったスパイスを鑑定したり調合したり、そうしたことも楽しかった。
ラーメンは相変わらずできないけれど、考えるのも面白い。
どこか実験に近いものがあるのだ、料理は。
おやつの時間には新しい物も出したりした。
「これは揚げているのですか? 食事ではなくて、おやつ?」
「うん。こっちがお米で作ったおせんべいだね」
焼いたものではなく揚げたものだ。味にはバリエーションを付け、塩味・海苔塩・甘め醤油味とした。
「こっちはジャガイモをスライスして揚げたんだ。食べ過ぎると胃にもたれるし女性には太る素だから気を付けてね。揚げないやつも今度作ってみるけど」
味は醤油、ガーリック、コンソメ、海苔塩などにしてみた。
もしかしたらカレー味もいけるかもしれない。
これらは揚げているせいか、男性陣に大変好評だった。
もちろん、女性も美味しいとは言っていたが、甘味ほど沢山は食べられないようだ。
どうせならとジャガイモの揚げないバージョンも作ってみたが、油分が減った分食べやすくなったようで、女性陣には好評だった。
あと、女性は薄くスライスするよりも、少し太めにカットしたものの方が好みらしかった。
ジャガイモのフライも彼女達は好きなので、食感を楽しむのかもしれない。
これらは酒のツマミにも良いということで、夜、遊戯室で過ごす男性陣の為に料理人達が作ることにしたようだ。
酒のツマミと言えば、イカの一夜干しを焼いたもの、鮭のジャーキー、牛のジャーキーなど先週から屋敷内でブームとなっていた。
どれもシウが披露したのだが、酒が進んでしようがないと愚痴のようなお礼を言われてしまった。
このままブラード家で秘匿していてもしようがないので、ぜひレシピを公開してはと言われていたので翌日、風の日に商人ギルドへ行ってみることにした。
早速シェイラの部屋に通されると、開口一番お疲れさまと労われてしまった。
「噂が広まっているわよ~」
楽しそうに笑って言うものだから、シウも笑顔で返した。
「いろいろ大変なことになるみたい」
「安心してね、商人ギルドは早々にあなたに付くと決めたから」
「……ありがと。ちょっとびっくりだけど」
「あらどうして?」
「だって、商人って利に敏いわけでしょう? 僕よりも貴族に付いた方が良いんじゃない?」
「まあ、言うようになったわね! でもそれを言うなら、あなたの後ろにいる沢山の有力者目当て、ということもあるのよ」
「だよねー」
苦笑すると、シェイラが生真面目な顔付きとなった。
「でも、一番はあなたの心根よ。分かってる? あなたがどうしようもない人間なら、全員一致で決めたりなんかしないわ。ま、その次に来るのはあなたの生み出す知識だったりするのだけれど、それは利に敏い商人だから許してね?」
最後はジョークで決めてくれた。
さて、そうした噂話などを済ませると、すぐにレシピの登録などを行った。
そこで嫌な話を聞いた。
「え、お菓子の家を?」
「そうなの。でも確か、これはブラード家の調理人が編み出したものよね」
「うん。最近では芸術の域にまで高めて、お客様もそれを楽しみに来てくれるんだ」
「じゃあ、その客人の誰かが漏らしたのね。それをこの店が自身のものとして、占有しようとしたのか」
レシピ登録の申請中らしき書類は、さすがに見せてはもらえなかったが話だけ聞くとモロそのものズバリだった。
「このお店、ちょっと評判が良くないのよね。レシピの盗作疑惑もあって、申請を止めていたの」
「そうなんだ」
「困ったわね。確かに、客人達の証言をもらえたらどちらが先か分かるけれど、あちらは嘘の証言者を立てる可能性もあるのよ」
「そんなにひどいところ?」
「王室御用達の店なのにね」
とにかく、調査を続けるということ、それからブラード家にも近日中に聞き取り調査に行きたいという手紙を預かった。
さて、それはそうとして、ジャーキーなどどれもシェイラを満足させるものばかりだったらしい。
同僚を呼び寄せてまで試食し、楽しんでくれた。
レシピとは関係ないが桃のタルトケーキもお土産として振る舞うと、秘書ともども喜んでいた。
「これ、袖の下にならないよね?」
「あら。そういえば、それぐらいの効力はあるかも」
ふふふと笑って、冗談を口にしていた。
ついでにまだ完成品ではないが、≪歩球板≫と名付けた街乗り用の移動スケボーモドキを見せたら、こちらも喜ばれた。
「ハンドルがてら、≪把手棒≫みたいな杖を付けることもできるんだ。これなら安全だろうし。本体も、ぶつかった時の対策として結界を張って危険を回避できるようにしてみた。ものすごく狭い範囲で効力も小さいから、馬車を相手にぶつかったら助からないだろうけど」
「当然よ。そのへんは自己責任だわ。あなたの作るものって安全対策にばかり技量が割かれているけれど、本来は必要のないものばかりなのよ。普通はその分、術式を削るものだもの」
「うん、でもほら」
「ええ。あなたは節約している分そこに割きたいのよね? 了解!」
ところで、と彼女はイカ割きを食べながら、シウに質問してきた。
「この製品名、どういう意味なの?」
「あー、球と歩くという言葉で造語だよ」
「球?」
「裏返しにしてみて」
秘書が持ち上げてシェイラに見えるよう、掲げた。
「ああ、成る程、球体なの……。車輪ではなくて、球体」
びっくりしたのかイカ割きが落ちた。
「すごい発想ね……」
「こうすると内部の空間がクッション、緩衝材となって衝撃を和らげてくれるんだ。つまり、石畳のでこぼこでも転げることがないというか」
「すごいわ」
「できれば、貸与システムなんかにして、競技にしてしまうとか、ある一定の場所で乗りこなしてもらう方が僕には安心なんだけどね」
「でも冒険者仕様の飛行板から目を逸らさせるために作ったものでしょう?」
「えっ」
シェイラはうふふと、目を細めて笑い、肘をついて手の上に顎を乗せた。
「情報は命なの。冒険者ギルドの支部職員と揉めたことも知っていてよ?」
「すごいね」
「ええ。すごいの、わたしは。だから、安心してちょうだい。一般売りするとしても、規則作りに関しては細かく対応させてもらうわ」
ウィンクして、自信たっぷりに言い放ったのだった。
ただし、これらの件はシウの巻き込まれるであろう事件の後、正式に決めようということになった。
これを奥の手だったり、切り札として貴族との交渉に臨める可能性もあるからだ。
とはいえ、誰かに先を越されてもいけない。途中まで申請中ということにし、決定だけはシウの気持ちひとつ、という状態にしてくれた。
光の日は、また別の支部から研修者が来て、シウは冒険者ギルドにて講習を行った。
前回の事があったからか、話が充分行き渡っていたようで特に揉めることもなかった。
王都の外での実地訓練でも問題はなく、フェレスがまた誰か乗せるのかとウロウロして無理やり乗せていたのが面白いぐらいだった。
もちろん、乗せてもらった若手職員は喜んでいた。
夜には、恒例となってしまったのか、共に居酒屋へ行って飲んだり食べたりした。
冒険者もよく来る居酒屋なので、酒のツマミとしてジャーキーを出してみる。
以前からマスターとは料理談義もしていたし、シウの作るものに興味津々だったので新作レシピにも目を輝かせていた。
「今ちょっと揉めてて、まだ申請中で許可が出てないんだけど、このお店は別だから」
「そうか! よし、もし誰かが何か言ったら、シウに許可を取れと言っておこう」
「うん」
「大体、レシピを占有しようとする輩は、わしは気に入らん」
「そうだよねー。切磋琢磨して皆がそれぞれ独自の味を表現したらいいのに」
「うむ。お前は本当に良いことを言うな!」
シウがレシピ登録するのも、特許料などをもらうためではない。占有されないための措置なのだ。そして、そう考える人も増えていた。
もちろん、独自に開発した味そのもののレシピは秘匿すべきだと思う。秘伝の味の饅頭、などがそうだ。
ただし、シウの「レシピ」はもっと広がりを見せる「調理法」でしかない。
お菓子の家だってそうだ。芸術的にもなれば、子供向けの楽しいものもある。お菓子の家自体のレシピ登録と、味への追求とは別ということだ。
「まあ、任せておけ。ここに来る冒険者どもは、話が早い。街に噂が広がるのも早いだろうよ」
「えーと、くれぐれもお手柔らかに」
「おう!」
元冒険者のマスターは元気いっぱいに返事をしてくれた。一抹の不安をシウに与えて。
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