513 噂の広まりと押しかけ貴族の悪口




 週が明けて第3週目の火の日となった。

 教室へ向かうと、研究棟までの廊下で何人もと擦れ違ったが、じろじろと見られたりで好奇心丸出しだ。

 うんざりしつつ教室に入ったら、ミルト達が駆け寄ってきた。

「よう。寮で噂になってるぞ」

「あー、もう?」

「俺達の耳に入るぐらいだから、先週か、先々週あたりからだろうな」

 獣人族と、この国の貴族達が仲良く話をすることはないそうだ。

「まあ、ないことないこと、すげえ噂話が飛び交ってるよ。俺達は嘘だって分かるけどな」

「誰も否定してないんだ」

「いや、否定しない方がいいらしいぜ」

「そうそう。余計に楽しがらせるだけだって。信じてない奴でも噂話の面白さを楽しんでいるだけらしいから」

「えー」

 溜息を吐いたら大笑いされた。


 フロランやアルベリクがやってくると、授業そっちのけで、最初の十数分はその手の話になってしまった。

「遺跡潜りでも、政治的なやりとりが必要だからねえ」

 などと、政治的なやりとりなどできそうに見えないアルベリクやフロランが同情してくれた。

 フロランは、知らぬふりで無視しておけばそのうち噂も消えると、まるで「人の噂も七十五日」を地で行く説明をしてくれた。



 午後の授業ではバルトロメが珍しく早めに教室へ来て、シウに大変だねえと同情と心配の声をかけた。

 ついでに、ロワル王都近くで起きた魔獣スタンピードの話を、魔獣寄りではなく、普通に聞いてみたいと言われたので説明することにした。

 こうなったらヒルデガルドのこともだと、正直に話した。

 皆、聞き終わったら笑い出したり、呆れたりしていたが、概ね「そんなところだろうと思ったよ」という意見だった。

 貴族出身者の多いクラスだが、シウに対する偏見はなく、むしろヒルデガルドの態度に違和感を覚えていたようだ。

 特にこのクラスの生徒は一般的な貴族の子弟と考え方が若干違うせいか、プライドの高い態度は見せない。つまり、目の前の事柄を素直に受け止める力があるということだ。

「サロンではすごい鼻息でシウのことを話していたわよ」

 伯爵家の子女でもあるルフィナが呆れたように教えてくれた。

「ルフィナさん、あっちのサロンに行ったんだ?」

「誘われたら行かないといけないのが、付き合いってものなのよね。あーあ」

 ステファノも子爵の息子なので偶に行くらしいが、好きではないと言っていた。

「僕等、男爵だから良かったなあ」

「わたしは商家よ。なのに何の因果か、ルフィナの従者」

「何よ、因果って」

「だって、おかげでサロンにまで付き合わされるのだもの」

「まあね。わたしも相当辛いけど、あなたなんてもっと嫌よねー」

 従者兼友人に対して、ごめんねーと謝っている。こういうところが普通の貴族とは違うのだった。



 授業を終えると、プルウィアが心配して一緒に来てくれた。

 他の生徒達もシウを見付けたら1人にしないよう、付き添うと言ってくれた。今も彼女の後ろからルイスやウェンディがついて来てくれている。

「ごめんね」

「いいのよ。シウにはいつもお世話になっているんだから」

「そうだよ、僕等もギルドでの仕事の時には、助かったんだ」

「ギルドの?」

「紹介してくれただろ? それ以来さ、シウの友人なら助けてやるかって。他の人にもシーカーの子ならシウの学友か? なんて言ってさ。そうだって答えたら良くしてくれたんだ」

「へえ、そうだったんだ」

「フェレスの餌やりもさせてくれて良い奴だって褒めていた、あれ誰だったっけ?」

「ロッカさんじゃない? あの人面白かったわ」

 ウェンディが笑った。ロッカは若手冒険者で、裏表のない気さくな青年だった。

「スピーリトのガンダルフォさんもシウのこと褒めていたわよ」

「ああ、そうだったよな。あの人、すごく丁寧に教えてくれたんだ。後から、本来なら僕達程度に教えてくれるようなレベルじゃないって若手冒険者達に驚かれたもの」

 キヌアが少し興奮気味に言うと、少し顔を赤らめた。

「カナエさんとか、格好良かったよね」

「あら、キヌア。あなた、ドメニカさんにも同じこと言ってなかった?」

 プルウィアに指摘されて、キヌアは顔を赤くしていた。

 美人の大人相手に、どうやら骨抜きにされたらしい。

 プルウィアにからかわれて、彼は視線を彷徨わせていた。


 楽しく会話しながらミーティングルームまで来ると、廊下で幾人かが屯していた。

 明らかに高学年の生徒達で、貴族と分かる態度で立っている。ようするに場所の占有率が高いというのか、廊下に広がって偉そうに胸を張っている、という感じだ。

「貴様が、田舎からやってきた礼儀知らずの小僧か」

「貴族令嬢に対して無礼な振る舞いをする小猿と言うから見に来てやったが、小猿よりも貧相な顔だ」

「庶民というのはこのように醜い顔なのだな」

 上から目線で話しかけてくるのだが、正直彼等もシウとどっこいどっこいの顔付きだと思う。もちろんシウは口にはしなかった。

 なのに、だ。

 プルウィアが輝く笑顔で喧嘩を売った。

「あら、ご自分の顔を鏡で見たことのない方がいらっしゃるようよ」

 ぶっと後ろでクラスメイトの誰かが噴き出した。たぶん、ルイスのような気がする。

「それとも、美的感覚が違うのかしら。わたしなら自分を基準に考えるけれど」

 ねえ、と誰にともなく、相手側の人員を見回してプルウィアは可愛らしく小首を傾げていた。

 絶世の美少女と言って差し支えない、エルフの少女から話しかけられて、それまでその存在に気付いていただろうが、シウを痛めつけることしか考えていなかったらしい彼等は狼狽えていた。

「え、エルフの、女が、何を」

 どもりながら、しかし視線を合わせるのが恥ずかしいのか顔を赤らめて、あらぬ方を見ながら続ける。

「あなたは、確かに美しいが、我々が言っているのは、そこのシウという流民のことだ」

「そ、そうだ! 流民のくせに、偉そうにするものではないぞ!」

 シウは首を傾げた。彼等に偉そうにした覚えはないのだが。

「たかが流民が、騎獣など持つな!」

 またその話を蒸し返すのかーと呆れていたら、プルウィアも呆れていた。

「結局、あなた方は喧嘩を売りに来たの? この学校内で身分を持ち出すことは禁止とされているのだけれど、だから容姿を貶したのよね? その割には流民だと罵るし、統一して欲しいわ」

「プルウィア……」

 注意半分、呆れ半分で声を掛けたのだが、彼女は肩を竦めて「青年」達を見た。そう、彼等はシウ達よりも高学年の分、かなり年上なのだ。

「それにしても人によって価値観は違うと言うけれど、人族は不思議だわ! わたしにはシウが醜く見えないもの。むしろ愛嬌があって可愛いわよ?」

「あは、ありがと」

「少なくとも面皰痕の残るあなたや、眉がげじげじのあなた、唇が分厚いあなたと、頬骨がとんがってるあなたよりは、ずっと可愛いのに。不思議ね!」

 誰かが「ぐっ」と喉を詰まらせていた。

 不機嫌になったり、顔を赤くする者もいて、どう見ても火に油を注いでいるようにしか見えないのだが、プルウィアの援護する気持ちも有り難い。

 苦笑しつつ、シウは彼等に向かって切り出した。

「騎獣の件は宮廷内にて沙汰が下されています。ですのに、同じことを繰り返すということは、宮廷内の決定に異論があると言うことですよね? でしたら、ぜひ、その旨上奏してください。宮廷内の決定を覆す効力を求めるには、それしかありません」

「な、なんという無礼な! 陛下に我等のような者が上奏など」

「恐れ多いことを言うな!」

「……ていうか、あなた達が恐れ多いことを口にしてるんじゃないの。これがこの国の貴族なのねえ」

 エルフのプルウィアに面と向かって突っかかってくる人は今までいなかったらしく、目の前で繰り広げられる発言に、彼女は心底驚いているようだ。

「貴族と一括りにしないでくださいよ」

「そうですわ、プルウィア」

 後方からの支援によって、相手も人の目が気になり始めたようだ。

「ふ、ふん! とにかく、陛下の手を煩わせるな!」

「流民め、これだから信用ならんのだ」

「礼儀知らずの小猿が! いい加減にしておけよ」

 捨て台詞を吐いて、ぞろぞろとお付きを従え去って行った。

 残った面々で顔を見合わせると、誰ともなく笑いが込み上げてきた。

「あれ、なんだったのかしら」

「礼儀知らずはあちらよね」

「賢くない発言なのは確かだったね。もうちょっと上手く嫌味を言うのだと思ってた」

「あはは」

 シウも肩を竦めて笑った。

「でも、騎獣の件を持ち出してくるなんて」

「たぶん、この子達のことが知れ渡ったんだろうね」

 背負っているブランカと、肩の上に止まるクロに視線を向けた。

「やっぱり、そうよね。クロだけなら、まだなんとかなったかもしれないけど」

 プルウィアが心配そうにシウの背中にある膨らみを見た。

「庶民が騎獣を持つってだけでも、この国だと目立つもの。それが2頭となれば、ね」

 周囲からも笑顔が消えた。

「でも、卵石を温めて、孵らせてからも大事に育てている親から引き離すことは良くないことよ。そうでしょ? シウ」

「うん」

「だったら、守りましょう。わたしも手伝うわね」

「あ、僕達も!」

 手を挙げてくれるクラスメイト達に、シウはありがとうとお礼を口にした。

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