514 女性騎士の話と角牛の異常繁殖




 水の日の生産の授業では、アマリアとも話をした。

 婚約して浮かれて(?)いた彼女にもようやく、学校内で渦巻く噂話が耳に入るようになったようだ。

 婚約した途端に夏休み前の腫れ物に触るような態度から一転、言祝ぎを告げるためにあらゆる人が近付いて来たらしく、サロンでの付き合いも復活したらしい。

 婚約者ができたことでティベリオとも堂々と傍にいられるからか、今のところ嫌なことを言う人はいないが、代わりに「こんな噂話があるんですのよ」と告げ口が増えたそうだ。このへんの詳細はジルダが教えてくれる。

「わたくしとのことで、シウ殿に迷惑をかけることになるなんて」

「あ、むしろ、僕が原因だと思います。なんといっても、ヒルデガルドさんにとって僕は礼儀知らずで偉そうな、身分を弁えない庶民らしいので」

 アマリアは顔を曇らせて、まあ、と口元を抑えた。

 彼女も以前、ヒルデガルドの言い放った言葉を聞いているので思い出したようだ。

「あの人の中で記憶が良いように改竄されているのが、怖いですよね」

「本当に……」

 珍しく、アマリアが本音をポロリと零して、それから恥ずかしそうに手で口を押さえていた。

 ただ、それではいけないと思ったのか、頭を振って両の手を握りしめ、ふんと気合のようなものを入れている。貴族令嬢の面白い姿にちょっと笑ってしまったが、彼女は気にすることなく告げた。

「わたくし、戦いますわ!」

「おー」

「これからはわたくしも辺境伯様の妻となるのですから、これぐらいのこと、できませんと!」

「アマリア様! すごいですわ!」

「お嬢様、やる気になってるのですね!」

 ジルダとオデッタがおかしな方向で喜んでいたが、そこは落ち着かせる立場じゃないのだろうかと、シウは不安になった。

「あの、結構ですから。戦わないで……」

「ですが」

「その場にいて、助けが必要ならお願いしますけど、自分から喧嘩を売りに行かなくてもいいです」

「ええ、それは」

 そこまでの自信はないらしい。なんだかアマリアが可愛らしく見えて、笑ってしまった。からかったつもりはないが、彼女は少し恥ずかしそうに肩を落とし、それでも小声で決意表明はしてくれた。

「シウは、わたくしの恩人ですわ。ゴーレムのことでも、今回の騙し討ちの婚約騒ぎ、それからキリク様と引き合わせてくれたことも……。それに研究を話し合える良い友人でもあります。そのような方を、わたくしは精一杯お守りしたいと思います」

「はい。ありがとうございます、アマリアさん」

 そのあたりで授業時間となったので一旦会話は中断した。


 授業の後は、レグロに頼んで教室を少し借りることにした。

 午後の授業があるため昼休みまでの間だけだが、アマリア達と話し合うことにしたのだ。

「そういえば、以前アマリアさんから聞いた話で、ヒルデガルドさんが同郷人に暴力を振るったとかいう、あれは結局ほんとのところ、どうだったのかな?」

 ああ、それはと、思い出したようにひとつ頷いて、詳細を教えてくれた。

「どうやら、ヒルデガルド様に物申した方がいらしたそうですの。ちょうど例の魔獣スタンピード発生時に起こった話として、お付きの女性騎士が大声で騒いでいたそうなの。その騒ぎに苦言を呈するためと、事実と異なることを部下の騎士に話させていることへの義憤からか、窘められたようです。上級生でしたし、家格は下でも由緒正しいお家の方らしく、生真面目にご注進なされただけのようですわ」

「ヒルデガルドさんはそれに納得したのかな?」

「それがわたくしも分かりませんの。ただ、女性騎士が怒り心頭となって――」

 言い辛そうに頬に手をやったのを見て、オデッタが口を挟んだ。

「主より前に出て、喧嘩腰に言い返してきたそうです。そうすれば、上級生の側の従者や護衛、それに取り巻きの貴族の子弟も慌てて守ろうとしますよね」

「あ、成る程、つまり」

「ヒルデガルド様の女性騎士が抜剣なさろうとして、慌てて止めに入った周囲の方々との間で押し問答になったそうですわ。それに巻き込まれて数人が倒れ、その場所もまた良くなかったようで階段から落ちてしまわれて」

 咄嗟に受け身も魔法も使えなかったらしい不運な生徒が、怪我を負ったということらしかった。

「その間、その後でも、ヒルデガルドさんは何か言ったりしたりは、なかったのかな?」

「女性騎士が仕切っていたようですし、危険だからと下女や護衛達に下げられていたようですわね」

「うーん」

 どうもあの女性騎士が暴走しているのも悪いようだ。止めないヒルデガルドもヒルデガルドだが、人の言うことを聞かないタイプの女性だったので、主人第一主義が高じてどこかネジがおかしくなっているのかもしれない。

 シウは目の前の女騎士を見て、笑顔になった。

「オデッタさんは控え目で素晴らしい騎士なのにね」

 え、と彼女は驚いて、それから恥ずかしそうに視線を反らしてしまった。

「まあ。ありがとうございます。本当に、わたくし、身の回りの方々には感謝していますわ。その分――」

 頬に手をやって、悩ましげな溜息を吐く。

「ヒルデガルド様には、同じ女性騎士を持つ者同士、何かお手助けできればと思いますけれど」

「難しいでしょうねー」

 思うところがあるのか、オデッタも何度も頷いていた。

 アマリアは首を傾げたまま寂しそうに続けた。

「最近では、その、目も合わせていただけませんのよ」

 ここ数日で気付いたそうだが、あからさまに無視されているようだ。

 しかも、ジルダがこっそり小声で付け加えて教えてくれたが、

「あれは無視と言うよりは、睨んでいるのでございます」

 こわいこわいと震えるフリをして、シウに教えてくれた。

 本格的に敵対意識を持ったらしかった。ジルダではないが怖い話だ。

 シウはアマリア達に、くれぐれも気を付けるように言って、教室を後にした。




 木の日は狩りへ行くことにした。

 冒険者ギルドからの情報で、夏場に移動してきた角牛が繁殖しすぎていて、畑の作物を荒らしたり牧草地から草を食べ尽くしていると聞いたのだ。

 魔獣というわけではないので討伐対象になりづらく、依頼料も低いので未処理案件として困っていたそうだ。

 依頼書を偶然見つけて、受けることにした。

 角牛は普通の牛よりもずっと美味しくて人気のある獣だが、大型過ぎて狩っても運ぶことが難しい。シウのように魔法袋持ちがいれば別だが、魔核がとれるわけでなし、面倒な獣扱いされている。

 気性はおとなしくて延々草をはみ続けるぐらいなのだが、なにしろ大型のため周囲に与える影響は大きい。

「繁殖しすぎたって聞いたけど、本当にすごい群れだなあ」

 近場の森を抜け、シアーナ街道までは行かない草原地帯で群れを発見した。

 牛という名がついているけれど、そんな可愛い物ではなく、どう見てもバイソンだ。しかもバイソンよりふた回り以上は巨大である。

 子供でも1トンはありそうなほど大きく、高級肉として人気はあっても出回らないはずだなと思った。

 牛なら飼い馴らせるのでどこの国でも肉牛として育てているが、角牛はその大きさから飼うことも難しい。

 なにしろ南から夏草を求めて遠路はるばる北上し、エルシア大河を泳いで渡ってくるほどの強靭な体力や筋力があるのだ。おとなしいとはいえ大型種を飼い馴らせるほどの施設は作れないし、餌の用意も半端ではなく、臆病ゆえに怖いことがあると強靭な足で塀を破ってしまう脚力が相手ではとても飼えない。

 それにしても、と延々続く切れ目のない角牛の群れの数に、シウは唖然とした。

「異常繁殖だよね、これ」

 小麦が豊作ということは、草花も豊作ということだ。

 ここ数年は特に顕著だと言うけれど、そのせいで餌が豊富になり、赤子が健康に育ったのだろう。天敵となる魔獣や大型獣を凌駕するほどの繁殖力はさすがだ。

 圧巻の景色を前にちょっと怯んだシウだったが、とりあえず絶滅にならない程度に狩っていくことにした。

 1頭を空間魔法で囲んで処理してしまうと、あとは全て自動化にし、30分とかからずに空間庫へ入れることが出来た。

 ほとんどを解体してから入れたが、数頭残したのは卸すためだ。

「ごめんね、多すぎるとこのへんの村人が困るんだ」

 子供は殺さず、母牛もなるべく除外して狩った。また一部はこっそり山中近くに転移させてみた。群れになりさえしなければ周辺の草花への影響も少ない。反面群れなければ魔獣に襲われる可能性もあるが、魔獣が好んで殺すのは人間だから、生き残れる可能性は高いだろう。

 絶滅させたいわけではないので、そうして分散してみた。そのうち、また南下していくのに群れるだろうが、いつもの数になっていてほしいものだ。


 すぐに帰ったら訝しがられるので、シアーナ街道近くの森に入って、狩ったばかりの角牛で昼ご飯にしようと準備を始めた。

「フェレスは遊んでおいで」

「にゃ!」

 わーいと、飛んで行ってしまった。

 クロとブランカは結界で作ったサークルの中で遊ばせておいて、シウは調理に取り掛かる。

 魔獣と違って魔素が濃いわけではないが、肉質は上等だった。いわゆる日本人好みの脂身がそれほど入っているわけではないのに、赤身肉としては相当上質なきめ細かい繊維を持っており、牛の持つ臭みもない。

 刺身で食べられそうだなと思いつつ、幾つか味付けして食べてみた。

 赤身なのに蕩けるように美味しかった。部位によって食感は違うが、概ね柔らかく食べられる。しつこくないのも良かった。シウは前世では牛肉をあまり食べなかったが、それは脂っこさも理由のひとつだった。赤身だと焼けば固くなってしまい、年老いてからは噛みづらかったし、ことこと煮込むというのも老人には危険だったのだ。

 今世では魔獣肉をよく食べるようになったが、比較して考えてみると魔獣肉こそ脂身の入った牛肉のようだと思う。

 あっさり上品に食べるには、普通の獣肉の方が良いようだ。

 しかも角牛は高級品と言われるだけあって、かなり美味しい。

 ストレス発散に依頼を受けたけれど、良い結果となったようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る