510 晩餐会とお菓子のデリバリー




 晩餐会は物静かに始まり、話はほとんどアウジリオ公の1人講演会状態で進んだ。

 食事が終わると広間に移動した。楽隊が音楽を奏でているので、ダンスを楽しむことも出来る。

 ただ誰もダンスは踊らないし、お酒を嗜んだり、シガールームへ行く者もいなかった。

 全員、カスパルとシウを取り囲み、やんやの褒め言葉だ。

「クストディア家の鼻を明かすことが出来ましたのも坊ちゃま方のおかげです」

「どうなることかと思っておりましたが、閣下の目は確かだったようです」

「坊ちゃま方もよくアマリア姫をお守りくださり、本当に本当にありがとうございます」

 心のうちがダダモレになっているが、ようするに仲違いしているクストディアにしてやられることなく、むしろ痛快なやり返しが出来たと喜んでいるのだ。

 どうやら一族郎党、皆が喧嘩をしている状態だったらしい。

 ちょっと呆れてしまったシウだ。カスパルも苦笑していたが、そこは貴族だから上手いこと返事をしていた。

 途中でアマリアが助けに来てくれないと、シウは何か言い出しそうで怖いことになるところだった。


 アマリアはシウを助けてくれたあと、彼女の父や兄にも会ってほしいと別室へ連れて行った。

 晩餐会では沢山の人がいて挨拶らしい挨拶ができなかったから有り難い。

「やあ、シウ殿! 前回お会いした時は時間もなくてろくな挨拶もできなかったね! わたしがアマリアの父でベルナルドだ。よろしく」

「よろしくお願いします」

 彼女の兄とも話をして今回のお礼をそれぞれに言われた。

「わたしは貴族同士の謀略が苦手でね。そのことでアマリアには辛い思いをさせてしまった。今回の事で身に染みて分かったのだが、やはり貴族の付き合いは難しいものだね」

 伯爵位でもあり、公爵家の次男でもある彼が言うのだから、シウの気持ちも分かってもらえると思う。

 話を聞けばアマリアの父は人が好すぎて、権謀術数が苦手のようだった。あの父の息子とは思えないが、妻も割とのほほんとしたタイプらしくて、子供達も社交界ではのんびりらしい。

 アマリアの兄も、さほど焦ることなく社交界を泳いでいるそうだ。

 ただし今回の事で思い知ったから、早々に人の良さそうな相手を探してお見合いすると言っていた。

 アマリアのように騙し討ちにあってはと、ここに来て強く思うようになったらしい。

「それにしても、君は養い子として跡を継ぐのだと噂されていたのに、本当によくアマリアを勧めてくれたね」

「跡なんて継ぎませんよー。確かに可愛がってもらってますが、それはキリク、様の恩人が、僕の育て親だからです」

「そうだったのか」

「それに、キリク様の結婚相手の希望が高すぎて誰も紹介できなかっただけです。僕は絶対にアマリアさんなら大丈夫だと思ったので、それとなく顔を合わせてもらいましたが、後はご本人の行動力の成せる技ですね」

「おお、アマリアのことをそこまで」

 ベルナルドは感動して目を潤ませていた。

「しかし、それほど望みの高い方に、アマリアは妻としてやっていけるのだろうか」

 兄が心配し始めたので、親戚の女性に呼ばれてちょうどアマリアが席を外していたこともあり、少し事情を説明した。

「ええとですね。まず、キリク様は女性の香水のきつい匂いがお好きでありません」

「え? あ、ああ」

「中身のない会話ばかりして、やれどこのドレスが流行りだの宝石がどうのと男性に分からない話を延々とされる方も好みません」

「……成る程」

「あとは、心優しく美しい相手がいらしたら良かったようですが、昨今の貴族の令嬢にそうした方は見受けられなかったようです」

「そう、ですか」

 彼等は顔を見合わせて、苦笑した。

「アマリアさんの研究に対する思いを聞いて、キリク様はとても感心されていて、そこで尊敬のような気持ちを抱いたのではないでしょうか。その場にいましたが、普段のキリク様とは違った、お優しい目でアマリアさんをご覧になってました」

 そして助けてあげたいと思わせるものが、アマリアにはあった。

「キリク様は懐の深い方で、包容力もあります。アマリアさんもお優しい方ですから、良いご結婚になるかと思います。この度は本当におめでとうございます」

「……ありがとうございます。シウ殿、心より感謝申し上げます」

 涙ながらに手を握って感謝の意を表してくれた。

 兄も目を潤ませてシウの手を握っていた。




 木の日は、朝からずっとおやつ作りに精を出した。

 そろそろシュヴィークザームのところへ行かないと痺れを切らしている気がする。先週も催促の手紙が届いていたのだが、指名依頼の研修会があって行かなかった。

 そうして午前中過ごしていたのだが、昼頃にとうとう通信が入ってしまった。

 最新の通信魔道具はピリピリと音が鳴ってから、受けることを確認しないと話ができない仕組みにしているのだが、受けると了解した途端に大声で叫ばれてしまった。

「(シウよ! おぬしは冷たい! 我が待っておるのに!)」

「(はいはい、すみません。忙しいんです、僕も)」

「(我と会えないほどか! ならばその用事を我が片付けてやろう)」

「(結構です。あまり我儘を言うなら、今から行く予定だったけど、やめようかなあ)」

「(そうか! 今から来るのか! よし、護衛どもに連れてくるよう申し渡しておく)」

 嬉しそうに笑いながら、通信が突然切れた。

 うーん、もう少しこう、余韻が欲しいものだ。

 聖獣相手に言うことではないが、即物的な聖獣である。

 ついつい通信魔道具をジッと見てしまった。


 昼ご飯を食べてから用意をして馬車で向かうと、門前に待ちくたびれた顔の近衛兵が立っていた。

「……あの、もしかしてずっと待ってくださっていたのですか?」

「はい」

「……すみません、午後に伺うとは申し上げたのですが、何時頃とは伝えておりませんでした」

「いえ、お気になさらず」

 そう答えたものの、近衛兵は視線を外していた。

 可哀想に。すぐに行けと命令されたのだろう。

 案内されて部屋に到着すると、シウはシュヴィークザームを相手に先に説教を始めた。

「相手の事も考えないとダメでしょう?」

「う、しかし」

「たとえ、それが仕事でも、何の為にしている仕事なのか知る必要があるし、やりがいがあるよう仕向けるのも上の人間の義務だと思うけど」

「む。それは異論ない」

「ということで、待ちぼうけの近衛の人にはお詫びしておいてね」

「……お裾分けか?」

「お任せします」

「分かった。メイドにも分けてやっているからな!」

 自慢たっぷりに言われてしまった。

 シウは苦笑して、最新作と共に、彼が気に入っているらしいお菓子の数々を魔法袋に入れてあげた。


 今、食べるのは桃のケーキだ。

 顔馴染みとなったメイドに珈琲を煎れてもらい、果汁たっぷりの桃で作ったタルトケーキを出した。

「おおっ」

「果物もデザートとしての価値はあるからね」

 ロワル王都で有名な高級桃のことを説明し食べてもらうと、頬を抑えて乙女みたいな格好になっていた。

 シュヴィークザームは甘味が好きなので、果物でも甘味があると幸せなようだった。

「アイスクリームもあるよ」

「アイスとな? 冷菓のことか。ゾルベットならば知っておるぞ。あれは乳臭くて好かん」

 シウはふふんと笑って、ガラスの器に入れていたアイスクリームを取り出した。

「牛の乳を使うけど、滑らかで蕩けるように美味しいんだよ。これがバニラ」

 続けて、苺味、桃味と取り出した。最後にチョコ味だ。

「む、おお!」

 お互いに分けっこしながら食べて、メイドもそうしたことに抵抗がないというので、分け合って食べた。

「美味しいですね!」

 メイドもこの頃になると慣れて来たのか、たまにこうして会話に混ざってくるようになった。カレンという名の貴族の娘だが、夫と死に別れて婚家から追い出されたそうだ。実家にも戻り辛く、王宮のメイド募集に応じてやってきたらしい。

「カレンはどれが好き? 僕は苺かな」

「わたくしは桃味が好きです!」

「我はバニラとチョコが良い。混ぜて食べるのも乙なものだ」

 シウはふっふーと笑った。

「……また、何やら悪だくみな顔をしておるな?」

「うん。時期的にちょっと早いんだけどさ、これ」

 サツマイモを取り出して、魔法でレンチン状態のふっかふかに温め、火属性魔法でちょっぴり焦げ目をつけてみた。

 まだ湯気の出るサツマイモを割って、皮を剥き、皿に載せてそこにバニラアイスを置いた。

「どう?」

「おおー!! なんという!!」

「素敵! とけていくのが勿体ない~」

 2人とも喜んで、早速スプーンで掬って食べていた。

「これ、寒い冬に暖かい部屋の中でやると美味しいんだよね~」

「おお! おぬしは天才だな!」

 きゃっきゃと騒いでいたせいで、扉の外の近衛兵達が少々訝しい顔をしていたのは、誰も知らないことだった。

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