509 打ち上げ、新作品開発、お呼ばれ晩餐会




 批判的だった若者達は、なんだかんだでフェレスに乗っていた。

 騎獣へ乗れる機会など滅多にないことだから、おずおずとお願いしていたようだ。フェレスはツンとした顔をして「のってもいいよ!」と偉そうに言っていたが、通じてないようで良かった。

 そんなフェレスだけれど、他人を乗せる時は無茶などしない。

 ふわふわとゆっくり低空飛行で飛んであげていた。

 偶にシウの前をわざと通り過ぎ、尻尾を振っていくのはご愛嬌だ。

 慣れたのを見計らって、少し早めに上空まで飛んでみてとこっそり伝えたら、フェレスも悪乗りして飛んでいた。

 ギャーという叫び声で皆が見たけれど、笑っただけだった。

 中にはいいなあと羨ましそうに言う壮年の男性もいて、シウも笑った。


 フェレスとの交流を済ませた若者達は、思うところがあったのかシウに頭を下げに来た。

 それから、素直に他の人と共に冒険者仕様の飛行板に乗って練習していた。

 若いからか、あるいはフェレスに乗った後だったからか、覚えは他の誰よりも早いようだった。


 夕方、打ち上げをするのでぜひ来てほしいと誘われて、タウロスやスキュイなど本部の職員と共に居酒屋へ顔を出した。

「乗ってみて分かったが、あれはすごい」

「冒険者のためのもの、というシウ殿の気持ちがよく分かりました」

 壮年の男性達は代表してそんな風に言ってくれた。

「いや、実際にこいつらがフェーレースに乗せてもらっているのを見て、納得したというか、な。気付かされてしまった」

「支部本部長は元冒険者でしたな」

 タウロスが口を挟んだのは、シウに説明するためのようだった。

 シウが頷くと、彼はタウロスを見て笑いながら続けた。

「依頼の最中に、こんな時上空からの援護があったらと考えたことが何度もあった。どうしてそれを俺は忘れていたのかな」

「そうだよな。冒険者経験のある者ほど、あの飛行板の良さが分かる」

「あれは遊びで持って良いものじゃないな」

「確かに」

「だが、若い奴ほど、欲しがるだろう。貴族が挙って手に入れたがる気持ちも分からないではない。今回は、断り切れなかった若手が製作者であるシウ殿に詰め寄ったが、今後も同じような問題が出てくるだろうな」

 それは心配から来る言葉だった。

 話に出された若手の職員達はちょっと困ったらしくて視線を逸らして俯いていた。

 シウは思案して、それを口にしてみた。

「実はちょっと考えていることがあって」

「おや?」

「それはなんだ」

 タウロスも興味津々で身を乗り出してきた。

「飛行はしないけれど、道を動き回れるものを作ってみようかと」

「は?」

 分からないのもしようがない。シウはさらさらっと紙に絵を描いて見せた。

「ここへ足を乗せて、動かすんだ」

「……この小さいのが車輪か」

「そう」

 車輪は作らなくても良い。ただし、購入対象者が子供の場合は安く済ませるために車輪で補助した方がいい。なにしろ浮くというのは動力を必要とするのだ。それに子供の安定しない魔力を使っての起動は怖い。

「体重移動なんかで方向を決めて、速度制限を設けておくのと、安全装置を備えることで危険をできるだけ回避しようとは思ってる」

 ただ、どんなに安全対策をしても子供は想像力の固まりだ。どんな使い方をするか分からない。

「どっちにしても規則造りは必要だろうね。街中をこれで移動したら、割と迷惑だし」

 騎獣や馬で移動するのと同じぐらい危険かもしれない。

「公園で使うとか、競技にするなどして規制する必要があるかもしれないけど」

「……すごいことを、考えるんだな」

「いや、だが、面白そうだ」

 若手達も覗きに来て、紙を見て首を傾げていた。

「ステッキのような、≪把手棒≫を付けておくと使い勝手は更に良くなるだろうね」

 書き込んでみたら、若手が、ああと納得したような顔になった。

 手でハンドルを動かす分、移動も簡単かもしれない。

 シウは若手の職員達にもアイデアがないか聞いてみた。

 すると、こうしたいああしたいといった意見も出てきて、結果的に採用することはなかったが、話し合いは楽しいものとなった。




 興が乗り、その日の夜も、また明けて火の日の夜もデザインし、水の生産の授業は作ることに夢中になった。

 スケートボードとはまた違った質感と形で、安定して足を乗せられるよう四角い形にしたが、角は取っており全体的にゴムを利用して軽く仕上げた。

 底はホイール式で安定感を増す為に4つ埋め込んだ。中にスライムのゲルを入れ、反発材質を使うことによりクッションの役割を果たした。

 起動も動力も魔核、ないし魔石に頼るが、極力無駄を省いた節約設計で、飛行板よりも遥かに安く仕上がった。

 それでも一般人が玩具として買うには相当躊躇う金額だろう。

 大体において、庶民が魔核を使った魔道具を手に入れられることはそうないのだ。

 それでも、競技として扱うならレンタルも可能だし、そうした仕組みを商人ギルドにも話してみようと思った。

 子供達が一定の場所で遊ぶなら、問題はないわけだ。

 規則造りについても商人ギルドなら徹底しているだろう。

「相変わらず、お前の作るものには一貫性がないのう」

「あはは」

 レグロには呆れられたけれど、アマリアは面白そうだと言って、周囲が止めるのも聞かず試作機に乗っていた。


 ところで、この日はヴィクストレム家の晩餐会に招待されていたのでカスパルと共に伺うことになっていた。

「他にも貴族の方がいらっしゃるんだよね?」

 やだなあという顔をしたのがばれたらしく、アマリアには笑われてしまった。ジルダからは苦笑で、慰められた。

「諦めてくださいませ。その代わり、ヴィクストレム家とは縁の深い方々です。ご親戚の中でも特に親しい家ばかりですから安心なさってください」

 とにかく、おめでたいということで、親戚中がお祝いムード一色らしい。そして功のあったシウとカスパルにはぜひとも目通り願いたいと言っているそうだ。

 貴族ってこういうのがあるからなーと、遠い目をしながら、シウは授業を終えた。


 一旦ブラード家へ戻ると、支度を済ませてから迎えに来た馬車に乗ってヴィクストレム公爵家の屋敷へ向かった。

 アマリアの家は伯爵家なので隣りに立つのだが、やはり祖父であるアウジリオが主導するようだ。

 カスパルは堂に入った態度で歩いており、シウはその後方を遅れて入った。

 ところで、アマリアからも話が行っていたらしく、正装で幼獣2頭を背負うわけにも行かず、異例のことながら騎獣のフェレスに子守りをさせて横を歩かせて屋敷内へ入った。

 本来ならば騎獣が本宅へ入るのはよろしくないのだが、最大限に事情を鑑み、譲歩してくれたようだった。

 フェレスにもおめかし用の光沢のある黒い生地で作ったスカーフを付けさせ、首輪には美しい宝石をはめ込んでオシャレにさせた。

 ブランカはまだ幼獣なので、そうしたものは付けていないが、首輪は火竜の革で作った立派なもので、見る人が見れば高価だと分かる程度に良いものを作ったつもりだ。

 クロは首輪ではなく足環なのだけど、飾りに真珠を嵌めこんでいる。以前買ったものとは別の、良いものだ。

 偶の贅沢だから良いだろうと、奮発した。


 アウジリオは自ら出迎えてくれ、慣例として貴族の立場であるカスパルから抱擁を交わしたが、シウに対しては大歓迎だと示すかのように機嫌よく振る舞っていた。

「まさかこれほど上手くいくとは思わなんだ! 本当に本当にありがとう!」

「いえ」

「キリク殿もしてやられたと笑っておったぞ」

「え、話したんですか?」

 まあな、と小声で教えてくれた。アマリアにはまだ最初から企みがあったとは教えていないようだ。それはキリクの役目らしい。まあ、知らされても彼女の場合は怒りそうにないだろうが、そうしたことも新婚夫婦の良いイベントとなるだろう。そんな食えないことを言って、アウジリオは正餐の間へ案内してくれた。

「あ、公爵閣下。この子達も一緒で構いませんか?」

「うむ、それは承知しておる。幼獣を育ての親から離してはいかんことぐらいな。子守りとしてフェーレースもおるのだろう? それにアマリアからの頼みだ。他の者達にも言い渡しておる。安心しなさい」

「ありがとうございます」

「良い良い。ところで、わしのことは、アウジリオと呼びなさい」

「いえ、それは」

 謙遜ではなく本当に困ると思って断ったのだが、彼は聞かずに、終いにはお爺様と呼んでも良いとか言い出した。

 困り切ったまま、正餐の間へ辿り着き、各人に用意されたメイドに案内されて席へ着いた。

 席はなんと、招待客の中で二番目に偉い位置だった。

 つまりカスパルの次だ。

 他の人から絶対睨まれると思ったが、アウジリオが言っていた通り重々言い含めているのか誰からも非難の視線が飛ぶことはなかった。

 そのことにホッとしつつ、気の休まらない食事が始まった。

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