508 仕入れと研修会




 金の日の午後は休講だったので、早めに帰って翌日に備えた。

 土の日はウンエントリヒの港市場へ行って大量に食材を仕入れ、ホスエとのターメリック栽培談義に話を咲かせ、ついでに蕎麦農家フリオのところへも顔を出した。順調に育っており、秋前には収穫できるそうだ。

 蕎麦はシウが好きなこともあるが、アウレアが好んでおり毎年手に入るのが嬉しい。エミナも最初はぼそぼそして苦手と言っていたが、つわりが始まった頃から美味しいと食べるようになった。

 ルシエラに戻ってから仕入れたものを処理していたが、昼には手が空いたので新たなレシピを考えようとブラード家の料理人達と話し合った。

 一度ぐらいラーメンを作ってみようと思ったのだが、前世でラーメンが好きではなかったこともあり、作り方が全然分からない。

 何度か挑戦したものの、ラーメンと呼べるものには辿り着かなかった。

 その代わり、うどんや素麺は良いものが出来上がった。蕎麦もこの頃には料理人達の間では人気があった。

 鴨南蛮が食べたくて、鴨に似た鳥を探しに森へ入ったこともあるが、今のところ火鶏で代用中だ。


 風の日もルシエラ王都の市場へ行ってから、爺様の家があるイオタ山脈に転移して過ごした。

 夏真っ盛りの今頃は採取すべきものが山のようにあるのだ。

 柑橘類の果実はもちろん、薬草、野草、木々に花に葉など、集められるだけ集める。

 フェレスは森の中が好きだから訓練を兼ねて見回りをしていた。彼にとってはこれも遊びであり訓練の一環だから、放任している。

 そういえば、ロワル王都では有名な桃が出回っており、それらも大量に購入していた。

 山で自生する桃とは比べ物にならないぐらい美味しいので、お菓子にする案はなかったが、幾つかケーキにしてみても良い。

 帰宅後、夏の果物によるお菓子作りにも挑戦して充実した休日を過ごした。




 光の日は冒険者ギルドで研修会を行った。早速、乗り込んできていたギルド支部の人達がシウの返事を聞いて、居ても立ってもいられなかったようだ。

 残りの支部についても適宜やってくるそうだが、今回はドレヴェス領の支部の人ばかりであった。

「まず、座学から始めますね」

 何人かが、えーっと抗議のような声を上げたものの、本部長のアドラルがシウの後方から睨みを利かせたらしく黙り込んでいた。

 確かに飛行板は乗って見たくなる代物だけど、貸し出す側となるギルドがしっかり学んでくれないと意味がない。

 そもそもの飛行板の成り立ちから説明し、ルールについて、そして厳格な取引内容を頭に叩き込んでもらうことが必要だ。

 正直、甘いことを考えていたらしい支部の人達も、シウが決して譲らないこととアドラルの真剣さに顔色を変えていた。

「では、ギルドから売ることは不可能と言われるのですか?」

「ただの飛行板なら業者から売り出すので構いません」

「冒険者仕様の方です、もちろん」

「無理です」

「ですが、貴族の方々もこれを望んでいます。このように素晴らしい物を冒険者ギルドで占有するなど有り得ないと、圧力を掛けてくる者もいるのです」

「突っぱねてください」

「突っぱねるって! それはギルドの仕事ではない!」

 若い職員が叫ぶのへ、賛同した者も数人いたようだった。

 ドレヴェス領の領都に支部を置く支部本部の人達はさすがに眉を顰めていたものの、各街にある支部の職員にはシウ達の思いが伝わらなかったようだ。

「でしたら、そちらの支部にはお売りしません」

「えっ」

「購入してほしくてこの場を設けてるわけではありません。ギルドとの専売契約は、飛行板の成り立ちから説明したはずです。それを理解されていない方がいらっしゃるようなギルドには、卸しません」

「はあ!?」

 立ち上がり、今にも脅すぞといった態度で、ギルド職員としては相当マナーが悪い。

 若いからと言うのもあるだろうが、どうも違う気もしてきた。

「もしかして、貴族の方から、脅されでもしましたか?」

「な、なにを!」

「あるいは袖の下を貰っているとか」

「……ぐっ」

 睨まれてしまった。

 が、逆に周囲のギルド職員が彼を睨みつけた。一斉に見られて、若い職員はさすがに躊躇したようだ。

「……貰ってなど、いない。ただ、どうしても欲しいと、言われているのだ」

「渡しません。罰則も設けていますが、実はどこへ出払っているか僕には分かる仕組みになってます。万が一ルールを破っていたら、相応の対応をさせてもらいます」

「相応の対応とは?」

 別の落ち着いた職員が手を挙げて質問してきた。

「売った覚えのない、貸した覚えのない人に渡っていたということで、盗まれたと判断します。盗賊として指名手配を掛け、物を発見次第、返してもらいます」

「は?」

「強盗に取られた物は、討伐した者に所有権が移りますし、どのみち法律上問題もありません。というわけで、奪い返します。それがたとえ、どんな状況の時であろうとも」

 にっこり笑ったら、意味に気付いた者から顔を青くしていった。

「規則さえ守ってくれたら、そのようなことはしません。そもそもギルドに専売契約を持ちかけたのは、冒険者から奪おうとする貴族がいることを想定したからです。殺してでも手に入れて、その後悪事に使われたら、僕も開発したことを後悔しそうです。それこそ、作ったもの全てを自爆させて使えなくするよう、手を加えるとか」

 天井を見ながら言ってみた。

 残りの人間が顔を青くしていた。

「この国に優先的に冒険者仕様の飛行板を卸していることの意味を、今一度よく考えてください」

 チラリと足元のフェレスに目をやった。つまらなさそうに大欠伸している横で、ブランカもつられて欠伸をしていた。クロはフェレスの尻尾に包まれて幸せそうだ。

「契約する際には誓言魔法も用いますから、嘘をついても無駄です。よってこの契約が気に入らない方はこれ以上は時間も勿体ないので出て行ってもらって結構ですよ」

 契約内容の書かれた控えの紙を整え、シウは部屋を出ていきかけた。

「あ、午後から飛行の実地訓練です。ここの職員さんや慣れてる冒険者もいますので、他の品とも混合した使い方などを説明しますね。ではこれで座学は終了です」

 フェレスがのっそりついて来た。その口にはぶらんぶらんと揺れるブランカが咥えられ、尻尾で丸められたクロがフェレスの尻の上あたりで絡まっていた。

 それを皆が眺めつつ、午前が終わったのだった。


 午後の研修には遅れて来る者がいたものの、全員が揃っていた。

 あの若者も来ていた。周囲に懇々と諭されたようだ。脅してきたのか袖の下を渡されたのか分からないが、貴族相手にやり返す方法を教えてやったとか、ついていって暫く面倒見てやるのだと支部の人達が話していた。

 実地の研修だが、始まって暫くすると全員楽しそうに笑い始めた。転んだ落ちた、乗れないなどとわいわいやっている。

「もしかして、先に実地をやった方が良かったのかな」

「そうかもしれんなあ」

 タウロスも呆れた顔で仲間を見ていた。


 暫く使い方を教えると、人数が多すぎて訓練場では狭すぎるので王都の外まで出ることになった。ガスパロなど数人の冒険者も付き合ってくれて、馬車を出しての移動だ。

 シウはフェレスの横で歩いていく。

「乗らないのかい?」

「緊急以外は、王都内は騎乗禁止だと思うんですが」

「そ、そうか」

「ロワル王都でもそうだし、大抵の街中はそうです」

「……騎獣を一般人が持たないということは、そうした規則も知らないということだな」

 はあ、っと溜息を吐かれてしまった。

 その男性は支部本部の長らしく、他の人よりは年嵩で、かつ落ち着いていた。

 王都の外に出ると、すぐさまフェレスに跨ったが、突っかかってきていた若者数人が、それを羨ましそうに見ていた。

 シウは敢えて彼等の所に飛んでいき、降りた。

「乗ってみる?」

「え、あ、でも」

 目を泳がせている若者達に、フェレスを置いて、言い聞かせた。

「この人達が乗りたいって言ったら乗せてあげて。でも、痛いことをしたら振り落として良いよ」

「にゃ!」

「落とす時は低いところでやってあげてね」

「にゃにゃ!」

「お、おい」

「痛いことをしなければ、いいってことです。さてと、では皆さん、練習しましょうか」

 おー、と野太い声が辺りに響いた。

 畑作業をしていた人達が何事かと顔を上げていたけれど、ギルドの職員だと知れるとまた作業に戻っていた。


 冒険者仕様の飛行板は馬力があるので、最初の使い勝手は魔力操作の下手な人にはなかなか難しいものがあるが、ほとんどの人は乗れるようになっていた。

「速度を上げる時は足元のスイッチで、最初は足を固定しないと振り落とされますよ!」

 早速落ちた人がいて≪落下用安全球材≫の恩恵に与っていた。

「うおー、これが例のやつか!」

「勿体ない。練習では低めに飛ぶのが秘訣なんだぞ」

 冒険者達からはボロカスに言われていたけれど、落ちた人は楽しそうだった。

 シウも飛行板に乗って、変なところへ飛んで行った人を誘導して戻したり、畑に突撃しかけた人を結界で受け止めたりと保護者気分で忙しく過ごした。

 模範演技では冒険者達が、片方が魔獣役として組み合ったりもしたが、日々進化して編み出される技に、シウも驚いた。

 片足を固定しないままバランスをとって逆さに飛んでいるのを見た時は、すごいと手を叩いた。その発想はなかった。やはり冒険者はすごい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る