507 各人との近況報告と待ち切れない授業
午後は商人ギルドへ申請を出しに行ったり、バオムヴォレの育ち具合などを見にいった。専用の栽培地の状況も確認したが、おおむね上手く行っているようだった。
シェイラの言った通りに、こうした建設費用などの出資にはたくさんの商家が名乗りを上げ、シウが資金を提供することはなかった。
それでもシウが行くと、発案者ということで顔パスになり、まるで出資者のような扱いで対応してくれた。
冒険者ギルドでは飛行板の有用性が他領にも伝わっているらしく、引き合いが来ているそうだ。
ギルドにしか卸さず、そこで貸し出すというシステムを理解した上で、シウがルシエラ王都に戻る頃合いを見計らって「研修をして欲しい」との指名依頼も入っていた。
「じゃあ、週末で」
快く引き受けたら、受付のカナリアはホッとしていた。
「お忙しい方だから無理は言えませんと伝えていたので、良かったです」
「今のところ、急用はないから」
「では引き続き研修依頼を受けてもよろしいですか?」
「急用がなければ、週末の一日を使ってやります。無理なら平日のどこかに空き日を作ったり、なんとか工夫すれば」
「はい。それと、今後はギルド支部に買い取ってもらうわけですが、在庫は」
「用意しています。あ、でも、気軽に修理や機能追加というわけにもいかなくなるので、定期メンテナンスができる人の育成もしたいですね」
「では、そちらも同日に研修できるよう組んでもよろしいですか?」
「うん。僕としては別日にするより、一日で固めてもらう方が楽だし」
「分かりました。いろいろお手数かけますがよろしくお願いします」
シウはただ、新しい飛行板を卸して、古いものを回収して修理するなどすれば良いだけだ。それも魔法ならあっと言う間にできる。
手間としては研修する時間ぐらいで、それさえ最初は時間がかかるかもしれないが、そのうち手も離れるだろう。メンテナンスと言ってもさほどのことはないのだ。
マニュアルも作ったけれど、各支部の指導者には直接研修した方が良いというのはよく分かる。本部長も同席してくれるというし、シウが心配することは何ひとつなかった。
木の日はククールスと再会して、シアーナ街道の近くの森で遊んだ。
夏は稼ぎ時らしくて炎踊る月もずっと依頼を受けっぱなしだったらしい。
「ようやく落ち着いてきて、休みを入れたところだったんだ。ちょうど良かったな!」
「うん。元気そうで良かったよ」
「おう。特に飛行板が便利でな、あちこちの冒険者から羨ましがられたぜ」
へっへーと背中の飛行板を撫でていた。
「来週からは南部へ行くし、張り切って稼いでくるよ」
「南部って、ラトリシアのだよね?」
「そうだぜ」
「デルフの南部で魔獣のスタンピードが発生したって言ってたでしょ? あれやっぱり街が幾つか壊滅したんだってね。闘技大会も中止になったんだよ」
「あー、聞いた聞いた」
あれなあ、と渋い顔だ。
「対応に失敗して、一番やっちゃいけない悪い例を作ったな」
冒険者仲間から詳しい情報がもう入ってきているようだ。
「南部の小領群の中の、田舎の街だったから対応もできなかったのかもしれないけどさ。逆に言えば田舎だからその程度で済んだのかもしれないって話だ」
「幾つかの街が壊滅したのに?」
「それで押さえ込めたからだよ。慌てて周辺の領が押さえにかかって、ようやく片付けた時には、領のひとつが完全に消え、街も幾つか無くなった。これが大きな街だったり領都だとしたら、国が失われる可能性だってあるからな」
そう言われるとゾッとした。
ロワル王都の近くで起こったあれは、本当に危なかったのだ。
「デルフはいろいろ揉めているし、あちこち領同士での戦争も多いからな。すぐに派兵できなかったことも大きいんだろうよ。あるいは報せが届かなかったか」
「ラトリシアでは考えられないよね」
「経験者だからな。この国はスタンピード対策に過敏すぎるぐらいだ」
肩を竦めて、自身の飛行板を見た。
スタンピード対策が行き過ぎて、騎獣が一般に手に入らない状態なのだ。
「ま、今後も各自が気を付けるだけだ。発見したら即報告。俺も冒険者の一員としてそれぐらいは分かっているぜ」
「うん」
その他にも彼の得た情報を聞いたり、フェレスの訓練を見てもらったりしてのんびり一日を過ごした。
金の日になり、いつものように戦術戦士科のある体育館へ向かった。
何故か時折人の視線を感じたけれど、以前もこうして見られていたしなあと気にせず向かう。
早めにいつもの小部屋へ入ったのだが、ほとんどの生徒が集まっていた。
「あれ。みんな早いね。おはよう」
「おはよう、シウ」
皆と挨拶を交わすと、代表してかラニエロが口火を切った。
「いやあ、夏休みの間、思うように体が動かせなくてさ。早く訓練したかったんだ」
「俺もだ。やはり一人でする訓練より、授業で学ぶ方が身に付く気がする」
「成果を見せたいのもあるしね」
成果と聞いて、クラリーサたちも手を挙げた。
「わたくしも、防御術などの成果をシウ殿にお見せしたいわ」
「ええ。クラリーサお嬢様だけでなく、わたしたちも上達しましたから」
女騎士や従者の女性二人も張り切っているようだった。
聞けばクラリーサは兄二人を相手に何度も組手を行ってもらい、とうとう投げ飛ばせるまでに上達したそうだ。
「手を抜かないでくださいましと申し上げたのですが」
「お嬢様、あれは完全にお嬢様の勝ちでございます」
自慢げにジェンマが言い放ち、イゾッタは笑顔満面だ。
「最後の方など、兄上様方はお逃げになられてましたもの」
「そうでございますねえ、何かと御用を設けてクラリーサ姫の組手を避けておられるようでした」
これは男性騎士の談だ。ルイジは、男性であるがゆえに相手をせずに済んで良かったと、小声で零していた。
「その後はもっぱら、ダリラや、家の者などを相手に練習しておりましたのよ」
「もう身についてるんですね」
「ええ。ぜひ、シウ殿にも見ていただきたいですわ!」
騒いでいたら、レイナルドがやってきた。その後ろにシルトたちも付いてくる。彼等はびっくり顔で体育館内を見回していた。
「あれ、時間、間違えてない、よな?」
慌ててコイレに確認していた。
レイナルドは一ヶ月ぶりだというのにブランクなど関係ないとばかりに、むしろよりやる気が出ているのか、張り切って指導してくれた。
皆もなんだかんだと訓練は毎日行っていたようで、誰も怪我をすることなく授業を終えた。
特にクラリーサの体の柔らかさなどは目を見張るものがあり、本人が自信たっぷり言っただけのことはあった。
組手でも充分に体術を会得しており、これからも毎日訓練するのだと晴れやかな顔をしていた。
ヴェネリオは相変わらず忍者みたいな能力を如何なく発揮して、足音を立てない歩き方を練習していると言ってレイナルドを爆笑させていた。
「いいぞいいぞ。その調子で頑張れ!」
と、煽っていた。
シルトたちはすっかり落ち着いていたものの、訓練はやはり欠かしていなかったようで動きも機敏だった。
昼ご飯の時に連れだって食堂へ行ったのだが、シルトは父である長からその成長ぶりを驚かれ、褒められたのだそうだ。
そこで、父の正直な意見を聞いた。
父親はやはり彼の性格を相当気にしていたようで、矯正させようと四苦八苦し、コイレをお目付け役にして様子を見ていたらしい。
いよいよダメなら、後継ぎから外そうと考えていたと聞いて、シルトは相当落ち込んだようだった。
もちろんクライゼンもだ。甘いことしか言わない従者など、役に立たないも同然だと叱られたそうだ。
里では心を入れ替えて、より一層訓練に励んだとか。
「勉強も、頑張ろうと思って」
恥ずかしいのかぼそぼそと喋って、シルトは決意を表していた。
ただ、勉強はそもそも苦手らしく、座学で詰まっているのだと吐露していた。
食堂ではそうした話になり、仲良くなった周辺の生徒たちからも似たような意見が出てきた。まだ必須科目から抜け出せない二年目三年目の生徒もいて、苦笑した。
「ロワルにいた時の魔法学校では、苦手な教科を得意な生徒が教えるってやり方で自習してたよ。教える側にも復習になって良い方法だったんだけど」
「え、それ、いいな」
「先生の補講を聞くのも良いけど、仲間同士で切磋琢磨して教え合うのも方法のひとつだよ。人によって合う合わないがあるから、試行錯誤してみたら?」
「俺は図書館で一人ポツンとやるのは苦手なんだ。誰か一緒にやろうぜ」
「あ、じゃあ、俺も参加する」
シルトもおずおずと手を挙げていた。
先輩方からも教えるのが自分のためになると聞いて、参加を申し出てくれる人もいた。
それぞれ、無理はしないことをルールにして、この学校でも勉強会が始まるようだった。
ちなみにどういう風の吹き回しか、プルウィアも参加しようかなと言っていた。
綺麗なエルフの少女に言われて、少年たちはちょっと戸惑いつつも喜んでいるようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます