第十三章 貴族令嬢との攻防

506 夏休みの報告




 月が替わり、風涼しの月となった。

 1ヶ月も休みだったので、ブラード家でもまだまだ気持ちは慣れていないようだが、シウもなんとなく不思議な感覚で学校へ向かった。

 この1ヶ月でクロは完全に歩けるようになり、この数日などは昼間の長い時間を起きているようになった。

 ブランカは猫型だからか寝ていることも多いが、こちらは歩く姿も様になってきてウロチョロと目が離せない。リードがない家の中ではあちこちかくれんぼ状態なので、フェレスが面倒そうに探して首根っこを咥えて連れてくるという状態だった。

 その為、学校へおんぶ紐で連れて行ったものの、背中でうごうごと動き回ってしようがない。

 仕方なく、授業中はフェレスの首輪と繋いで離れないようにした。クロはシウの肩の上が定番だったけれど、授業の間は我慢してかフェレスの上に止まっていた。


 ところで、昨日もリュカから沢山の報告をもらっていたが、古代遺跡研究の教室に入るやミルトがすっ飛んできて夏休みの間の出来事を報告してくれた。

「無事戻って来たぞ」

「うん、ありがとう。いろいろ面倒見てくれたようで、リュカも楽しそうに教えてくれたよ」

 あ、いや、まあ、と照れ臭そうに頭を掻いて、ミルトはチラッとクラフトを見た。

「こいつも相当頑張ってくれたからさ。俺だけだと上手くいかなかったかもしれない」

「そうなんだ。クラフトもありがとうね」

「いや。俺も勉強になったよ。それとな、あのソロルって若いの、あいつが人族なのにリュカをそりゃあ大事にしていたからさ、そういうのが村の中では新鮮に映ってな」

 あいつが一番のお手柄かもな、とクラフトは笑顔で教えてくれた。

「最初は人族だってんでおっかなびっくりだったのに、まずは小さい子達が好奇心旺盛で近付いて仲良くなったんだ。でもさすが子供同士だ。あっという間に転げまわって遊びに夢中になって、そうしたら大人だって目を引くだろ? ソロルが辛抱強く子供達の面倒を見てくれたことも高評価だったな」

「じゃあ、ソロルは大変だったね」

「俺達よりも、一番気を遣っていたんじゃないのかな。でもあいつ、本当に偏見がないからさ、最後は村に自由に出入りしていいって札を貰ってたんじゃないのか」

「貰ってた貰ってた」

「へえ」

 村長も褒めていたのは、悪いことをした子供に分け隔てなく叱ったことだった。

 ちょっと震えていたけどとミルトはからかい気味に教えてくれたが、クラフトは、偉いと思ったと真剣な顔で褒めていた。

「ちゃんとリュカにも、理由を説明していたし」

「てことは、リュカと村の子が喧嘩でもしたの?」

「そうそう」

 つまりそれぐらい仲良くなったということだ。

 やはり同年齢の子供同士がいると、違う。

「あいつは良い父親になるよな?」

「ああ、そうだな。人が好すぎて心配だけど」

 と、2人もソロルとは仲良くなったようだ。


 リュカは昨日は朝からずっと夏休みの間の出来事を話してくれたが、楽しいことばかり延々と、話し足りないのだというほど教えてくれた。

 それだけ楽しいことが彼の思い出の中に詰まっていて、辛いことや悲しいことがあってもちょびっとで片隅に追いやられていたのだと思うと、何やら嬉しい。

 そして、夜、一緒に寝ようとは言わなかった。

 1人で寝られるよ、もう大人だもん! と本当に無理を言ってる感じではなく自室に戻って行ったのだ。

 獣人族の里に行って、彼は文字通り大人になって戻ってきた。

 ソロルもロランドに報告したそうだが、リュカのことばかりだったそうだ。ソロル自身は楽しんだのかと心配になったロランドだったけれど、ずっと遊んでいたので、と返って来たらしい。

 ロランドはソロルをもう見習いとしてではなく、立派に下男として働けると判断したようだった。



 午後の授業にはまだ来ていない生徒もいたが、プルウィアは里帰りしていなかったからちゃんと出席していた。

「元気だった?」

「ええ。冒険者ギルドで頑張ったわよ」

「わたし達も!」

 セレーネやウェンディ、キヌア達も下位貴族の子達は頻繁にギルドで仕事を請け負ったそうだ。

「ガスパロさんが仕分けてくれるから、依頼を受けやすくて助かったわ」

「そうそう。それに冒険者の人達が大事にしてくれてね」

「褒めてくれるし、やりがいあるわ」

「何人かは本当に冒険者ギルドの会員になってカードも作ってもらったのよ」

 普段は手伝えない腰掛の人はギルド内に籠って解体の手伝いをしていたようだが、外に出てこれからも働きたいと思ったプルウィア達は成人していることもあってカードを作ったようだ。

「セレーネの家でも手伝いをして、わたし結構稼いだのよ」

 ふふんとプルウィアが得意げに言った。

「皆でご飯食べに行ったりもしたの。ね、プルウィア」

「ええ」

 この1ヶ月で彼女達は仲良くなったようだ。プルウィアも最初の頃は友達なんて、と言っていたけれど今の笑顔はとても輝いている。やはり寂しい気持ちがあったのだ。


 ところで、希少獣達は希少獣達で、教室の後方で自分達の近況報告をしていた。

 フェレスは動き回るブランカの首根っこを咥えながら、くぐもった鳴き声で楽しかった出来事を語り、他の希少獣達もやれ森の中での依頼は面白かっただの、魔獣の内臓が毎日食べられて良かっただのと可愛い話をしている。

 全体的に幼稚園から小学校低学年あたりの会話レベルで、もう少し精神が大人の希少獣がいれば違ったのだろうが、わいわいと生徒達より煩いほど騒いでいた。

 護衛の面々はそれを面白そうに眺めていた。



 夕方、冒険者ギルドと商人ギルドに戻ってきたことを報告した。

 ついでに飛行板の具合を聞いたり、追加したい機能はないかを確認する。

 雨避けがあればという意見もあって、とりあえず≪把手棒≫の方に機能を追加した。基本的に雨の日は乗ってくれるなと思うが、このへんは冒険者なら仕方ないのかもしれない。

 視界が遮られる雨の日の飛行は、騎獣でも危険とされている。飛竜なら飛行を禁止することもあるのだ。

 ラトリシアは雨の多い地域なので(夏は雨、冬は雪というわけだ)、雨避けに関するグッズも多いが、冒険者は長らく飛行の状態で雨に当たった経験がないため、今は試行錯誤の状態だった。

 そのため、訓練も常に行っているそうだ。

 また今度シウも交えた合同訓練を行おうということで話が終わった。




 翌日、水の日になり生産の授業へ出た。

 アマリアはすでに来ており、その笑顔が眩しく輝いていた。

 本当にピカピカしているのだ。なんというのか、幸せな女性の姿、そのものだ。

「キリクはもう帰ったの?」

「ええ。残念ですけれど。ですが父上やお爺様などはとても感謝しておりましたわ。お仕事もおありなのに、わざわざ立派な隊列を組んで婚約の挨拶に来てくださるなど、とても大事にされている証拠だと仰って」

 頬に手をやり、恥ずかしそうに微笑んだ。

「陛下にもご挨拶してくださり、わたくしまで紹介してくださったの。陛下からの言祝ぎを賜りましたから、お爺様はそれはもうお喜びくださって、我が家は毎日が大騒ぎでしたのよ」

「そうなんですか」

 カスパルも名代として国王に会ったり、高位貴族との付き合いも増えたらしくて、数日振りに再会した時は少し疲れているようだった。

「こちらの神殿でも誓ってくださって、本当にお優しい方です」

「ご結婚はいつ頃になるんですか?」

「わたくしの卒業を待ってくださると仰って下さいましたが、父上などはそれは失礼になるから学業は断念するようにと……」

「キリクは?」

「結婚を急ぐのなら先に式を挙げても良いけれど、卒業はしなさいと。その後、研究を続けるにあたっても『卒業』というのは今後の生き方に左右する礎となるから、と仰っておりました。お爺様はとても感動して、有り難いと涙を流していましたのよ」

 うふふと口元を抑えてアマリアは笑った。

「ですから、まだ少し相談が必要ですけれど、婚約期間は必要ですもの。ゆっくり考えましょうと言ってくださいました」

「良かったですね」

「ええ。……シウ殿。これも、シウ殿のおかげです。本当にありがとうございます」

 頭を下げる彼女の後ろで、ジルダやオデッタ、護衛達も深く頭を下げてきた。

「ぜひ今度、シウ殿をお連れするようにとお爺様からも厳命されております。カスパル様同様大変お世話になっているので、おもてなししたいのです」

「……はい。僭越ながら、お受けします」

 ここは断っていいことではないので、受け入れた。

 2人して厳かにやりとりをしていたら、教室に生徒達がやってきた。

 シウとアマリアの2人が向かい合っているので何事だと見ていたけれど、噂を知る者もいたらしく、生産の生徒らしくおとなしい感じで言祝ぎを告げていた。


 なにはともあれ、良いところに落ち着いたようで安心した。

 アマリアはよほど夏休みが楽しかったらしく、レグロに褒められるぐらい課題どころか研究成果を上げていた。

 手乗り人形サイズの可動式ゴーレムまで完全に出来上がっていたのだ。簡単な指示だけで勝手に動くこともできる。たとえばお茶を持ってくるだの、だ。

 なんだか完全にからくり人形に近いが、目新しさはあって生産の生徒達もびっくりしていた。

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