505 最後の週の忙しい日々
キリク達は金の日の昼頃にロワル王都を出発して、飛竜隊を連ねてラトリシア国へ入るそうだ。盛大な婚約披露代わりらしい。カスパルもそれに同乗していった。彼が媒酌人の息子として代理を務めるらしい。
シウはスヴェンの転移魔法を使っていいと言われているので、ギリギリまで残ることにした。
リグドール達が夏休みの課題をやるというので付き合ったり、スタン爺さんとのんびり釣りをしに行ったりと大いに夏休みを満喫した。
市場にも通い詰めた。朝は大抵市場へと行き、梯子することもざらだ。
ハルプクライスブフトの港市場でも相変わらずだったが、見慣れたらしくてシウ担当ができたのか、買い物に付き添ってくれた。
もはやシウ1人が一生かけても食べきれる量ではないのだが、知人に振る舞うことや、今後長生きするかもしれないことを踏まえて「財産」として蓄えるつもりで購入している。
それでも今ある貨幣の財産がなかなか減らない。
貨幣の価値は時代によって変遷していくので、含有率の高い古代金貨以外はせっせと使うことにしていた。
本当の財産というのは素材なのだと、最近シウはしみじみ思う。
だからか食へのこだわりも強くなり、他に薬草や魔石なども見付けたら採取するようにしていた。事が起これば、結局はそれらが役に立つのだ。貨幣など何の価値も無くなってしまう。
現在シュタイバーンは豊作時期に入っているというし、小麦も相当安く余剰品もある。これらはデルフ国やアドリアナ国などへ輸出されているが国庫にはまだまだ残っているらしい。
そのうち生産を制限されるかもしれないという噂もあって、シウは市場の伝手で余剰品となる今年の小麦をやや高めで(といっても例年よりは安いのだが)購入していた。
古古小麦と言えば良いのか、数年前の小麦は難民用などで辺境へ送られていたり、デルフ国へと輸出される。かなり買い叩かれるので、こちらとしても古い小麦を処理してくれるという気持ちでいるらしい。
ただ、不作がやってくると、そうも言ってられない。
こうしたことは読めないので、国の中枢も頭を悩めるところだった。
ところで、スタン爺さんと釣りをしたのはコルディス湖だ。
転移してみるかと聞いたら目を輝かせたので、王都の外の森から転移してみた。
「あそこに小屋を建てて使ってるんだ。普段は認識阻害の結界魔法を掛けているんだけどね」
「おお、そうか。なんとも良い雰囲気の小屋じゃのう」
切り出した木を刳り貫いて作ったカヌーと、スライム素材で作った小舟に乗って湖へ乗り出し、しばし釣りを楽しんだ。
「魔獣を全く見かけんのじゃが」
「定期的に来て周辺を狩っているからね。この下流域でスライムが発生しやすいから、マメに狩りに来てるんだ」
「そうかの」
「森って、しばらく行かないとすぐに様変わりするからね。魔獣だけじゃなくて、大型獣が住み付いただけで生態系も狂うし」
「ふむふむ」
イオタ山脈で爺様から教わったことを思い出しながら、森の話をしていたら、たまーに魚が釣れた。
スタン爺さんも釣果にほくほくしていた。
エミナは味の好みが本格的に変わって来たらしく、油の匂いがダメだと言い出したので、ドミトルのために作り置きしてあげて、保管庫に入れた。
「ありがとう、シウ。いやあ、料理は苦手でね」
ドミトルはマメな青年で家事一切もやれるのだが、料理は単純なものしか作れないようだ。本人いわく料理センスが壊滅的に悪いらしい。
スタン爺さんは料理を作れるが、好みの問題もあってあまり揚げ物などは作らないようだし、そもそも油料理は危険だというのがドミトルとエミナの意見だったから、いよいよ自分も食べられないと覚悟していたようだ。
そこで自分だけ食べに行くとか惣菜を買ってくるという考えが出てこないのが、優しいドミトルだった。
「同伴者に油の匂いが行かないよう、油の種類にも工夫してみたから」
「うん、本当に匂わないね」
「他にもエミナが好きそうな、さっぱり系のものも作ったよ」
「魚の煮つけだね。これは美味しかったよ」
「ドミトルには、カレイを揚げて、甘酢を掛けたものも作ったからね」
見るからに美味しそうだったのか、ごくっと喉を鳴らしていた。
「今晩食べてみる? 僕、これ好きなんだ」
にっこり笑顔で返ってきたので、シウも笑った。
エミナには、食べられるなら葉物野菜など、とにかく野菜も万遍なく食べるように勧めた。食べ過ぎはよくないが、肉も必要なのだと言っておく。
油料理がダメだということだから、彼女には臭みのない鬼竜馬の肉で作ったしゃぶしゃぶなどを作りだめしてあげた。岩猪だと肉独特の臭みがあって食べられないようだったし、牛の肉はそう手に入らない。
「鶏肉をやわらかく煮たものもあるからね。一度揚げて煮た上に大根おろしをかけた、火鶏のみぞれ煮なんかもさっぱり食べられると思うよ」
「ありがと。岩猪のあの匂いはダメだけど、火鶏とか、このしゃぶしゃぶ? の肉は大丈夫そうだわ」
「こっちも作り置きしてるから。エミナ専用の保管庫に入ってるよ」
「ありがと。ところで、保管庫、また作ってくれたんだね」
有り難いけどごめんねえ、と謝られた。
「どうして?」
「だって、全然返せてないのに。すごい技術だし、正直魔核とか魔石って高いでしょう? やってもらってばかりで」
どうやらつわりのせいで、気持ちも落ち込んでいるのか普段のエミナとは違っていた。もちろん、遠慮しないという意味ではないが、普段は「ありがとー! 今度はあたしがお礼するね!」と明るく言うのに。
「……家族なのに、返すとか、やってもらうばかりとかって、ないよ」
「シウ」
「エミナは僕のお姉さんであり、お母さんみたいな人だから」
「うん。うん、そうだね。シウはあたしの最初の子だわ。それで、この子が2人目」
愛おしそうにまだ大きくなっていないお腹を撫でた。
「お兄ちゃんとして、可愛がってくれる?」
「もちろん」
「シウがお兄ちゃんだなんて、この子幸せだわ。優しくて頼りになって、素敵なお兄ちゃんだもんね」
本当にいつものエミナらしくないが、シウは笑って頷いた。
「そうだよ、頼りになる格好良いお兄ちゃんだからね」
「ふふっ、やだー、自分で言わないのよー」
ばんばん背中を叩いて笑い始めた。ようやくいつものエミナが戻って来たようだ。
かなり情緒不安定になっているようで、気持ちの浮き沈みがあるのかもしれない。
ドミトルとスタン爺さんにそれとなく伝えてみたら、彼等もちょっと気にしているようだった。
どうせならと、シウは冒険者ギルドに顔を出してクロエを見付け、話をしてみた。
「お世話になっている家の、姉替わりのエミナが妊娠したんだ」
「まあ、おめでとう。良かったわね!」
「ただ、つわりのせいか、情緒不安定で。普段はものすごく明るいんだけど、最近涙もろくなったり、言うことが柔らかいんだよね。普段はこう元気いっぱいな女の子って感じなのに」
「あら。ふふ、子供を産むのだから、大人にもなるわ」
「あ、そういうことか」
これまでが子供っぽすぎたのだ。
元気少女といった感じのエミナが、妊娠して大人の女性へと生まれ変わっている。
そういうことかと納得していたら、クロエが苦笑した。
「良かったら、お友達になれないか話でもしてみましょうか?」
「あ、うん。そのつもりで、来てみたんだ」
「いいわよ。中央地区だと妊婦仲間もあまり見かけなくて、わたしも寂しかったの」
中央地区は基本的に商家などが多く、アパートに住んでいる人も比較的裕福なのだ。
そのため、子だくさん、というわけにはいかない。
働いているクロエにも、専業主婦となる裕福な家庭の人とはそう付き合う機会もないらしい。
「エミナさんって、確かお店をやっているのよね?」
「うん。まだ修行中だって言ってるけど、スタン爺さん、本来の店主はほとんど裏に回ってるからね」
「じゃあ、同じ働く女性同士、話が合うかも」
パチッとウィンクして、クロエは紹介してくれてありがとうと言ってくれた。
彼女の方が年上で落ち着いているので、エミナの良い先輩として付き合いができるかもしれない。
その後も、少し話をして、ギルドを後にした。
結果的にだが、クロエとエミナはシウが思う以上に仲良くなったようだ。
早めに仕事を終えたクロエが自宅のアパートへ帰る途中にベリウス道具屋へ寄り、夕方話し込むことも多くなった。
近所の仲良しのアキエラも学校終わりに来て店を手伝ってくれたり、買い物をしてくれるなどして、2人のサポートもしていた。
アキエラはグッと大人っぽくなっていて、いろいろ将来の事も考えるようになったらしい。シウも、夕方大人組が話し込む間にアキエラと話をしたりした。
そんなこんなで楽しい時間は過ぎ、光の日の朝にオスカリウス家へ行って、スヴェンと共にラトリシアのブラード家の地下へと転移で戻った。
スヴェンはまた1日ほど魔力が溜まるまで軟禁状態となるが、彼のためにせっせと美味しい食べ物を用意したので割と呑気に受け入れてくれた。
一番効いたのは、彼の妻リンカーにとメープルシロップをお土産に渡したことだろうか。渡した瞬間、小躍りしていた。相変わらず妻にメロメロの魔法使いだった。
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小麦は寝かした方がいいらしいです。
刈ってすぐのものは使いづらいとか。
また条件にもよりますが、貯蔵に向いた穀物だそうです。
この世界では半年ほどの熟成後に製粉して、という流れを想定しています。
古古小麦は、条件の悪い保存で数年経ったものを指してます。
国庫の分は専門の貯蔵庫で保管済み。それ以外を、難民用だったり、他国への援助物資として分けて……
とか、書き出すと止まらなそうな詳細事項は書かないと決めているので、ふんわり流しています。
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