008 老人を助ける
街道から離れており、ここまで追われてきたのだろうかと心配しつつ、人の姿が見えないことで自重せず魔法を使った。
(《空間壁》)
まずは、ルプスたちを数匹ずつまとめてしまうと、更に、
(《移動》)(《合体》)
まとめて同じ空間壁に入れてしまう。
固有魔法による攻撃魔法を持っていないシウは、基礎魔法を複合して攻撃力にする。今回も複合技で、まとめた魔獣を一気に倒すため、空間壁の上下に穴を開けた。
(《燃料抽出》)(《点火》)(《突風》)
基礎魔法の土属性で、地面下から燃料になりそうなものを抽出し、火属性で着火したあと、風による酸素注入である。燃料が質のいい油だったこともあり、あっという間に燃え広がる。火は勢い良く駆け上がった。
狭い空間に閉じ込められたルプスたちはどうすることもできずに、次々と倒れていった。
念のため、強化した《探知》で生死を確認したあと、魔核を拾う。
それから馬車に近寄った。この時はわざと音を立てて、声も出した。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、大丈夫じゃよ」
老いた声だった。それから心配するような、恐れを抱く老いた声。
「だ、旦那。まだ、ルプスが、おるんじゃ」
「大丈夫じゃよ。大丈夫じゃ、大丈夫」
怖がる声に、宥めるような声が被さり、やがて馬車の扉が開いて老人が出てきた。
「ありがとう、助けてくれたんじゃな」
「あ、えっと。その、逃げていきましたよ」
そう言ったのだが、老人は少し驚いた後にほんわりと笑った。
「……ありがとう。おかげで助かった」
そして中にいるもう一人にも、大きな声で助かったことを告げた。
「おお、神よ! 助かったんだ!」
中からは、涙混じりで感謝の言葉を叫ぶ老爺の声が聞こえてきた。
話を聞くと、やはり魔獣に襲われ、逃げる際に街道から外れてしまったようだ。
元々、寄り道しようとして、その時に道を間違えていたらしい。気付いた時にはもう暗くなり、そこへルプスが現れた。慣れない道だったのも悪かった。
「雇っていた護衛は逃げてしまってのう。この御者も、森の中へ逃げたもんじゃから」
「申し訳ねえこってす、旦那」
馬車にはちゃんと「魔獣避けの香」を焚いた炉を取り付けていたが、ルプスの群れとなると、完全には避けられなかったのだろう。
「見たところ、馬車は大きく壊れてないみたいだけど」
言いつつ、シウは思案した。
《全方位探索》で、辺りを調べてみたのだ。《全方位探索》は自然と行う八方目で、どちらかというとレーダー探知のような使い方をする。もっと詳しく周囲を観察するには、別の魔法を重ねがけするのだ。《俯瞰》である。これは、文字通り上空から辺りの景色を見るためのもので、夜目を使わずとも観察できるのだが。
「元の道には戻らない方がいいでしょうね」
という結論に達した。
彼等は「群れの一部がまだ残っているかも」と思っただろうが、シウは別のことに気付いていた。
護衛もいない老人二人の馬車を――そのまま夜間に森を突っ切らせて――街道とは違う脇道に戻らせるのは危険すぎるからだ。
かといって、シウは転移でここまで来ている。シウたちが休憩している場所まで、そのまま馬車を走らせることはできないし、そもそもそれだけ離れたところで何をしていたのかということになる。考えた末に、騙されてもらおうと思った。
「あの。僕、馬車の修理ができます。その間、中で休んでいてください。それから近くに街道の休憩場所があって、僕もそこで休んでいたところなので、案内します」
御者の男は素直に頷いて、何度も感謝をしてくれた。危ないところだったのでまだ人を疑う気持ちが出てこないのだろう。
しかし、スタンと名乗ったお爺さんは少し考える仕草をして、どうも何か見抜いているのではないかといった表情をしていた。でも、結局は、にっこりと笑ってシウの言葉に従ってくれた。
そわそわした気分になりながらも、彼等が馬車に入ったところを確認すると、慌てて馬車全体に空間壁を纏わせた。全部まとめて転移するのだ。
(《感覚移動》)(《転移》)
シウも共に移動する。そこは、乗合馬車が停車していた休憩場所から少し離れた場所だ。無理しながらでも街道まで馬車を走らせることができるだろうし、何よりもルプスに襲われた場所に似ている。もちろん、そういった場所を《俯瞰》で探した。
更に、修理している時間を想定して、辺りを先ほどの場所と似せるよう偽装していく。
馬車から出てこられて見られたら困るので、急いで作業した。十分ほどして、
「なんとか応急処置はしました」
と声をかけ、いまだ力の入らぬ御者に代わって、シウが御者台に乗り馬車を動かした。
つくづく、離れた場所にテントを張っておいて良かったと思う。休憩場所に戻ってからホッとした。
考えてみれば、森の中から魔獣に襲われたと思われる馬車を連れて戻るなど、どこから突っ込まれても返事に困るのだ。だからシウは、
「ええと、夜中に眠れなくて、薬草を探しに森の中へ入っていたら声が聞こえて」
だとか、
「魔獣避けの薬草爆弾を持っていたので、投げたら離れていったんです」
など、とにかく偶然だということと幸運だったという話に持って行き、周囲の商隊を巻き込んでの騒ぎをなんとか収めたのだった。
乗合馬車の同乗者たちには「迂闊な行動だ」と注意されたし、商隊の護衛にも怒られた。一歩間違えれば、魔獣を呼び寄せることになるからだ。
ただ、お叱りは早めに止めてもらえた。というのも、スタン爺さんが王都では割と有名な道具屋の主人で、商隊の中に知っている人が何人もいたのだ。その為、
「スタン爺さんを助けてくれたのか。そりゃあ良かった。な、もういいじゃないか」
と間に入ってくれた。スタン爺さんや御者の男もシウを庇ってくれたし、何より夜も遅い。明朝の出発を考えて、早めに切り上げてくれたのだった。
夜が明けて、ソルレア街までなら走らせることができそうだというので、襲われた馬車も隊列に加わった。商隊の後ろで、乗合馬車の前だ。
スタン爺さんは乗合馬車に乗った。応急処置の馬車にずっと乗せておくわけにはいかないと、御者が言い張ったからだ。
「それにしても爺さん、ついてなかったなあ」
ユータスが気の毒そうに声をかけた。ロナウドは先輩商人を憧れの目で見ている。
「いやあ、逆についていたと思うんじゃよ」
「え、どうしてです?」
トマスが不思議そうに問いかけると、
「偶然にもシウ君が助けにきてくれ、なんとかなったからのう」
と返している。そりゃそうだと皆がシウに視線を向けてきたが、困ったように目を泳がせるしかなかった。
その後も、バリアド道具屋の爺さんは、同じ道具屋を営むと知って話に花を咲かせていた。トマスとカカタツは薬草の話をシウに振ってきたり、それぞれ会話が弾んだ。
昨夜のことに関しての話題だから、シウは何度も困ったりしたが、何故かスタン爺さんが助け船を出してくれた。
偶然じゃないなあとシウが思い始めた頃、スタン爺さんが、
「ソルレア街で滞在すると聞いたんじゃが」
と、シウに声をかけてきた。
「はい。少し働いてから、旅費を貯めて王都に行く予定です」
「そうかそうか」
ふむふむと頷いて、スタン爺さんはにっこりと微笑んだ。
「どうじゃろうか。わしと同じ宿に滞在して、一緒に王都へ行かんかね」
「え」
「そりゃいい、そうしてもらえよ!」
シウより先に返事をして同意したのはロナウドだ。続けてユータスも、
「そうしろ。子供はやっぱり誰かと一緒に行った方がいい」
と言い出した。
「でも、その」
意味が分からずに戸惑っていると、教師のカカタツが説明してくれた。
「魔獣に襲われているところを助けたんです。だから、お礼でもあるんですよ」
ですよね、と視線でスタン爺さんに確認する。彼も慌てて頷いた。
「そうか、そうじゃよ。当たり前すぎて言っておらなんだ。もちろん、助けてもらったお礼はするつもりじゃ。それから護衛のつもりでもあるから、旅費は当然ながら、護衛としての費用も支払う」
「……えっ? そうなんですか?」
いろいろ分からなくて首を傾げていると、スタン爺さんが続けた。
「護衛といっても、ここからは大型魔獣の危険はほとんどないがの。ただ、お前様の持っている『薬草爆弾』は安心材料じゃ。夜の森を一人で歩き回り、馬車を街道まで連れ戻せるほどなら、大街道を行く護衛にはぴったりじゃろう?」
と、ウィンクする。彼は、薬草爆弾は見ていないはずだが、シウの話に合わせてくれたようだ。どうして、と思っていると、他の同乗者たちが口々に話し始めた。
「普通に旅人を助けただけでも、礼はもらうものだ。しかも、商売品ごと助けたんだ。そりゃあ、商売人は礼を支払うのが当然ってもんだよ」
「偶然とはいえ、魔獣避けの薬草爆弾を持ってて使ったわけだろ。立派に護衛ができるってことだ。それに、確かにソルレアから王都への街道は安全だ。馬車も、もっと多くが固まって移動するしな。坊主一人でも問題ないだろ」
「そうそう。シウ君は薬草にも詳しいから、お爺さんにとっても助かるわけです」
「それになにより、子供の一人旅はやはり危険です。魔獣というよりは、人間に対してですが」
ということだった。最後の教師の言葉は重みがあったので、シウも素直に頷いた。
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