009 空間魔法




 ソルレア街には夕方に到着した。コレル街と似たような、欧州の田舎風だ。朴訥とした雰囲気ながらも、大通りは石畳が整備されて綺麗だった。

 シウは乗合馬車で知り合った人たちそれぞれと笑顔で別れを告げ、スタン爺さんの申し出を受けてついていくことにした。

 御者の男はここまでの契約だったらしく、別の馬車へ荷物を積み替えて別れた。

 スタン爺さんはシウを連れて、まず冒険者ギルドに足を運んだ。

 逃げた護衛についての報告だ。彼等にはペナルティーが発生し、なんらかの罰則が与えられる。ギルドからすれば依頼者に対して頭を下げる他ない。しかし、同じギルド会員――見習いではあるが――代わりに手助けしたことで、面目が立ったらしい。シウは大変褒められた。見習いカードを早めに前倒しして「本カードを渡しても」という話が出たほどだ。もちろんシウは断った。なにしろまだ隠蔽が上手く使えない。頼むから止めてくれと、心の中で祈ったものだ。


 宿に入ると、いつも泊まる宿よりも広くて綺麗だったので、見回してしまった。

 やはり、駆け出し冒険者が泊まるようなランクの宿より、商売人が泊まる宿はいろいろと違うのだなと感じた。

 荷物を置いて一息ついた後、すぐに晩ご飯となった。食後、スタン爺さんに部屋へ誘われたので、てっきりこれからの打ち合わせだと思ったのだが――。

「シウ君、空間魔法が使えるじゃろう?」

 質問というよりは断定のように問われた。更には動揺が顔に出てしまい、しかもシウが言葉に詰まったので、確定されてしまった。

 スタン爺さんはにこやかに微笑んでいた。


 聞けば、スタン爺さんは鑑定魔法のスキル持ちだった。しかも、レベル四という高レベル者だ。王都で代々続く、ベリウス道具屋の主だからか、すごい人だった。

「失礼じゃとは思ったが、どうも様子が変じゃったのでな。つい人物鑑定をしてしまってのう」

「……はあ」

 呆然としていたら、スタン爺さんは苦笑しながら説明してくれた。

「もうちっと隠す努力をせんと、悪意のあるもんにばれてしもうたら利用されるだけじゃ。悪意がなかろうと、国に知られたらそれはそれで大変じゃしのう。国に奉仕する気持ちがあるなら別じゃが」

「あ、それはないです」

 全くない、と首を振る。スタン爺さんは、そうじゃろうなあと何度も頷いた。

「とても権勢欲があるようには見えん」

「自由に生きたいので、国に仕える気はないです」

「じゃったら、もうちっと隠す努力をせんとなあ。助けてもらっておいて、なんという言い草かと思うじゃろうが」

「いえ、僕もあの時は悩みましたし。もうちょっとやりようもあっただろうし」

「まあ、それはわしも、今は思いつかんので仕方ないのじゃが。それよりも、わしのように鑑定レベルの高い者が覗くこともある。あるいはギルドでの水晶魔法じゃ」

「あ、そうなんです。それです」

 シウは隠蔽魔法を勉強している最中だと説明した。

「それなら鑑定魔法のレベルもあげるべきじゃ。シウ君がの、鑑定のレベル五なら、わしは見ることができんかった」

「え、そうなんですか」

「人物鑑定が一番難しいのでな。覗かれたくないと思われる部分については、隠すことが可能じゃ」

 なるほど、と頷いた。

「……考えたら知らないことがいっぱいあります。やっぱり王都でちゃんと勉強しないと」

「学校に通うのかの?」

「いえ、学校に通うにはお金がかかるので、図書館に行こうかと。誰でも入れるみたいだから」

「そうじゃのう。うむうむ。子供が自ら勉強しようなどというのは偉いことじゃ。そうじゃな。シウ君、わしのところにの、離れがあるからそこに住むといい」

「え」

「まあ、わしと相性が合わんという話になったら、出ていけばよかろう。ただ、駆け出しの冒険者宿とはいえ、王都じゃと宿料も高い。勉強しながら、生活費も稼ぐとなったら大変じゃ。利用してやろうというつもりで、わしの家へ一度来てみるといい」

 というわけで、あれよあれよという間にお世話になることが決まった。


 スタン爺さんと話をしてみれば、彼が穏やかな性格ということもあり、相性が悪いどころか良い関係を築けるのではないかとシウは思った。

 シウには前世から引きずったままの孤独癖があるので、どうしても人との間に壁ができてしまう。深く、付き合えないのだ。でも、スタン爺さんは最初の押しの強さがなかったかのように、個人の空間を侵してこない。人との間合いを掴むのがとても上手かった。彼が商売人であるということ、それ以上に思慮深いのだろうとシウは思った。


 旅も順調だった。

 シウが何も知らないからか、スタン爺さんは「慌てる旅でもない」と言って、ゆっくり進みながらの楽しい道行きだ。

 その間、いろいろ教わった。このシュタイバーン国についてや、商隊の旅の作法、護衛にもいろいろあることなどである。

 山での暮らしや冒険者については、育て親のヴァスタに聞いていた。それ以外となると、神殿で読んだボロボロの本のみが知識だった。だから、スタン爺さんの話してくれることは新鮮で面白かった。


 スタン爺さんは、シウの知らない空間魔法の使い方も教えてくれた。

 鑑定魔法でシウの能力を知られたのだからと、今後のことをいろいろ相談してみたら、魔法袋を作るのはどうだろうかと提案してくれたのだ。アイテムボックスとも呼ばれるそれは、とても人気の品らしい。

 空間魔法持ちは数が少なく、更に彼等は「空間移動」や「空間察知」などに能力を振り分ける。その為、せっかく魔法袋を作れる能力があるにも関わらず、作れない。では誰が作るのかというと、生産魔法持ちだ。しかし、こちらはレベルが高くないと良い品ができないため、あまり出回らないようだった。結果的に、過去の品を使いまわすことになるので、良い品ほど洗練されていないらしい。

 生産魔法も持っているシウには、良い勉強になりそうだということで、言われるままに作ってみたら簡単にできてしまった。

 スタン爺さんも、軽い気持ちでシウに教えたものの、こんなにあっさりできるとは思っていなかったようで驚いていた。


 空間魔法持ちの魔法袋の作り方は、あらかじめ用意された鞄に空間魔法を付与するというものだ。魔法は魔術式として書くことができ、これを付与するには術式の理解も必要だった。しかし、その大前提として、魔術式を書き込む媒体が必要となる。

 媒体となる基材は、基本的に魔核や魔石と呼ばれるものだ。

 魔核は魔獣の中にある。冒険者が魔獣を倒すのも、魔核目当てと言ってもいい。基材として売れるからだ。むろん、魔獣の被害を回避するためでもあるが。

 魔石は主に鉱山から採れる。小さければ道端でも川にでも落ちているので、探そうと思えば探せるものだが、やはり質が良いのは鉱山のものだ。

 この、魔核や魔石には魔素が詰まっている。素材が生き物か、鉱物の違いだけということだった。

 これらに魔術式を書き込んでから、魔道具へと組み込む。ただし、魔法のレベルが高くないと高等な術式は書き込めないし、そもそも理解がないと付与はできないそうだ。

 今回は、鞄に魔核や魔石といった重いものを仕込みたくないため、魔素が込められた特殊な糸で編まれたものに、刺繍を使って付与した。これをタグとして、鞄に縫い込んだのだ。特殊な糸というのは、カタピロサス、あるいはボンビクスという魔物の吐く糸のことである。魔物と名はついているが、これらは益虫扱いされているそうだ。

 こうした作業を、旅の間に何度も行っていると、魔術式を省略して術式を隠蔽することもできるようになった。空間魔法を隠したいと思いながら作ったせいか、できてしまったのだ。

 ところで、作業中、シウはほとんど無詠唱で魔法を使っていた。スタン爺さん曰く、「とても珍しい」ことらしいので、これについても王都では勉強したい。

 とりあえず、出来上がった鞄は試作ということで、不具合がないかどうかスタン爺さんが使ってくれることになった。


 結果、特に問題は出なかった。あれこれ試したが、不具合らしきものが見当たらなかったのだ。二人で相談の末、こっそり売っていこうと決めた。

 スタン爺さんが言うには、こうした商品は誰もが必要としており、大量に流通させなければ問題ないそうだ。製作者不明として、ベリウス道具屋で売ってもらうことにした。

 取り分について、スタン爺さんは材料代だけでいいと言い張るので、これについては何度も揉めた。スタン爺さんはシウが思うよりずっと、人が良すぎた。仕方なく、また販売になった時に決めようと話を終えたのだった。


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